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ミランダ様に面会できるようになるまで、私がやらなくてはならないのは“何もせずに待つ”ということ。しかし部屋の中で何をするでもなくゴロゴロするのは無理で、いつも通り温室へ行ったけれどオリヴィアさんや小鳥ちゃんたちに顔色が悪すぎる!と追い返されてしまった。
仕方がないので本だけ借りて部屋へ戻りずっと読んでみたけど、長時間の読書は目に悪くて5時間を過ぎる頃には視界が少し霞んできた。
私は諦めて勢いよく本を閉じると、部屋を出てある場所へ向かった。
ルイスの部屋からは少し離れた場所にあるゲストルーム。かつてはお父様も使っていた部屋にノックをすれば当然返事は返ってこなくて、少しドアノブを捻れば鍵がかかっていなかったので簡単に扉は開く。
ミランダ様が使っていた部屋は閑散としていた。荷物は捜査の際に全て没収されているらしく、グレスデンから持ってきていたバッグや衣類ももぬけの殻だ。
ところがたったひとつ、ベッドサイドテーブルに置いてあるものはそのままにしてあった。グレスデンでよく使っている白樺の木でできた手作りのチェス。よく冬ごもりの間に家族でせっせと増産していたそれは、駒の種類がかろうじて分かるくらいの粗末な出来。置き場所や形から私物だと気づかれなかったのか、このチェスだけは部屋にぽつんと置き去りにされていた。
よし、これ貰っちゃおう。
殺されそうになったんだしこれくらい許されるわよね、とミランダ様のチェスを勝手に拝借する。大丈夫、グレスデンに同じようなのがたくさんあるんだから。
「ただいまー」
部屋へ戻っても誰もおらず返事はない。
ちょっとした散歩も暇つぶしには物足りず、もやもやした私は何を思ったのか腹いせに何かしよう、と手に抱えていたチェスを見て思いついた。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい」
ルイスが帰って来たのはまだ陽が沈む前のことだった。多忙になる前はいつもこのくらいの時間に帰ってきていたのでなんだか懐かしい。
「なにやってるの?」
彼は私がテーブルに並べていたミランダ様のチェスを見て尋ねてくる。
「これグレスデンのチェスなの」
「へえ、変わった形してるね」
「自分たちで作ったものだから。でもちゃんと使えるのよ」
本当は一人でやろうと思ってたんだけどルイスが居るなら勝負できる。今日はこれでチェスしましょ、と誘うとルイスは「いいよ」とひとつ返事で了承した。彼は上着を脱いでクローゼットに掛けると、すぐに私の向かい側に座ってチェスの駒を触る。
「これがキングだよね」
「そうよ」
もう配置してあるんだから分かるはずなのに、形がいびつなので一応確かめたかったんだろう。駒を上下させたり裏を見たりして色々といじり始めた。
「ヘタクソでしょ」
「おもしろいよ、ちょっと新鮮」
じゃあさっそく始めましょ、といつも通り私が先攻でポーンを動かす。―――しかし、今日の私はいつもの私ではない。駒を動かすと同時に駒の裏側をルイスに見えるようにクルリと半回転させた。
「ぶっ!あっはははははは!なにこれ!!」
ルイス大爆笑。ポーンに書いた顔がえらく面白かったらしい。顔、と一口に言ってもかなりふざけた落書きだ。彼はお腹を抱え足を床にダンダンさせてテーブルを叩きながら全身で笑う。
「見て見て、これ。最高傑作なの」
「あははははははっ!!」
ナイトの駒は今にも泣きだしそうな残念な表情の馬に変えられていて、ルイスは笑い過ぎて涙が出そうなくらい大笑いする。
「なんでシンシアの駒だけに描いてあるの!?」
「だって私の駒が面白い方が私が有利でしょ」
ルイスが集中できなくなるから。卑怯じゃないわ、これも立派な作戦よ。
「ずるい!僕のも!」
えらく気に入ったらしい彼は自分の駒にも絵を描こうと言い始めた。チェスを始めたはずなのに、なぜかペンを用意して二人で黙々とまだ手を付けていない駒に描いていく。眉毛とか髭とか普段は絶対に描かないような滅茶苦茶な落書きをルイスと笑いながら仕上げたら結構な大作が出来上がり、その駒を使ってやった試合はグダグダでもちろん内容は酷いものだった。二人ともお気に入りの駒をとるのに必死で勝負が二の次になってしまったからだ。面白かったけど。
「僕のチェスにも描こう!」
「嘘でしょ!?絶対ダメ!」
ルイスの超がつく高級チェスまで落書きをしようと立ち上がったものだから、私は彼の腰に飛び付いて全力で阻止した。ルイスのチェスは自分たちで作ったチェスとは話が違う。
「問題ないない」
「ダメダメ!絶対にダメ!名のある匠が仕立てたドレスに手作りのアップリケを張り付けるようなものよ!わかるでしょ!?」
やったら戦犯として一生後ろ指をさされてしまうレベルだ。
「ちゃんと使うんだからいいじゃん」
「芸術品に対する冒涜よ!考えてみて!このチェス使って陛下と勝負できる!?」
ルイスは彼のお父様が落書きで酷い(面白い)有り様になった駒を手にしている姿を想像したんだろう。ハッとして青い目をキラキラさせた。
「面白そう・・・っ!」
「どこが!?」
思い止まって!あの超美麗な陛下にこんな下劣なもの見せられないわよ!
