第六章 伊浪家の朝【3】
「それでいい」
不意に、アリーシアの声が居間に響いた。
声の方を見ると、髪の毛が爆発した(いつものことだけど)アリーシアが居間の入口に立っていた。
そこから定位置であるソファに移動して、座る。
「命さえ保障してもらえるなら、保護されても構わない」
いつから聞いていたのか、それとも初めから聞いていたのか、アリーシアは《狩人》の要求を飲むことを口にした。
「いいのか?」
アリーシアを振り返った李桜が訊ねた。
「うん。でも、条件がある」
「条件?」
「条件は三つ。ひとつ、この家での暮らしを約束すること。ふたつ、恭平を学校に通わせること」
無謀とも言える条件を、アリーシアは突きつけた。
李桜が言った保護を丸々覆す要求だ。
《狩人》は善意から保護したいと言っているわけではないのだ。
アリーシアが危険な存在であると認めて、管理したいと思っている。言ってしまえば、殺してしまっても構わないのだ。
僕らはあくまで下手に出るかしない。だけど、アリーシアは李桜に条件を出した。
それは僕たちのためだ。ここでの生活を望む僕と、僕に卒業を望む響子のため。
彼女のためになるような条件はどこにもない。
アリーシアの要求を聞いた李桜は少し考えて、
「それらの条件を飲むことは、不可能ではない」
と言った。
「本当に?」
確かめるアリーシアに、李桜はあぁ、と頷く。
「ここで暮らすことは、この家に保護観察官を住まわせるのであれば可能だ。学校に関しても、私が学校にいるので問題はない」
それで、と李桜。
「もうひとつの条件はなんだ?」
うん、と頷いて、アリーシアは答える。
「わたしたちを保護する、保護観察官を、あなたが務めること」
そう言って、アリーシアは李桜を指差す。
「へっ? あっ、いや、わ、私が保護観察官、だと……?」
アリーシアの要求に、李桜は顔を赤らめて戸惑っていた。
無駄に両手が荒ぶっている。かなりの動揺が見られる。
しかし、アリーシアの出した条件は確かに良い。
保護観察官と一緒に暮らすことでこの家に住むことができる。
学校にも行くことが出来る。
それに、見知った李桜が保護観察官となってくれれば、それは僕としても嬉しい。
李桜と一緒に住む……なんだろう、胸が熱くなるな……。
思わず、視線が李桜のおっぱいにいってしまう。
我が家には足りないもの、乳さまがそこにはいた。
響子は言わずもがな、幼退化してしまったアリーシアのおっぱいもないに等しいし。
我が家の乳さま率、上昇の予感。
「兄さん、よだれ」
「おっと」
響子の指摘により、床に落ちそうになっていたよだれを拭う。
「ダメなの?」
「い、いや、ダメということはないが……そ、そうだ! お前たちはいいのか? 私が一緒に暮らすことになっても」
アリーシアから、僕と響子に視線を向けた李桜が言う。
「いいよ」
と僕。
「構いません」
と響子。
「な、なにぃ……」
予想外の反応だったのか、李桜は驚いていた。
「むしろ、私はあなたによろしいのですかと訊きたいです」
逆に響子が訊ね返す。
「私の兄は見ての通り、そこの幼女に愛を語る変態ですので。視姦は当然のことながら、いずれは痴漢に及ぶ可能性も……」
「待て、響子。君はどうしてそう兄を社会的に抹殺する気まんまんなのかな?」
「社会的に抹殺された兄さんが、私を頼って生きるダメ男になる、というのが私の望みです」
「そんな望みは今すぐ捨ててくれ、お願いだから」
「望みが叶えば捨てますよ。もちろん兄さんを」
「せめて助けてよ!」
響子の望みに戦慄を覚える僕だった。
「それと言っておくけど、アリーシアは僕の力で弱っているだけで、実際には幼女じゃないからね」
「だったら、いったいいくつなんですか?」
それは僕も知らない。
気にはなっていたけど、女性に年齢を訊ねるのはご法度だし、訊ねるわけにはいかなかった。
自然と、僕たちの視線はアリーシアに向かった。
「わたしの年齢が知りたいの?」
うんうん、と頷く僕たち。
吸血鬼は永遠を生きる妖魔だし、もしかしたらかなりの年かも……いやそれがなんだ。
大切なのは年齢ではなく、中身だ。
アリーシアが何歳であろうとも、僕の愛は、揺るぎはしない。
「十二歳」
……なんだって?




