二十一。
「あの……」
正道がぐずぐずとしているうちに、安堵の表情になっていた一葉が、元気よく眼尻を拭って言った。
「ほな、うち帰ります! ……おやかまっさんでした」
「新澤…──」
つと後退った一葉が踵を返してしまってから、ようやく正道は声を出した。
その声で一葉はに足を止めて、おずおずと小首を傾げるようにして振り返る。
「はい……」
「──…ちょっと待って……」
目が合って、反射的に一葉が遠慮してしまう前に、正道は何とか言った。
「その……、駅まで、送るから……」
◆ ◆ ◇
その後せんぱいは、叡電の岩倉駅までわたしを送ってくれた──。
夜道の女の子の一人歩きが不用心だから、と先輩は、こういうときでもやっぱり紳士で、ぎくしゃくしていても、ちゃんとしてくれる……。
岩倉の駅までの道すがら、あたしは、前を歩く先輩の背中から数歩の後を付かず離れず付いて歩いた。
せんぱいはあたしの歩調に合わせてくれていたけれど、あたしの方が彼の隣に収まるのを躊躇ったから──。
……だって、これ以上〝無神経な女〟だって、思われたくなかった。
だから交わす言葉もほとんどなくて、そのまま駅に着いてしまった。
岩倉の無人の駅で、夜の8時台の3本目の電車を待つホームでも、ベンチの距離はひとり分以上を開けて座る。
嫌だな……。
──こういうふうに意識したいなんて思ってなかったのに……。
そんなふうに思っていると、せんぱいの声が聴こえた。
「──…悪かった」
……え?
「今日のことは、全面的に俺に非があった。──あんな言い方して、ごめん……。反省してる」
せんぱいは、ばつが悪いのか顔を向けてはくれなかったけど、はっきりそう言ってくれて、あたしはどう応えればいいのかと、その横顔にどぎまぎとしてきて、目線を下ろしてしまう……。
「…………」
すぐに言葉が出てこない──。
……あたし、こういう人物だったっけ。
そうしていると、出町柳方面の電車の到着のアナウンスが鳴って、ホームの先に電車のライトが見えた。
せんぱいがベンチから腰を上げるのを見て、あたしも立ち上がる。
入線してきた電車が停車する前に、せんぱいの隣に並んで、でも目線を上げることができなくて……。
──…結局、扉の締まる車内から、ホームから見送ってくれているせんぱいの姿に手を振っただけの自分に幻滅することになる。
踏切を越えてホームの明るさが遠ざかると、あたしはスマホを取り出していた。
『だいじょうぶ! きっと上手ういきます』
ショートメッセージを送信してから思う。
……なんでそんなこと。
あたしが小さくため息を吐いて手近のシートに座ると、返信が届いた。
『了解! また明日』
……あれ? 何かふつーに会話できてる?
またスマホが震えて着信を知らせてきた。
『おやすみ。』
今日の最後の遣り取りで、あたしはくすっと笑うことができた。
◆ ◆ ◇
千歌は岩倉駅から一葉と一緒に叡電には乗らず、義兄と一緒にホームから見送った。
それから、駅から家に戻る道すがら、隣の正道の表情をそっと窺いながら歩く。
もう数日したら、見れなくなってしまう横顔を見る。
次に生まれ変わったら、もう一度この人の許に辿り着けるだろうか。
そのときには、一葉やあの友人たちと一緒がいい……。
ふと立ち止まった正道が、型の旧い携帯をポケットから取り出した。
画面を見た義兄の横顔に、ほっと小さく安堵が浮かんだのを見て思う──。
──…どっちも不器用なんだから……。
でも、ちょっと安心した……。
あとは私が二人を結び付けてあげれたら──、
もう、思い残すことはないな……。
あと数時間もすれば〝最後の日〟になる……。
千歌に残された時間は、あと少し、だ…──。
◆ ◆ ◇
正道からの〝連絡〟は、翌朝の午前七時ピッタリに、ショートメッセージで届いた。
『写真見ました
ありがとう
部室で待ってる』
ベッドの上で着信を受けた一葉は、ひとつ深呼吸してベッドから起き上がると、朝の支度を始めた──。




