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捌:剣闘法師

男のツンデレやめろ

「なるほどなぁ」


 ライザは酒と共に事情を飲み込んだ。

 クエスト終わりの打ち上げに、とりあえず酒場で一杯やろうということになり、せっかくなのでそこで全てを説明したのだ。


「柔剣道、やりあったことはあるぜ。まあ俺の敵じゃなかったがな!」

「やっぱりか。頼む、指南してもらえないだろうか」

「ああ、いいぜ」


 驚くほどあっさりと、二つ返事で受けたな。ありがたいが、ちょっと不気味だ。


「んな驚くこたねえだろ? テメェには貸しもあるし、ここら辺りで返しとくのも悪かねぇ。が、次の試合まで一ヶ月も無いってのは……」

「問題ない。出来なければ死ぬだけだ」

「えっ、ボク死ぬの?」

「すまん、師の口癖がつい……どちらにせよやるしかないからな」

「ハハッ! まっ、そうだな! 勝負ってのはやるか、やられるかしかねえ。んなら、やるしかねえわな!」


 良かった、これで柔剣道への対策が立てられる……俺が安堵していると、アルが深々と頭を下げた。


「ありがとう、ライザ。ご指導のほど、よろしくお願いします!」

「おっ、おう……やめろやめろ気色悪い! やりにくくなんだろうが!」

「……だね。ボクもキミなんかに頭を下げるのはかなり癪だ」

「そうそう、いつもの調子で頼むぜ。それくらいが丁度良いんだよ、戦士なんて。遠慮なく叩き込めるからな!」


 ライザとアル、二人の関係は俺より長い。俺に向けてくるのとは違う勝気な笑みに、かすかに胸がざわついた。


「ん? ハヤテ、どうかした?」

「いいや、随分珍しい表情だな、と」

「ふーん……妬いた? ねえ妬いちゃった?」

「ライザ、今すぐ始められるか?」

「いいぜ、時間は貴重だ……と言いたいところだが、ツレと約束があるんだ。今日はもう帰るぜ」


 そう言ってライザは席を立ち、入り口でダイア、ミーアと合流する。きっと今夜はお楽しみなんだろう。


「二人っきりになっちゃったね、ハヤテ」

「珍しくも無いだろ。明日に備えてさっさと寝ろ」

「ちぇっ、釣れないなぁ」


 日々をこいつと過ごしているうちに、少しずつ糸に引かれつつあるような気がする。

 針の先が表面をなぞりつつも、引っ掛かるところまではどうにもいかない。この紙一重なもどかしさを、アルも感じているのだろうか……。


 翌日から、ライザ特別講師による剣闘士流グラディエーター対柔剣道の技法伝授が始まった。

 公園の砂場を舞台に、アルとライザが向かい合う。


「天野流はどうだか知らないが、剣闘士にとって剣は刃物じゃねぇ。斬ってよし、突いて良し、叩いて良し、弾いても防いでも良い万能ツールだ。だから頑丈でブットい奴が好まれるんだが、取り回しも考えるとやっぱこれだな」


 ライザは見せ付けるように剣を振るう。そこに型らしいものは見られず大雑把だが、しかし一撃必殺の威力を持っていることが分かる。


剣闘士剣グラディウス。肉厚幅広はガンマンを相手にしても余裕がある」

「ガンマン……?」

「ああ、剣闘士は一人の剣士がどれだけ手強い相手と渡り合えるかっていうある種の拷問だからな、色々あんだよ。まあ基本はこれ一本、盾は軽くて丸いバックラー、鎧も篭手以外は基本革モノか鎖帷子チェーンメイルがいいな」

「これ、どう?」


 アルは自分の剣を抜いてライザに見せた。

 魔法を扱う分、剣と言うよりは杖だが、きちんと打ち合うことも想定して作られている。とはいえ装飾の華美さは儀礼用にしか見られないものだ。


「激しく打ち合うのには適さねえな。まあ扱いなれてるなら予備として持っとけ。剣闘士は二本以上剣を持っておくのが基本だ。つっても、間違っても両手剣とか片手で素早く扱えない剣はやめとけよ。隙だらけになる」

「もうガッツリさ、フルプレートじゃ駄目なの?」

「バカ言え! 柔剣道を相手にフルプレートなんて自殺もいいとこだぞ。あと重いし、視界も狭まるし、隙ばっか作っちまう。そういうのは騎士ナイト武士もののふに任せときゃいい」

