水神の祟り(ユキ)
そこで何故かマリは不思議そうに首を傾げた。
「攻略板では水神の祟りって書かれてたけど……ケイの話からするとイベントの前提が変わるから違うのかも」
マリの口からボス戦前に起こるイベントストーリーが語られる。
まずツアイ村に到着すると、村の老人達から「生贄を要求する水神を退治してほしい」とクエストを頼まれる。曰く、若い者達は皆食われてしまったと。
「今思うと生贄になったのが働き盛りの人達ばかりって変だよね」
「実際には村の外で暗殺者やってるんだろうな」
「成程、クエストを出したのはプレイヤーを水神の生贄にするためだったのか」
そして水神の住む泉に行くと、巨大な亀と取り巻きの小亀達が襲いかかってくるのだ。ちなみに小亀と言っても一抱えはある大きさだ。
「そして大亀を倒して村に戻ると村人が全員死んでるんだよ」
「そこが分からなすぎる」
「『看破』で調べると毒による死だって分かるみたい」
「水神が負けたから絶望して集団自殺したとか……?」
「いや、違う」
俺の推測をケイが否定する。
「エストの鉱毒に話を戻すぞ」
エストの鉱毒は錬金術師達が浄化装置を完成させた事で治まったが、既に汚染されてしまった周辺の土地に関しては神官達が浄化して周った。
しかしツアイは既に水神の加護を得て鉱毒の影響を受けなくなっていたし、鉱毒の原因であるエストからの派遣である事、加えて他宗教の者を村に入れる事を嫌がったツアイの排他的な気質は神官達による浄化を受け入れなかったのだ。
「だからツアイは今も鉱毒に侵されたままだ」
「えっ、プレイヤーはそこに入って大丈夫なの?」
「少し滞在するだけなら問題無い。日常的に土地の水や作物を摂取してる村人達は手遅れだがな」
点と点が線で結ばれるように、漸く村人達の突然死との関連が見えてきた。
「もしかして村人の死因って……」
「そう、鉱毒だ。特定の神を強く信仰していると加護を得られるんだが……ツアイの水神の加護は『毒無効』なんだよ」
──ああ、そうか。水神が死んで加護が途切れたのだ。
人を呪わば穴二つとはよく言ったものだ。利己的な思惑のために余所者を生贄にしようとしたがために、自分達が全滅してしまったのだから。
プレイヤーにしたって、村人達を怪しんだ者もいれば騙されていると知らずに村人達を守ろうと義憤に駆られていた者もいただろうが、まさか自分の行動が大量死を招くとは思わなかったはずだ。
「村人達の自業自得だけど、なんか後味悪い話だなぁ」
「村人達を死なせないために回避ルートを選ぶプレイヤーもいるよ」
「別の道があるの?」
「実際の道じゃなくてイベントの選択肢の方ね。泉にある水神の社で祈りを捧げて『信徒』になると亀達に攻撃されなくなるんだよ」
エストの町は崖に囲まれており徒歩で向かうのは困難だ。一度エストに入れば『昇降機のパス』を貰えるので町の東側と西側にそれぞれ設置されている昇降機で行き来できるようになるが、初めて町に入る場合はツアイと泉を必ず通る南側のルートから行く必要がある。
ツアイ村に立ち入らなかったとしても泉の近くを通ると亀達が襲ってくるので、クエストを受けていようがいまいがボス戦は避けられない。
ちなみに昇降機は一人乗りだ。たとえパーティメンバーがパスを持っていても自分が持っていないと乗れないので、パス無しでエストに行きたいなら飛空艇で直接連れて行ってもらうしかない。
「でも別の神の信徒になってると駄目なんだよね」
「俺もう守護神の信徒になっちゃったよ」
「私と一緒!」
「は? お前神官だろ、何で守護神にしたんだよ」
「気付いたらなってた。職業毎に違うの?」
ケイが呆れたように俺を見る。
「信仰を上げれば加護がついて特殊なスキルを取得できるんだよ。守護神なら物理ダメージ低下だな」
「便利じゃん」
「神官に多いのは医神の回復率上昇だぞ」
職業に適したスキルの方が良かったのか。まぁ俺のもう一つの職業は近距離戦に向いた『戦士』なので無駄では無いだろう。今のところ魔法職寄りの戦い方しかしていないのは一旦置いておく。
「そういえばコウは月神の信徒になったらしいよ」
「月神? どんな神だ?」
驚いた事にケイも知らなかったようだ。やっと俺も役に立てそうなので意気揚々と説明する。
「月神は夜を司る神だよ。別に人を嫌ってる訳じゃないけど、夜に出歩くのがモンスターばかりだからモンスターに加護を与える事が多いみたい」
「意外な奴から情報が出たな……」
「そういえばケイは何の信徒になってるの?」
ふと気になったので聞いてみる。
「俺は信徒になってない。吟遊詩人だから技術値を上げたいんだが対応する神が見つかってないんだ」
「次の大型アプデで行けるようになる予定のエリアで見つかるんじゃないかって言われてるんだよね」
技術を上げそうな神か……生産神? いや、違うだろうな。あるとしたら鍛治神か?
