18話 豹変少女
「はぅー! すみません、すみません! 気がつかなくてすみません!」
なんだかものすごく気の弱そうな子が出てきたな。
鍛治師をしている人ってかなり大胆というか、力強いイメージなんだけど、ここの鍛治師は随分と小柄で力強そうには見えない。
僕が言うのもなんだけど。
「レイラさん、ご紹介します。こちらが先日お話ししたユート殿です」
「初めまして、僕は唯斗。呼びにくかったらユートでいいよ」
「は、初めまして! お話しは聞いています! 私はレイラって言います! よろしくおにゃがいします! っ!」
えっと、一旦落ちつこうか。
あれは痛いね。思いっきり舌を噛んじゃってたから。
いまにも泣きそうな顔をしているし。
「ご、ごめんなさい。私、人見知りが激しくって」
「大丈夫だよ、落ち着いて」
「は、はい」
うーん、これはかえって逆効果か。
「レイラはいつから鍛治師になったの?」
「そ、そうですね。だいたい、六十年ほど前でしょうか」
「そっか、六十年か……。って六十年!?」
「ひっ! すみません、すみません!」
え、六十年って言ったよね? 明らかに見た目と合わないんだけど。
「ユート殿、レイラ殿はハーフドワーフなのですよ」
「ハーフドワーフ?」
ドワーフっていうと、あのゲームとかに出てくる、よく鍛治師をしている種族のことかな?
「ドワーフはご存知ですかな。小柄な体躯に加え、強靭な肉体を持つ、人間よりも長寿な種族のことです」
やっぱりそうだ。この世界にはドワーフがいるんだ。ってことはエルフとかもいるのかな?
「知ってるよ。ハーフってことは」
「ええ。彼女は人間とドワーフからできた子供なのです」
なるほど。だから彼女は見た目と違って長く生きているんだ。
「なるほどね、理解したよ。ごめんね、怖がらせちゃって」
「……わ、私が怖くないのですか?」
「怖い? どうして?」
「わ、私は人間でもドワーフでもない半端者です。だから……」
ふむ。人間でもドワーフでもない、か。
「それは違うんじゃないかな」
「えっ?」
「キミは人間でもドワーフでもないんじゃなくて、人間でもありドワーフでもあるんじゃない?」
「で、でも」
「多分キミは誰かに言われたことがあるからそんな風に考えてしまうんだろうけど、全てはキミ次第だと思うよ。キミが人間だと思えば人間だし、ドワーフだと思えばドワーフだし、そのどちらでもあると思えばどちらでもあるんだと僕は思う」
「……」
「要はなにになりたいか、だね。自分をどう決めるかは自分次第。他人が決めることじゃないね」
って言っておきながら僕も結構微妙な立ち位置なんだよね。
人間か、神か、眷属か。
どれも正しいけれど、僕は人間であり、神の眷属でありたいと思う。
神には……今のところなりたくないかな。
「ふぇ、ふぇええええ」
「え、ちょっ、なんで泣くの?」
「そんなこと、考えたことも、なかったからぁ、私、ずっと、半端者だと、思って」
「ユート殿、女性を泣かすのはどうかと思いますぞ」
「いや、そんなニヤニヤしながら言わないでよ。どうせその後には泣かしたのだから責任をとってあげなさいとかいうんでしょ?」
「よくわかりましたな」
「なんとなくね」
「ユート! 泣かせちゃ、めー!」
「リンまでそんなこと言うの?」
別に泣かそうと思って言ったわけじゃないのに。
「あれ、精霊様?」
「ああ、紹介してなかったね。ずっと僕の頭の上にいたんだけど」
「その、私の身長だとギリギリ見えなくて」
確かに、レイラは小さいもんね。
この世界に来て初めて僕より年上の人に身長で勝った気がするよ。
「紹介するね、精霊のーー」
「リンだよー! リンって呼んでね!」
「は、はい。レイラです。よろしくお願いします」
今度は噛まずに言えたみたいだね。
けどよかった。リンのおかげで泣き止んだみたい。
これで泣き続けられたらどうしようかと思ったよ。
「それで、レイラ。話は戻るんだけど、キミが作業するところを見て見たいんだけど、いいかな?」
「い、いいですよ。でも、見ていても面白くはない、ですよ」
「大丈夫だよ。僕が見たいだけだから」
「なら、どうぞ。あっ、でもロンドさんとの話し合いが」
「それなら後で構いませんぞ」
「いいの? ありがとうね」
「いえいえ」
ロンドさんのお言葉に甘えて、レイラと二人で奥の部屋に入る。
すると、部屋に入る直前ロンドさんがニヤリと笑みを浮かべたように見えた。
なんだろう? 気のせいかな。
「中は結構暗いんだね。……レイラ?」
部屋の中に入った瞬間、レイラは突然動きを止めた。
そして次の瞬間、
「おらぁ! さっさと扉を閉めやがれ! このノロマが!」
豹変してしまったレイラがそこにいた。
思わず固まっていると、レイラは扉を力一杯閉め、炉へと向かい、熱した金属を金槌で打ち始めた。
その音でようやく我に返った。
叩く力の強さがこちらまで伝わって来る。
言葉では表せないほどの迫力だ。
僕は頬を伝う汗を拭うことなく、その光景を見入っていた。
しばらくして、作業を終えたレイラとともに部屋から出ると、レイラはまた気弱な性格に戻ってしまった。
どうしてこんなにも極端な性格をしているのだろうか。
僕はレイラが二重人格だと言っても疑いはしないね。
「いやいや、お疲れ様ですな」
「ロンドさん、レイラがああなると知ってて僕を見送ったでしょ」
「ええ、レイラ殿とはそれなりに長い付き合いですからな」
まったく、ロンドさんには裏切られた気分だよ。
でも、サプライズが成功したときの子供のような笑みを浮かべられると、何も言えなくなっちゃうんだよね。
「す、すみません。お待たせ、しました」
「いえいえ、構いませんよ。たいした話はありませんから」
ロンドさんがレイラと話をしている間に、リュックの中から水筒を取り出して水分を取る。
随分と汗をかいちゃったからね。
リンも水を欲しそうにしていたから、小さなリン用のコップに注いでやった。
「お待たせしましたな。もう話は終わりました」
「もういいの?」
「ええ、注文の話だけでしたからな」
「そっか、ならレイラに一つ聞いておきたいんだけど」
「なん、ですか」
「あそこにおいてある短剣なんだけど」
「あれ、ですか。あれは、私の師匠が、元の場所に返しておいてくれ、って渡されたものです。私にはさっぱりわからなかったので、今も持っているのですが」
元の場所に返しておいてくれ、か。
確かに、この短剣は持ち主以外にはまったく意味のないものだね。
魔術で特定の人以外には使用できないように封印されているみたい。
それに、この短剣、まず間違いなく神剣だね。
それもかなり力を持った神が創った神剣だ。
神力で封印しなかったのは、多分神剣だと思われないようにだろうね。
僕が無理やり封印を解くこともできるんだけど、そんなことをしたらどうなるかわかったものじゃない。
ここは、よく知ってそうなミルに聞くのが一番かな。
「僕の知り合いが知ってそうだから、この短剣を預かってもいいかな」
「い、いいですよ。ここにおいていても勿体無い、ですし。できれば持ち主に返してあげて、ください」
「わかったよ」
レイラに許可をもらって短剣を手に取る。
この短剣は僕が作った紛い物とは比べ物にならないほどに強力なものだ。
これの持ち主となる人が悪人でないことを祈っておこう。