「柔剣道は武士が使う武術だったっけ?」

「武術というよりは戦術だろうな。まさに戦の術だ」


 戦争における戦場は、単騎同士の決闘とはまるで異質の戦いを強いられる。

 複数の味方、複数の敵。入り乱れる様々な武器は、槍と盾が津波の如く押し寄せ、騎馬隊が旋風の如く迫り来る。そんな中でも稀に、一兵と一兵での戦いが起こりうる。


「奴らは鎧がある分、多少の被弾は妥協して突っ込んでくる。そうして武器を持った相手に組み付き、体勢を崩した後に投げて気絶させたり、締め技で気絶としたり、極め技で関節ぶっ壊したりするが……ぶっちゃけそれは剣闘士でも同じだ」


 そう言うと、ライザは剣をアルへと向ける。


「唯一、剣闘士おれたちが奴らと違うのは、使える武器が剣と盾のみってところだ。だから壊れにくい剣で、どんな状況にでも対応できねぇと死ぬ」

「死ぬの? 剣闘士って国で雇われてるんでしょう?」

「所詮貴族の催しだぜ? 消耗品としか見られてねえんだよ。まあ報酬ギャラは確かに良かったけどな。とにかく、まずは剣闘士の技術ってやつを嫌ってほど堪能させてやるよ」


 切っ先を向けられて、それを合図だとアルは察したのだろう。魔法を禁じられた魔剣自在、両手で正中線をなぞるように構える。


「オラッ、どこからでも打ちに来い」


 対してライザは構えなどとは到底呼べない、あまりに気を抜いた格好で挑発する。

 右手に持つ剣を肩に担ぎ、片方の膝を曲げて無造作に立っている。


「じゃあ、遠慮なくっ!」


 アルが間合を詰めるために、右側に剣身を下ろし、姿勢を低く駆け出すと、ようやくライザは動き出す。


「んじゃ、いっちょぶちかますかぁ……ねッ!」


 グンッ、と肩を廻した。次の瞬間、高速で投げ放たれた剣が地面に突き刺さった。

 アルは思わぬ攻撃に緊急停止した。だがそれはむしろ幸いだった。あと一歩踏み出していれば足か、太ももに突き刺さっていただろう。随分見事な投擲だ。


「おっ、止まったな。目は良いじゃねえか。身体はおっつかなかったみてぇだが」

「っ……」

「声もでねぇか? まあそうだろうな。今ので自分が不覚を取ったってことは身に沁みただろうからな」


 なるほど、確かに。

 ああも無造作に、無警戒に放たれた一撃が、確実に自分を殺したであろうことを実感してしまっている。

 アルの心情は察するに余りある。


「これからお前がブッ倒すのは、こういう風に相手を仕留めることに、全部の注意を注いでるヤツだ」

「す、すごいなぁ……」


 ほろりとこぼれた賞賛の言葉に気を良くしたのか、ライザは笑みを浮かべながら歩み寄る。


「距離が遠いからって安心すんな。敵が向かいに立ったら、どんな時でも相手の攻撃に気を配れ」


 まさか試合開始直後に自分の得物を投げ飛ばすとは思うまい。

 だが考えてみれば剣はもう一本あるし、盾もある。戦えなくなるわけではない。剣闘士、なかなか面白い戦い方をするな。


「遠距離でも油断するな、まずはこれだ。これを抑えないと技術もクソも無ぇ。で、次は中距離で……」

「うぐッ!」


 咄嗟の一振りが、今度は寸でのところで間に合った。

 ライザが引き抜いたもう一本の剣、ショートソードによる切払いを受け止めた。


「中距離で臆病ビビんな、だ。相手の踏み込みを恐れちゃなんねぇ。むしろ自分から飛び込め。相手のカウンターを恐れるくらいなら、それよりも速く斬り込みやがれ」

「脳筋すぎる!」


 確かに。だが理には適っている。

 それらはことごとく、相手の意識の隙を突き、自分の意識の隙を無くすことに徹底している。遠距離にしろ中距離にしろ、相手の予想を外し、越えることで一手先を行こうとする。


「最後に近距離だが、これは相手の持っている武器で変わってくる。今回はとりあえず遠、中距離での戦い方をモノにしてみせろ」

「うん、ありがとう……ねえ、ライザ」

「んだよ、さっさと距離を取りやがれ。時間がねえだろ」

「そんなに実力があるなら、ハヤテに勝てるんじゃない?」

「バカ言うな。馬鹿力しかないモンスターとか鈍間ノロマな魔法使いならともかく、ガチな武人なんかとやってられっかよ。あいつら人間の癖に素手で盾ぶち抜くわ剣ぶち折るわ鎧ぶっ壊すわで、金も命もいくらあったって足りねえよ」

「そっかぁ……」


 アルの目がこっちを向いている。にやにやとして、自慢げに。俺に一太刀浴びせたことを、改めて意識したのだろう。見た目が美少年びしょうじょゆえか、憎たらしくも愛らしい。


