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僕の愛しい吸血姫  作者: 大成ケンジ
第一幕―満月の夜、僕は使徒になる―
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第五章 吸血姫の使徒【8】

恐怖は、消えた。



肉体に力を込めて、立ち上がる。



足は震えていない。心の中は穏やかだ。



脳内は異常なしと教えてくれている。



正常運転。僕はもう、大丈夫だ。



顔を上げると、眼前の李桜が驚いたように僕を見ている。



「なぜそうも憑き物が落ちたような顔をしているのだ?」



「ははっ、ちょっと覚悟を決めてきたんだよ」



笑って見せることが出来た。



それだけで、李桜は気に喰わないと言いたげに顔を歪める。



「僕に足りなかったのは、覚悟だったんだ。言葉では何度も、愛しているとか、ずっと一緒にいるとか言って、こんな状況になるまで、それが意味する本当のことに気づくことが出来ていなかった」



「覚悟を、決めた?」



「うん。そうすることが出来たのは、君のお陰だ。だから、ありがとう、李桜」



敵対する少女に、微笑む。



「君が僕に恐怖を教えてくれた。彼女と生きるということが、どういうことかを教えてくれた。だから、僕は今こうしてここに立つことが出来る」



天を仰いで、深呼吸をする。



それから李桜を真っ直ぐ見て、告げる。



「僕は、血吸いの一族、アリーシアが使徒、伊浪恭平」



名乗ることで、『伊浪恭平』という存在を再確認する。



そうして、僕は初めて、彼女を守る存在になれるのだ。



人間には出来ない、使徒だからこそ出来る戦いを、始めることが出来る。



「主に仇為す存在を僕は許さない。彼女を狩るというのなら、僕は君の敵となる」



僕の宣言を受けて、李桜の憤怒の表情が、眼前に迫った。額と額がぶつかるほどの距離。

踏み出したの僕だった。



速さに対応出来ていない李桜には、突発的な行動が有効となる。



遠距離で戦える彼女と違い、僕に出来るのはおよそ肉弾戦のみ。



『アレ』は、使い物になるかわからないから。



すでに後ろに引いている右の拳は、突き出すだけで十分だった。



「くっ!」



この距離で防御の『炎』を生みだすことは出来なかったのか、李桜は左腕に『炎』を創造するが、遅い。



踏み込んだ足に全体重を任せ、右の拳を突き出す。



イニシアティブを握るために、この一撃は確実に決める!



ガンッ!



李桜の腹と僕の右拳の衝突が生み出した轟音。それはおおよそ、あるべきものではない。腹を殴った程度で、そんな音が鳴るはずがない。



おそらく、服の下に『炎』を創造したのだろう。



鋼鉄と化した『炎』を殴りつけた僕の拳には、確かに痛みがあった。



だけど、今はその痛みが心地いい。戦っているという状況を、再確認させてくれるから。



そして僕は、拳を下げることなく、逆にそのまま前に押した。



勢いはまだ生きている。ここで止まりはしない。



「いっけぇええええええええええええええ!」



絶叫とともに、耐える李桜の肉体を、いや、李桜が展開する鋼鉄の『炎』を押し飛ばす。



僕の身体を支えていた左足からブチッという不吉な音が聞こえたが、どうでもいい。この一撃に集中する。



「ぐぅっ!」



呻き声を漏らす李桜は、耐えられなくなって、背中から吹き飛ぶ。



背中をコンクリートの床にぶつけ、それに止まらず、反転した身体がごろごろと転がり、フェンスにぶつかることで停止する。



しかし、僕も無事では済まなかった。



「がっ!」



李桜が展開していた『炎』の腕が、僕がなぎ払った。



李桜が吹き飛ぶ瞬間とほぼ同じタイミングだった。



僕は李桜に集中していたがために、それに対応することが出来ず、フェンスに叩きつけられ、その勢いでフェンスは形を歪にする。



そしてそのまま、僕はコンクリートに倒れる。



全身を痛みが駆け抜ける。



僕を支えきれなかった左足。『炎』の腕に叩かれた脇腹。そしてフェンスに叩きつけられた左半身。



およそ、人間だったら耐えられない痛みに襲われ、意識が吹っ飛びそうになる。



でも、耐える。ここで意識を失うわけにはいかない。



だって、李桜は、まだ、起きてるから。



僕よりも先に、李桜はその身体を起こした。



「っく……やってくれたな……」



李桜の恨み節が、おぼろげな意識の状態である僕にも届いた。



僕はまだ動けない。呻き声さえ、上げることが出来ない。



動かなくちゃ。じゃないと、李桜が来る。『炎』が、僕を襲う。だから、動かないと。



そう思うのに、僕の身体は動いてはくれない。



「死はないにせよ、痛みはあるだろう」



揺らめく陽炎を携えて、李桜が近づいてくる。



「私は、妖魔を殺す。そのためなら、障害となるすべてを破壊する」



「……な、んで……?」



ようやく搾り出せた声も、弱々しかった。



僕の疑問に、李桜は迷いなく答える。



「それが『狩人』だからだ」



その言葉が放たれると同時に、『炎』が振りかざされて、僕は――





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