第二章 主VS妹【7】
翌日。
目覚めた僕の隣に、アリーシアはいない。
昨日は僕が慰められる立場で(決して卑猥な意味ではない)ベッドに入ったのだけど、どうやらアリーシアは僕より早く起きたらしい。
なにやら、外の方からにぎやかな音が聞こえてくる。
それに、仄かにみそ汁の香りもする。
アリーシアが料理を?
出来るようなイメージはなかったけど、人は見かけによらないな。いや、人じゃないけどさ。
とりあえず、ベッドから這い出て、部屋を出る。
どこか懐かしいみそ汁の匂いに誘われて、そのまま居間からキッチンへ。
「おはようございます、兄さん」
「……あぁ、おはよう、響子」
「ほら、味見してください。久しぶりだから、鈍っているかもしれませんので」
「……うん」
半分眠ったままの僕はよくわからないまま、持たされたなにかを口に運ぶ。
「響子! って熱っ!」
驚くと同時に口の中に侵入してきたみそ汁が舌を襲う。
「なんですか、朝から大声を出して。もしかして発情期ですか?」
「ひ、ひらうひょ!」
「あぁ、兄さんは万年発情期でしたね」
あぁ、否定したい。
というかいろいろ言いたい。
でも舌の火傷がそれを許さない。
水道の蛇口を捻って、舌を水で冷やす。それを十秒くらい続けていると、舌の痛みは消えた。
これも、使徒の力なのかもしれない、と思いながら、それは放っておいてと、響子を見る。
見れば、響子はセーラー服の上にエプロンを身につけて、確かにそこにいた。
「ど、どうして君が……?」
「学校に許可を取って、自宅通いにしてもらいました。うちの兄が、妹がいないと生きていけない、って泣いているので、と」
「身内を貶めるような嘘は勘弁してよ!」
「冗談です。家の都合としか言っていません」
ほっ、と安心する。向こうの女子高には何人か知り合いがいるので、その子たちにまで誤解をされるような羽目に遭うのは男の子として少し……。
「いや、待て。別に学校の許可とか、そういうのはどうでもいいんだ!」
「だったらなんですか?」
「……響子、僕は――」
「兄さんです」
僕の言葉を遮って、響子は言う。揺るぎない一言。力強い言葉で、僕の言葉を遮った。
「使徒だとか、妖魔だとか。そんなことはどうでもいいですし、私には関係ありません。たとえ、兄さんが人間じゃなくなったとしても、この際どうでもいいです」
「いや、そこは割と気にして欲しいところなんだけど……」
「兄さんは、兄さんですから」
言い切って、響子は僕に背を向けて、みそ汁の入った鍋をかきまぜ始めた。
僕が言うのもなんだけど、図太い。うん。さすがは僕の妹というところか。いや、褒めていいのかどうかよくわからないところだけど。
「これからは私が兄さんたちのご飯を作ってあげます」
その代わりに、と響子。
「卒業するまでは、ここにいて。それまでは一緒にいて。……お願いだから」
願う響子の声は、震えていた。
だけど、僕はそれに答えかねる。それを決めるのは僕じゃないから。
僕はあくまでアリーシアの使徒なのだ。彼女がここを離れるとなれば、僕はそれに付いていく。
だから、僕の一存ではい、と頷くことはできない。
「わかった」
「え?」
背後からの声に振り返る。
そこにはアリーシアが立っていた。昨日同様の爆発頭で。
「だから、恭平が卒業するまで、ここにいればいいんでしょ?」
「そ、そうだけど、いいの?」
「うん。どうせ当分は日本にいるつもりだし」
アリーシアの目的は日本にいる父親を探すことだから、日本にいるのは当然のことだけど。でも、まさか了承するとは思っていなかった。
「……感謝はしません」
「しなくてもいい。わたしが好きでここにいるだけだから」
二人は顔も合わせることなく、そう言った。
……険悪なムード漂う二人の間に立たされた僕はどうすればいいんだろう……。
「恭平」
「え、なに?」
「髪」
自分の爆発頭を指差して、アリーシアは言う。
それで気づく。
「あぁ、そういうことね」
理解した僕は、櫛を戻した洗面所まで行って、そこに映った自分の顔を見る。
響子が戻ってきてくれて嬉しいのか、それともこれからのことを大変に思っているのか、よく判別できない顔が、そこには映っていた。




