01.Suddenly
冥帝とは、呪縛冥府世界アステナの覇者を指す。
英霊とは、呪縛冥府世界アステナの亡霊の中でも特に強い英雄を指す。
神託とは、呪縛冥府世界アステナの冥神アステナが導き出した神託を指す。
つまり、冥帝英霊神託とは、冥神アステナの出した冥帝と英霊へ差し出した神託を指すのだ。
呪縛冥府世界には、唯一つだが戒律が存在する。
曰く、亡者を弄んではならぬ、と。
戒律を破った者には、冥神アステナによる厳しい罰則が下される。
地下を這うこそ泥が働いたことにせよ、覇者たる冥帝が働いたことにせよ、それはすべてアステナが持つ「冥府眼」によって見透かされ、罰則は下されるというのだ。
しかし、ここ数年、戒律への罰則が下されることがなくなった。
それも急激に。
冥帝はアステナの律儀な性格を知っているからこそ、その状況を訝しんだ。
こちらからは一切の接触もできない状況をアステナが許すはずがないのだ。
そう信じた冥帝たちの思いに沿うように、世界の中心である呪縛冥府にて最後の信託が見つかった。
冥帝英霊神託。
そう名付けられた神託には、ただ一言だけが記されていた。
『世界を守りなさい』
アステナの神託は、特殊な魔法水晶によって遺されていた。
冥帝院にてすぐさま、十八人の最高位冥帝たちの冥帝会議が行われ、決定が下された。
神託執行機関「ルカリア・ディ・アルヴァノ」の発足。
冥帝院のすぐそば、死霊樹と呼ばれる呪縛冥府を取り込み、山脈すらも取り込んだ巨大樹の最高峰に本部は設置された。
そして、発足日からルカリア・ディ・アルヴァノ――通称、アルヴァノでは、世界に仇なす存在の調査と暗殺が進められることになった。
――――――――らしい。
らしい、というのは、それを又聞きで聞いたばかりだから。
それもつい先ほど。
三日という睡眠にしては長すぎる眠りから目覚めたばかりの自分に、神託執行機関アルヴァノに所属するエクス教授は鬼のように情報を浴びせてきた。
しかも、早口で。
「して、君の名前を聞いていなかったね。というか名前はしっかりと覚えているのか?」
「はい。恐らくですがエクス教授が話された情報を整理するのに頭がこんがらがっているだけで、特に何かを忘れている、ということもないですし、自分の名前もちゃんといえます」
アヒム・ロトムエル。
第三冥府から、神託執行機関アルヴァノに神託執行適性が高いというオファーを貰い、エージェントとして着任したばかりの新人だ。
つい最近までは、学生とだったのに戦争でいう前線のような場所にいるのは不思議な気分だ。
「ロトムエル――――どこかで聞いたことがある名前なのだが、父上のお名前は?」
「クーレイです。聞いたことがありますか?」
「いや、まったくだな。私が知っていると言うことは、それなりに学会で名の知れている人間でなければ心当たりがないのだが……まあ、そんなことはどうでもいいのだ。今日君を研究室に連れてきたのは、他でもないある少女を紹介したいからだ」
「少女?」
僕の問いかけにああ、と答えるだけでそれ以上は答えないエクス教授。
今日は、初めて足を踏み入れる研究室にやって来ていた。
初めて、という言葉は適切ではない。
着任初日に社会科見学か何かですか、と言わんばかりに全ての施設を回ったので、ここにも足を一歩か二歩は踏み入れたはずなのだが、点で記憶がない。
もしかしたら、記憶のどこかが足りていないかもしれない。
そんなことを思いながら、すいすい進んでいくエクス教授の後に続く。
さすが研究室。
神託執行というちょっと何を言っているのか分からない活動理念を持っている組織でも、研究室は研究室という雰囲気を持っているので不思議なものだ。
あちらこちらに資料が置かれており、研究成果がどうのこうの、専門用語がつらつらと並べられている。
僕が第三冥府の工作員じゃないのかな、とか疑いもしないのだろうか。
「ゆっくりしていないで、さっさとこちらへ来なさい」
「え、あはい……」
そして、エクス教授につられて扉を開けたその瞬間だった。
僕の人生が一瞬で変わる出来事が起こったのは。