「信仰ってどうやったら上がるんだろう」
「マスクデータらしくて分からないんだよな。神官が比較的加護を得やすいから神事に参加するとかじゃないか?」
「へぇ、ならケイが信徒になったら神事に呼ぼうか? 医療ギルドに所属してる吟遊詩人は多いみたいだし」
「医療ギルド?」
あれ? これもあまり知られていない情報なのか。
「詳しい分類は忘れたけど医療とか魔術とかの五つのギルドがあって、冒険者ギルドと商業ギルドはそれらの纏め役だったはず。吟遊詩人はバフ使えるし、神殿のイベントで演奏する事もあるから医療ギルドに多く所属してるって聞いたよ」
「……今度詳しい内容を教えてくれ」
「いいよ。チップに戻ったら調べ直してチャット送るね」
「後で私にも送って頂戴」
大会後の予定ができたな。進みが違うから一緒に遊ぶ機会は殆ど無いんじゃないかと思っていたけど、ストーリーが幅広いから別の視点から進めればお互いの情報を持ち寄って協力プレイができそうだ。
そろそろ進まないと今日中にエストへ辿り着けなくなるので、サイの宿屋を出てツアイ村へと向かう。
サイの町の近くには湖を水源とした豊かな森が広がっており、モンスターも多数生息しているようだ。時折、地元の猟師と思しき人々や修行中の巫女らしき者が狩りを行っているのが見える。
どこか牧歌的な風景を眺めながら歩いていると、ケイが茂みの奥をじっと見つめてから静かに警告した。
「来るぞ、三匹だ。『隠密』」
「『挑発』」
呼応するようにマリもアーツを発動させる。直後、がさりと茂みが揺れて空色の狼が三匹飛び出して来た。
「『リフレクト』」
「ギャウン!」
「グゥッ!」
三匹ともマリに向かっておそいかかったが、先頭の個体がリフレクトで跳ね返され、すぐ後ろの個体にぶつかって二匹とも跳ね飛ばされる。
「ガウァッ!」
三匹目はリフレクトの範囲から外れていたのでそのままマリの小楯に噛み付く。マリは不快そうに一瞥したがHPは減っていないので大丈夫そうだ。
マリが徐に跪き、噛み付いている狼を盾で押し潰すように地面へ組み伏せる。
「『リフレクト』」
「ギャンッ!?」
涼し気な顔で一歩引くように立ち上がったマリとは対照的に、地面に押し付けられてリフレクトの衝撃をまともに受けた狼はよろよろと立ちあがろうとしている。
「グガッ……!」
しかし、引いた一歩からサッカーのシュートを決めるが如く力強い踏み込みでマリが前蹴りをお見舞いした。弧を描いて飛んだ狼の体がずしゃりと地面に落ちる。
不意に、伸びやかな音が響いた。見ると、ケイがバイオリンを構えて一音だけ鳴らしている。
「グルゥウ……」
先に吹き飛ばされた二匹も戦線に戻って来たが、先程と比べると明らかに動きが精彩を欠いている。リフレクトでここまでダメージを負うとは思えないので、先程のケイはデバフ系の演奏アーツを使っていたのだろう。