十四、
翌日から一葉と千歌は、着々とメッセージの作成を進めていった。
放課後、部活やらなんやらといった課外活動が終わると、一葉は真っ直ぐに家に飛んで帰ってきて、千歌と一緒に簡単なコンテを切ったり、もう撮った分の画像をビューワで確認し編集アプリで加工してみたりと、夜が更けるまでふたりで時間を過ごした。
夏休みに入るまでは中々実際の撮影には入れなかったが、次の週にはもう夏休みに入り、夏休みに入れば、二人のメッセージ作りは一層熱を帯びていった。
彼女が〝こちらの側〟の世界に居られるのは、八月十六日の夕日が沈むまで…──。
タイムリミットが明確な分、一葉も千歌も真剣になる。
それに──、
正直、カメラの液晶の中にいろいろな表情の千歌を収めていく作業はとても楽しかった。
気付けば千歌は、一葉にとって特別な友人になっていた。
──…〝親友〟という言葉を使ってもいい間柄、なのかしら?
一葉は、知り合って間もない千歌に、そんな想いを抱いている。
どんな言葉で表すにせよ、一葉にとって千歌は、もう忘れることのできないだろう存在となっていて、千歌にとっての一葉は、初めから唯ひとりの存在だった。
実際、二人はもうずいぶんと長い時間を共有して、すっかり気のおけぬ仲になっていた。
◆ ◆ ◇
そうして夏休みに入ると、ふたりで過ごした時間に比例して撮影に訪れた京都の景色はどんどんと増えていった──。
上賀茂神社では、一の鳥居のところでセーラー服の制服姿を撮った。──このときの千歌はなぜだか制服にこだわった。
朱い『楼門』の前の『玉橋』で、儚げな印象の笑みを向ける黒髪の千歌の貌を収めた。
隣に架かる『片岡橋』から『ならの小川』のせせらぎに沿って『渉渓園』をそぞろ歩く千歌は動画に収めた。
下鴨神社糺の森では、涼し気なワンピース姿の千歌が木漏れ日の下ではしゃぐ様を撮った。
そうしてカメラの液晶の中に写る彼女は一葉と同じ女子中生で、弾けるような笑顔がとても魅力的だった。
撮影前には千歌とショップを巡って服をセレクトするのが決まりごとになった。
ショップのアプリやサイトで気に入った服を見つけると、市内の店舗に出向いて千歌が自分の目で実物を見るのだ。
一葉は最初こそ抵抗もあった──買うつもりがないのに店には入り難い……一葉はそういうコだ…──が、見るだけでいろいろオシャレな服装を試すことのできる千歌を羨ましいなと思いながら、楽しむようになった。。
お洒落な北山通りでは、千歌はちょっと背伸びをしてワイドパンツ+ゆったりシンプルな白のシャツに、黒髪の上にはベレー帽という出で立ちをチョイスした。
そうするとちょっとだけ大人びた雰囲気の文科系女子が画面に現れ、そろそろ陽の光も和らぐ頃の『京都コンサートホール』や『陶板名画の庭』、『植物園』といった落ち着きのある背景にふんわり溶け込んでしまった。
東山では銀閣寺北から山道を登って大文字山から京の夕暮れを背景に撮った。
まだ午後の熱のこもる山道を、汗だくになって山頂付近の火床のある場所まで登ったときの一葉の傍らの千歌は、丸首ボーダーのTシャツに長めのフレアスカートといった登山にはちょっとあり得ない格好で、さすがにへばっている一葉とは対照的に涼しい顔をしていた。
夕陽が京都の西側の山の連なりを朱く染めていて、それをうっとりとした表情で見やる千歌の周囲は時間が止まったふうで、強めの風に流れる長い髪を押さえる千歌の横顔は、夕陽の照り返しに映えることこの上ない。
いろいろな場所を撮り歩いた…──。
南禅寺では『水路閣』で、哲学の道では浴衣姿を、八坂神社、円山公園……。
……一葉は、千歌と過ごしたこの年の夏を、決して忘れることはないだろうな、と思った。