 それから試合当日までライザとの特訓は続いた。もちろん鍛練もだ。

 気による身体強化と剣闘士の技法、そしてアルの剣技を組み合わせれば、アルは身体の虚弱さを克服し、魔法抜きでも戦うことが出来るだろう。


 そして満を持して、アルは武台に立った。





 賭博闘技の更に地下に存在する純粋なる比武の場所、賭博闘技にて。相対するように立つ二人の闘士。

 ライザの特訓を経てもなお微塵も様子の変わらないアルは、不敗魔喧術もとい、不敗魔剣闘技の闘士。その前に立つのは柔剣術、払野邑醒ふつのむらさめ


「すごい美青年だな、払野邑醒……男子アイドルのライブ見てる気分だ」

「アンタだって十分美男子さ、自信持ちなって! 少なくともアタイの好みのタイプだよ」

「ありがとう。それにしても柔剣道、どれほどのものか……」

「釣れないねぇ……」


 柔剣道、それはいわゆる戦場格闘技。つまるところ破壊と殺傷の技術だ。しかし臆することはない。どんな技術も技巧も、使い手次第なのだから。


 試合開始の合図と共に、アルはグラディウスを抜き、邑醒は右手に長い刀、

左手に短い刀を持つ。二刀流なのか。

 アルは警戒など微塵も感じさせない、散歩でもするように接近する


 二人の装備に差はほとんどない。アルは篭手と具足、そして愛用の魔法剣と新調したグラディウス。

 対して、払野の装備は紺色の剣道着と篭手などの具足、被り物が無いところまでアルとほぼ同じだ。

 唯一の差異といえば、払野にだけ黒い胸当てがあった。


「それじゃあ、さしあたり……」


 二人の間合が中距離に差し掛かったあたり。

 たった二本しかない得物。その一つであるグラディウスを、アルは惜しげもなくブン投げやがった。


 回転しながら飛ぶ剣を、しかして払野は半身を逸らすだけで紙一重に回避した。

 本来なら魔法を使う間合を自ら詰めて、残る一本を鞘から滑るように抜いて、抜きざまに切りつける。払野は切っ先までの間合を見切って下がり、アルの斬撃を空振りさせる。


 やはり剣術に接した期間の差か。魔法ありきでの戦いしかしてこなかったアルに対して、純粋な刀剣における駆け引きは払野の方に一日の長がある。


 払野は一向に攻撃に転じず、ただ回避に専念している。ただしその所作は少しずつ小さく、無駄の無いものに洗練されていく。

 それに反してアルは滅多切りを繰り返すうちに疲労の色が見え始め、もはや動きは大振りで隙だらけだ。


「はっ、くっ、くそぉ……」

「よし、見えた」


 隙だらけのアルに、払野は余裕を持って胴へと刀を叩き込む。


「うぐっ……!」

「へぇ、よく鍛えこんでますね。峰打ちとはいえ気絶くらいはさせられると思ったんですけど」


 とはいえ浅くない衝撃に、アルは持っていた剣を落としてしまった。しかし、アルの口元が歪む。苦痛はあれど、勝機を得たり、と。

 そしてここまでは予定通りだ。次は……。


「ま、だ……」

「はい?」

「……だぁ!」


――アルの手は、紛れもなく腹に食らった刀身を握りしめていた。


「なっ、刀を掴むって!?」


 そして、掴んだ刀をぐんと引き寄せてから、顎にジャブを放つ。

 アルの柔らかい拳は顎を打ち、頭部は激しく揺らさぶられる。ノックアウトとはいかなかったが、大きな隙が出来たうえにアルの掴んでいる方の刀が手から離れた。


 絶好の勝機に、思わず俺は叫んだ。


「今だ! アルッ!」

「うんッ!」


 アルは落とした自分の剣ではなく、掴んだ刀を持ち直す。

 刀を大きく振りかぶり、天野流の一太刀が炸裂する……何故か、刀を振り下ろすのがほんの僅かに遅れた。それは払野に間合を取る猶予を与えてしまった。

 とはいえその斬撃は、これまで粗雑な斬撃とは異なる本物の天野流だ。見事に胸当てを両断し、返す刀で払野の小刀の防御を弾く。

 が、払野はカウンター気味に肩でタックル。アルを押し倒し、馬乗りになった。


 不味い、形勢が一気に逆転してしまった。


「叢雲流、覚悟ッ!」

「やばっ……」


 完全に尻の下に敷かれたアルの喉元に、小刀が振り下ろされる。

 未だに熟しきらないアルの武気では、急所への渾身の一撃を受けるにはあまりに心許無かった。

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