02.Name
エクスによって開けられた扉の先には――
「人形、ですか?」
アヒムは目の前のことが信じられないようで、視線があちこちに飛んでいる。
立ち尽くすアヒムをよそに、エクスは装置に手をかけて口を開く。
「この子は、我々、人形学会が長年に渡って開発してきた秘密兵器だ。アヒム君のこれからの相棒になるディアだ。自律型人形というこれまでに類を見ない至高の作品でね、何と彼女は人形なのにも関わらず、自我を持つのだ」
「ディア……僕の相棒になる、というのはどういうことですか……? 執行官は確かに僕を含めて九名しかいませんが、現在の任務量では十分に足りている、と説明を受けましたが……」
「これから先に任務量が急激に増加する見込みがあるというわけでもない」エクスはきっぱりと言う。「けれど、その支援は少なからず必要になるだろう。特に、元学生だった非戦闘員の君のような執行官にはね」
「うっ……それを言われると何も言い返せない……。それじゃあ、ディアは不足している僕の戦闘能力を補ってくれる、ということですか?」
「基本的にはそうなるの。百聞は一見に如かずということわざがあるように、口で多くを説明するよりも経験した方が容易いだろう」
エクスはそういうと、完全にアヒムに背を向ける。
装置から軽快な操作音が流れ、徐々に半透明だった棺のような箱から少女――ディアが体を起こしていく。
上半身を完全に起こし終わると、ディアは目を開く。
「初めまして、エクス教授、アヒム・ロトムエル執行官。当機は、自律型人形執行補佐官のディアリスです。気軽にディアとお呼びください」
「ほおおおお……こうして、実際に起動の場に立ち会うと、開発中の試運転のときはまた違った感情が産まれてくる。アヒム君、君はこの奇跡の現場に立ち会えた、という事実が分かっているのかね」
「え? ええ、分かっていますよ……?」エクスの剣幕に困惑するアヒム。「本来ならば魂を持たない人形が自我を持つなんてあり得ない、でしたっけ? 人形学についてはあまり詳しくありませんが、これがすごいことだっていうのぐらいは分かっています」
「その程度の認識じゃあ、少しやるせないのだが……任務に関わる事でもない。特に私が口を挟むことでもないだろう。主従関係の構築のためにも、ディアの診察が終わったら私は早々にこの場を立ち去るよ」
二人にされても困るのだが、というのがアヒムの本音だった。
人形とは言え、ディアは自我を持っている。
アヒムの失敗を笑うことがあるだろうし、アヒムと離したくないと拒否することもあるだろう。
先程の愛称でも呼んでいい、という言葉から親しみやすいというのは分かっているが。
アヒムの不安もよそに、エクスは淡々と診察を進めていく。
ディアは微笑みを浮かべているだけで何も口にしようとはしない。
気まずい空気が流れていた。
「それでは私は診察が終わったから、この辺で失礼するよ」エクスは調子よく立ち上がり、扉の方へ向かった。「アヒム君、ディア君、君たちが仲良くなれるよう、私は心の底から願っているよ」
この上なく、胡散臭い笑顔を浮かべたエクスは早々に立ち去っていく。
無機質な部屋に箱が置かれただけの空間に気まずい雰囲気が流れる。
どちらが話し出す、という空気感もなく、ただ時間が過ぎていく。
見かねた――というよりも、機会を見つけたのか、ディアが口を開いた。
「アヒム・ロトムエル様のことは何とお呼びすればいいでしょうか?」
「アヒム、でいいよ。それに僕に様付けなんてよしてよ。僕はただの元学生で偶々、運が良くて執行官に選ばれただけの凡人なんだから。僕こそ、君を様付けしなきゃ。だって君は、崇高な人形学会の英知が集結した自律型人形なんだからね」
「当機はそのような高貴な存在ではありません。人形学会の英知が集結し、製作されたことに変わりはありませんが、当機以外にも自律型人形は八機製作されています」
「ディア――と、他の八機を合わせた九機は、ああ。執行官の数に合わせて作られているのか」
「その通りです。当機は、執行補佐官の任務を全うするために作られた自律型人形全九機の中で、唯一の女体人形です。それは、アヒム執行官が男性であることを考慮しての判断です」
「え? ということは、他の執行官は全員、女の子ってこと?」
「はい。当機の情報記録によれば、執行官九名のうち、男性はアヒム・ロトムエル執行官のみと記録されております。当機は神託執行機関アルヴァノに関する全ての情報の開示権を有しています」
「全部?」
「はい、全部です」
口をぽかんと開けて間抜けな顔で質問するアヒムに、涼しい顔で返答するディア。
自身にも与えられていない権利が与えられていることにアヒムが食いついた。
「他には権限が与えられているの?」
「執行調査記録簿、冥帝院議事録、アルヴァノ下部組織の七役委員会の招集及び聴取の権限を有しています」
思った以上の権限が一人形であるはずのディアに与えられていることにアヒムはただただ唖然としているだけだった。




