(2)
私はルイスに促されてソファに座った。隣に座った彼はまだ何か迷っているようで、なかなか話が始まらず私は急かす。
「ねえ、早く」
「うん。あのさ、驚くと思うから落ち着いて聞いてね」
「・・・わかったわ」
私はルイスの膝に置いてある彼の手を握ると大きく深呼吸した。
「はい、大丈夫」
「うん」
ようやく始まったミランダ様の話。ルイスが予め宣言していた通り、私は驚いてしばらく言葉が出てこなかった。
「ミランダ様はね、―――捕まったよ」
「・・・!?」
捕まったって何!?
何か・・・物をくすねたって事かしら。勝手に庭のお花を毟ったとか?それとも神官に捕らえられたっていう意味なの?
私はもう一度訊き直す。
「ミランダ様がなんですって?どういうこと?」
「ミランダ様は、シンシアに、毒を盛ろうとして、捕まった」
淡々と分けながら紡ぎ出された言葉に私の理解は追い付かない。
え?毒を盛るって言った?―――私に?
「はっ・・・」
よくわからない声が出た。あのミランダ様が私を殺そうとするなんてあり得ない。恨まれた覚えなんてないし、むしろグレスデンにとっても王家にとっても今は私が頼りのはず。殺す理由が見当たらなかった。
「何かの間違いでしょ」
あり得ない。あのお優しいミランダ様はそんなことできる人じゃない。
私が否定してもルイスの険しい表情は変わらなかった。
「事実じゃなきゃ捕まらないよ。他国から預かった王家の人間を間違えて拘束できると思う?
かなり慎重に捜査されたはずだし、ある程度の証拠が揃ってないとできない」
「そうだ、わかった、神官に嵌められたのよ」
私を殺したがっているのは神官だ。ちょうどタイミングよくグレスデンから来たミランダ様のことを嵌めて、私を殺すついでに彼女に罪を被せてしまおうと思ったに違いない。ミランダ様はうっかりしている所があるし、他人に乗せられやすいから比較的騙されやすい方だ。
「どうしよう、どうにかして疑いを晴らさないと・・・」
「シンシア」
「誰に話を聞けば詳しく教えてもらえるかしら。こういう場合は順を追って考えないと」
「シンシア」
「もう!何よ!?」
人が一生懸命に考えているのに。動揺のあまり罪のないルイスを睨みつけて大声を出す。
「毒を盛ろうとしたのは事実で、罪はもう確定してる。投獄した父様が決めたことだから僕たちに覆すことはできない」
「信じないわよ」
「シンシア」
「信じられるわけないでしょ・・・」
ミランダ様は嘘をついてもすぐ分かるほど思ったことが顔に出る。万が一恨まれていたのならすぐに気づいたはずだし、人目が多くて監視も厳しいドローシアで何故殺さなければならないの。
「幼い頃からよくしていただいたわ。我が子同然に大切にしてもらったの」
「うん」
「絶対ウソ」
犯人は神官に決まっている。ただの推測じゃない、彼らには前科があるんだから。神官庁に入った時に聞いた神官たちの話は今でもハッキリと覚えている。
「どこかで、何か手違いが起こったとか・・・」
「でも本人は自供しているって、父様が」
ルイスの発言に私は目を丸くして彼の瞳を見つめた。
「えっ、えっと・・・」
「理由までは聞いてないけど、ミランダ様は自分の意思でシンシアを殺そうとした」
「・・・聞き間違いなんじゃないの?」
そんなわけないってわかってるけど、そう聞かずにはいられない。頭の中が真っ白になってなにがなんだかわからなくやってきた。
「だって、ルイスはミランダ様が私を恨んでいるように見えた?」
「いや・・・」
「でしょ?」
とにかく本人の口から話を聞かなければ始まらない。ルイスも詳しい話はまだ知らないみたいだし、どうにかして本人に会えないだろうか。
私は勢いよくルイスの両肩を掴んだ。
「ミランダ様に会わせて!」
彼の眉間に僅かに皺が寄った。
「あのさ、ミランダ様はシンシアを殺そうとしたんだよ?殺されそうになった本人が直接犯人に会えるわけないだろ。危険すぎて父様は絶対に許可を出さないよ。万が一シンシアに何かあったら大問題なんだから」
「でもお願い」
力強く頼み込む。いくら危険でも構わないからミランダ様から真実を聞きたい。
ルイスは明らかにしぶっていたけれど、私の決意が変わらないことを悟って大きなため息を吐いた。
「・・・わかったよ。放っておいたらお前勝手に暴走しそうだし、今回は力を貸してやるよ。内密にミランダ様が居る場所を探して面会できるよう手を回しておく」
私はぱあっと一気に視界が開けたような気分になってルイスに飛び付いた。
「ありがとう!」
神様ルイス様!本当に感謝だわ!