「面白いのに・・・」
「面白いけどもし私のお父様に見つかったら叱られそう・・・」
落書きは立派なイタズラだ。少し悪いことをしてしまった気分。その分面白さも倍増されてるわけだけど、これ以上の粗相は笑えない。
「じゃあ、これでもう一回やろう」
「いいけど・・・遅くならない?明日も仕事なんでしょ?」
「平気平気」
ルイスにせがまれて、私たちは夜が深くなるまでもう一度勝負をした。そしてやっぱり試合の内容はお互いに酷かった。
翌日、もう既に陽が高いというのに二人ともベッドの中に居た。決して艶っぽい理由ではない。単純にルイスと私は同時に風邪でダウンしてしまったから。
喉が痛い。頭痛がする。あと身体が怠くて節々が痛い。
「数日は二人とも大人しく寝ててください。仕事のスケジュールはこちらでなんとかしておきますから」
医者に診てもらった後、フィズさんにいくつか小言をもらってからやっと部屋が静かになった。
「ごめん、キスしたときに僕が移したかも。ここのとこずっと風邪気味だったんだよね・・・」
「気にしないで~。丈夫なのが取り柄だから」
朝一で薬を飲んだからもうすぐ効いてくるはず。
ルイスはずっとハードな生活だったし体調が崩れるのは無理もない。私が貰ってしまったのはご褒美だとでも思っておこう。お陰でしばらくは二人でベッドに缶詰めだ。
ルイスは身体が辛いだろうにちょんちょんとたまに足で私の足を突いてちょっかいをかけてくる。眠ればいいのにって思ったけれど私も夜間にしっかり睡眠をとったから眠気は無く、しかもルイスがちょっかいかけてくるものだから余計に目が冴えてしまう。
しばらくは私も足でやり返していたが、どさくさに紛れてお尻をサッと撫でられた。
「どこ触ってんのよ」
ちょいちょい触ってくるのよね、この人。その触り方はあくまでもさり気無くて偶然を装うものだから性質が悪い。二つ名を“二重人格男”改め“スケベ王子”にしてやろうか。
「うーんきついよー」ってアピールすれば許してもらえると思ってるのかもしれないけど、あざといしわざとらし過ぎて逆に腹が立つ。私は仕返しにルイスの脇腹を摘まんで笑ってやろうと思ったのに、贅肉らしきものがなくて摘まんだのは寝間着の布だけだった。そういえばこの人毎朝鍛えてたんだったわ・・・!
「肉が・・・ないっ・・・!」
「シンシアは割と脂のってるよね」
人を豚か牛みたいに言うのやめて。
「そこはふくよかとか、ぽっちゃりとか、他に言い方あるでしょ?」
「・・・・」
無視かっ。
彼は今度は私の横腹を無言でぷにぷにと摘まみ始めた。私は身を捩りルイスに背中を向けてそれを躱すけど、しつこい彼の手はどこまでも追いかけてくる。
「少しお肉増えたよね」
「だってドローシアの食事が美味し過ぎて・・・っ!」
わあっ!と顔を両手で覆った。仕方ないじゃない、残すの勿体ないんだもの!生活面も本を読んだりお茶したりで常に運動不足だし。
「いいんじゃない?多少は脂がのってる方が」
「黙らっしゃい」
だから人を豚か牛のように言うのをやめてってば。
薬が効いてきたからかルイスの調子はいつも通り。風邪ひいてる時くらい大人しくしてればいいのに―――・・・って普段大人しくないのは私のほうだった。残念。
それにしても高熱のせいで身体が熱くて、額に滲んだ汗が気持ち悪かったので袖で雑に拭った。
風邪をひくなんて本当に久しぶりで身体の辛さに参ってしまう。子どもの頃はお仕事で忙しいお母様も私が熱を出した時だけは私のために看病してくれた。他の誰でもない私だけのために。今思い返せばあれは特別な時間だったなあとしみじみ思う。
「ねえ、ルイスは・・・」
―――寝てる・・・!
話しかけるために寝返りを打てばルイスは目を閉じてすーすーと気持ちよさそうに眠っていた。
散々人にちょっかいかけた挙句自分が眠くなったら寝てしまうなんてしょうがない人だわ。私は小さく笑って、一緒に眠ってしまおうと少しだけ彼に寄り添って目を閉じた。