そうやって八月に入った最初の週になって、ついに千歌の口から〝とある場所〟について明かされたのだった。
◆ ◆ ◇
その場所は地下鉄烏丸線の起点の駅、国際会館駅が最寄りの、岩倉の閑静な住宅街の中にある小さな公園で、千歌と正道が兄妹として過ごした家にほど近い、どこにでもあるような児童公園だった。
ほんとに何の変哲もない児童公園で、ブランコやジャングルジムといった子供向けの遊具がいくつか置かれているだけの、そんな場所だった。
でもそこは、千歌にとっては幼い頃から兄妹として正道とよく遊んだ思い出の場所で…──最後の日に、伝えたいことがあって正道と待ち合わせをした場所なのだった。
一葉は、早朝でまだ人気の少ない時間帯を選んでこの場所に来ると、動画モードにしたデジカメの電源を入れた…──。
◆ ◆ ◇
えと……ちゃんと伝えられるかどうか、わからなくて……ちょっとこわいです……。
いろいろとあって、こういうことになって……。
お兄ちゃんに伝えたいことがあるから……、三年前の四月から、私、ずっとお兄ちゃんの傍にいました。
いま、ちょっと成長した姿にしてもらって、一葉ちゃんのカメラで撮ってもらってます。
お兄ちゃん…──
あのときの……私が事故に遭う前のお兄ちゃんの言葉を、お兄ちゃんが気に病むのは違うの。
確かに、お兄ちゃんに言われたことは、ちょっとはショックだったよ……。
けど、白状しちゃうと、お兄ちゃんの言ったアレは、半分は本当のことだったから──。
私は、私が器用なことも、お母さんの計算高いことも、お義父さんの誠実だけれどもズルいところも、全部〝知って〟た。
家族の中で、お兄ちゃんだけが不器用で、私みたいに受け入れることが難しい人だってことも、知ってた。
私……お兄ちゃんが、家族がばらばらにならないように、心を砕いてたの、知ってた。
でも……、お兄ちゃんが言ったように、私も、自分のコトしか考えてなかったです。
私……、お兄ちゃんと〝兄妹〟でなくなることの方がいいって、そう思ってて…──、
その方が……私の想いを真っ直ぐに伝えられるって、都合がいいって、そう思ってました。
──…だから……、
お兄ちゃんが私に言ったことは、間違いなく真実だったの……。
あの日私は、お兄ちゃんに自分の気持ちを伝えたくてあの公園に来てもらいました。
……でも、そのことは、もういいの。
十二歳で死んだ義妹だったコからの告白なんて、お兄ちゃんだって今さら困っちゃうだけだものね。
今日、伝えたかったことはそれと別です…──。
お兄ちゃんが、私に言ったことを気に病んで、自分のために頑張るのをやめちゃうのは、間違ってます。
──…私……、私が〝死んでしまって〟からのお兄ちゃんのこと、ずっと見てきました。
お兄ちゃん、自分を出さなくなってる。
自分が思ってること、感じたこと、やった方がいいと思ってること、やりたいこと、みんな飲み込んじゃって、我慢することに慣れ切っちゃってる。
でも、それじゃやっぱり、誰も報われないよ?
誰よりも、お兄ちゃんが、報われないよ……。
お兄ちゃんが報われないと……私も報われないよ?
……だから、お願いします。
もっと自分のこと、大事にして……。
自分のことに、がんばって。
──…あと……、
それじゃあ、最後……。
せっかくだから、やっぱりあの日の気持ちを伝えます。
ずっと前から好きでした。
中等部に入ったら、紀平千歌じゃなく竹原千歌として付き合ってください、って、
……そう言うつもりでした。
よし! 終わり!
これで……終わりです……!。
お兄ちゃんに、私の想いが伝わると、嬉しいです。
それじゃ…──。