「その代わり、面会できるようになるまでそれなりに時間がかかると思うから、それまで大人しくしていること」
「わかったわ」
「それから、ミランダ様のこと、絶対に他言しないこと」
「うん」
ルイスの声は未だに真剣で、私は深く頷いた。
「例え信用している人にも話したら駄目だ。もしミランダ様がシンシアを殺そうとしたことがグレスデンの国民の耳に入ったら大変なことになる」
全身から血の気が引いた。もしそんなこと知られたら、民たちは怒り狂ってミランダ様だけでなくミランダ様の子であるアディたちにも刃を向けるかもしれない。かもしれないっていうか、絶対にそうなるだろう。
ミランダ様は決して国民に嫌われているわけではないけれど、お嬢様気質な彼女を良く思わない人たちも一部にはいる。そんな人たちはアディが後継であることを不満に思ってはいても、お父様に対して恐れ多くてそこまで口に出すことはできなかった。けれどももしミランダ様が私を殺したら話は別だ。情勢は一気に変わる。
ドローシアとの戦争どころか国内に戦火が上がってしまう。
体中の血管にどくんどくんと激しく血が巡った。肌にヒリヒリとしたものを感じるのは想像したくもない最悪の事態を考えてしまったからか。
「話はどこから漏れるかわからない。例え信用している人でも喋ったらダメ。わかった?」
「うん」
「約束して」
「約束する」
ルイスの真剣な目を見つめながら私は何度も何度も頷いた。
あ、そう言えばルイスの手を握ったままだったわ、と慌てて彼の手から自分の手を離す。どさくさに紛れて結構な力で彼の手を握り込んでしまっていたらしい、ちょっとルイスの手が赤くなっていて申し訳ない。
行き場のなくなった両手は膝の上に乗せてぎゅっと強く握りしめる。
きっとミランダ様は誰かに嵌められたんだと思うけど、もし本当に恨まれていたとしたらどうしよう。私は気づかない間に彼女の気に障ることをしてしまったんだろうか。殺したくなるくらい何か酷い事を。
もしそうだとしたら私は何をしたんだろう。あの時のあの発言がよくなかったんじゃないかとか、失礼だったんじゃないだろうかと考えだしたらキリがない。
いいえ、やっぱりミランダ様は人を殺すような方ではないし、殺したくなるほど恨まれるようなことはした覚えがない。・・・でも私はそんなに立派な人間ではないし、グレスデンでも色々と迷惑をかけていたから恨まれていてもおかしくないかもしれない。知らず知らずのうちに彼女を追い詰めてしまったのかも。
でもやっぱり毒を盛ろうとするなんてあり得ない。自分や子どもたちを危険にさらしてまで私を殺すはずがないんだから、神官が黒幕に決まっている。
考えても答えが出ないのに頭の中で堂々巡りを続ける私。考えれば考えるほど精神は深い穴に嵌っていき、ずーんと沈み込むような闇の中でさ迷う。心だけではなく身体すらいつもより重く感じて自然と猫背になり頭が下を向いた。
ルイスは沈黙を続ける。何も知らない彼は「大丈夫だよ」だなんて慰める言葉は言えない。私も逆の立場だったなら彼と同じく根拠のない言葉は無責任過ぎて言えないからわかる。
ところが、言葉はなかったけれど項垂れている頭の上に手が乗せられて慰めるように撫でられた。ルイスの手は私の頭頂部から耳の辺りまで何度も行き来して、次第に肩や二の腕、背中にまで降りてくる。
そんなルイスの手の温かさがものすごく身に染みて私は自然に目を閉じた。感覚をひとつでも逃すまいと背中を撫でる手に集中していたのに、もう片方の手が頬を撫で始めたので私の身体は驚きに小さく震える。
両手はちょっとなんか違う。これじゃ慰めてるっていうより・・・。
動揺した私が目を開けた時には既に唇が重なっていた。
あ、これ、私が好きなのバレてるやつだわ。
私の態度が分かりやす過ぎて気づいたのか、それともこの間イズラ王女と話している時に狸寝入りしていた可能性もある。それでもルイスがなにも言わなかったのはこの関係を変えたくなかったからだと思う。賢い彼なら国のためにもお互いのためにもこのままが一番良いのだと解ってくれているはずだから。
たぶんこれは、私を気遣って慰めるためのキス。今だけは許されるだろうと、彼の服をしっかりと握りしめて目を閉じた。
身体が熱い。私が不意打ちでした時ともルイスに不意打ちでされた時とも違う、私たちは今同意の上で唇を重ねている。まるで普通の恋人みたいに。
「失礼いたします。昼食のご用意が・・・」
「後にして」
侍女が来てもう終わりか・・・と思ったのに、ルイスは頼まれて昼食を持ってきた彼女を一言で追い払う。その声は低くいつものような愛想なんて無くて、察した侍女はすぐに無言で部屋を出ていく。
再び唇が交わったのはなんでこんなに強引なのってくらい問答無用で、完璧にルイスに振り回され続けた。私は早々に白旗を上げて身を任せるしかない。
だんだんお酒を飲みすぎてしまった時みたいに頭がぼーっとしてくる。こんなに夢中にさせてどうするつもりなんだろうと、私は喜びに震えて、同時に彼と別れるその瞬間が来ることが恐ろしくなった。





