第五章 吸血姫の使徒【6】
「そしてこれが、『炎』の本来の力」
李桜の腕から溢れる『炎』が、揺らめきを見せながら伸びる。
「『燃焼』」
気づいた瞬間には、遅かった。
だから、咄嗟に働いた防衛本能に感謝したくなる。
『燃焼』という言葉を発した瞬間、『炎』は瞬時に僕に向かって伸びた。
反応は遅れたものの、なんとかそれを回避することが出来た。
だが僕は、『燃焼』という言葉が意味なす理由を、身を持って味わっていた。
「っく……」
左肩を走る痛みに、思わず呻く。
見れば、僕の左肩には焼け跡が見られ、黒く染まっていた。
間違いない。燃やされた。
ふと、僕がさっきまで立っていた場所の後方を見ると、その先にあったはずのフェンスの一部は姿を失い、その結合部らしき場所は溶岩に溶かされたかのように変貌を遂げていた。
これが、『燃焼』の力。
これは、ダメだ。
いくら死なないからと言って、これを喰らえば、おそらく僕は、どうしようもない。
足が震えた。
心を恐怖が満たした。
脳内にレッドシグナルが鳴り響く。
不意に、自分が溶ける姿を想像してしまい、その場に膝を突く。
「うっ……」
一度は胃の中に吸収されたものが逆流し、僕はそれを吐きだす。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
目の前の存在が恐ろしい。
どうして僕はここにいる?
どうしてこんな怖い目に遭っている?
なんで?
なんで?
僕がなにかしたのか?
いったい僕がなにをした?
ダメだ。
正気に戻れ。
このままじゃ、本当に、ダメだ。
そう思うのに、脳内に一度描かれた『最悪の光景』が僕の心を襲う。
恐怖におびえる僕が、立ち上がろうとする僕の足を押さえつける。
そんな僕を見下した李桜の足音が響く。
「苦しいなら、やめてしまえばいい」
やめるって、なにを?
「妖魔を守る必要などない」
アリーシアを守る必要はない?
「ただ一時の感情に流され、人生を棒に振るな。愛するのなら、人を愛せ」
人を、愛する? これは、一時の感情?
李桜の言葉を反芻するように心の中で問う。
ここで屈すれば、僕が見た『最悪の光景』は訪れない。もう、恐怖に縛られる必要はない。




