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89話 本当に傷ついていた者

「……ユート」


 後ろからリンの声が聞こえる。でも、いつもとは全然違った。

 あの鈴のような澄んだ声、いつも僕を救ってくれたあの声じゃない。……聞いている僕まで泣きたくなるほどに辛そうな声。


 ーーいったいどれほどの怪我を負わされたのか。


 そう考えるだけで胸が苦しくなる。

 今までリンがこれほど追い詰められることなんてなかった。リンと出会ってから一度たりとも、だ。


 なぜリンが一度も危機に陥ってないか。それは、リンには神をも超える幻術が使えたというのもある。でも一番の理由は、僕がリンを戦いに参加させまいとしていたからだ。


 リンは確かに強い。でもそれは幻術が使えたらの話で、精霊ゆえに肉弾戦にはとことん弱い。それこそ子供にさえ簡単に負けてしまうほどに。


 だから僕はリンを戦わせたくなかった。相手が意識していない何気ない攻撃が偶然当たっただけで、リンは死んでしまうかもしれなかったから。


 ……リンは決して戦いが得意な精霊じゃない。守りや逃げに特化した精霊なんだ。


 だからこそ、リンにロンドさん達を任せた。リンならみんなを逃すことなんて造作もないことだろうからね。

 でも現状を見るに、みんなは逃してもリンは逃げなかったらしい。逃げずにその場に残って戦っていたみたいだ。部屋の惨状を見れば分かる。


 そして僕が真っ先に思ったのは、“どうして逃げずに戦ったのか”だ。

 逃げていれば、こんな大怪我を負うこともーー、


「……ああ、そうか」


 そこまで考えて、僕は気づいてしまった。いや、現状を見て気付かないはずがない。

 大切な人が傷つき、倒れ、それを見る僕は胸が引き裂かれるように痛い。実際に傷つくよりも、何倍も何十倍も辛かった。


 でも、それを味わってきたのはリンだったんだ。


 ーー今のリンは、今までの僕だ。


 リンのいる場所は、今まで僕が立っていた場所なんだ。

 ……傷つき倒れ、大丈夫なんて言ってた僕は大馬鹿者だ。ちっとも大丈夫なんかじゃない。


「【癒せ】」


 黒い人型を視界に入れながら、二人の傷を癒す。元メイドさんは未だに気絶したままだけど、多分命に問題はない。もう少し遅ければ、かなり危うかっただろうけど。


「……ユート。リ、リンは」

「ごめんね」

「えっ?」


 黒い人型から目を離せないからリンがどんな顔をしているのか分からない。でも、多分キョトンとしてるんだと思う。勝手な想像だけど。


「今気付いたんだ。傷ついたリンを見て、今までリンがどんな気持ちで僕を見てきたのか」

「あっ……」

「辛いね。こんなに苦しいものだとは思わなかった」

「……」

「本当に僕は馬鹿だ。リンにこんな辛い思いをさせていたなんて」

「……うん。辛かった」

「リンがどうして戦っていたのか、分かった気がするよ。本当に、ごめん」

「…………うん」


 こんな思い、僕は二度としたくない。


「リン、ーーッ!」


 視界から消えた黒い人型の一撃を、なんとか受け流す。すると、黒い人型は空で一回転をしながら後ろに飛び下がった。


「……空気の読めないやつだね」

「ーー」


 軽口を叩けるのも今のうちかもしれない。動きが全く見えなかった。

 それに前の黒い人型とは格が違う。前のやつみたいにまっすぐ突っ込んできたけど、僕が攻撃を受け流したらあっさりと引いた。明らかに僕を警戒している。


 警戒するということは、それを考えるだけの思考力があるということ。つまり、


「……意識が残っているのかな?」


 元の意識が丸ごと残っているのかは分からないけど、少なくとも戦う力は失っていない。


「ユート、そいつはリバー。あの時ユートを騙した、ムトの手下のリバーなの」

「……へぇ、それは」


 それはまた厄介な相手だね。あの時感じた強いという感覚を信じるなら、目の前の元リバー、いや、リバーはその強さを大幅に強化された敵というわけだ。

 あの時でさえ黒い人型に“僕”では勝てなかった。だというのに、今の“僕”にあいつを倒せるのか。


 ……うん、無理だね。()()()()()()()


 でも、ひとつだけ以前の僕には無くて今の僕にはあるものがある。


 それはーー、


「ッ!?」

「ユー、ト?」


 リバーはどこか驚いたように体を震わせていて、後ろからもリンの戸惑うような声が聞こえる。


「ーー今の僕には、剣がある」


 念じると僕の右手には剣が、全てを包み込むような白い刀身の神剣が収まっていた。

 軽く振るうと、空気が軽くなった気がした。多分気のせいじゃない。リバーの放つ淀んだ力を祓い清めているような感じがする。


「ユート、それは一体……」

「ごめんね、それは後で説明するよ」


 それより、こんなところで暴れたら家がいくつ潰れるか分かったもんじゃない。戦うなら場所を移したほうがいいね。


「……リン、絶対に無茶はしないと約束する。だから、少し待っててくれないかな」

「待って! リンも、リンも一緒にーー」

「リンは少し休んでて。大丈夫街から少し離れたところで戦うだけだから」

「……」

「リン?」

「……あとで。少し休んだらすぐに行くから」

「……分かったよ」


 まぁ、できればそれまでにケリをつけたいかな。でも、もう無茶だけはしない。

 あんな思いを知ってしまった以上、リンにはもうあんな思いをさせられない。


「そんなわけだから、ちょっと付き合ってくれるよね? リバー」

「ーー」


 返事はない。口どころか顔自体無くなっちゃってるからね。

 でも怒っているんだと思う。真正面から殴りにかかってきたし。


 それを逸らしつつ、リバーに触れた状態で【転移】を使って、この神剣が封印してあった街のはずれまで跳んだ。


「ーー」


 どこか戸惑うようなリバーに対して、僕は神剣を突きつけながら言った。


「ここなら思う存分に力を使える。……リンを傷つけた報い、ここで存分に味わうといい」






 怒ったように飛び込んできたリバーの姿が、僕との距離の半分くらいで搔き消える。

 目で追っても無意味だ。だったら気配を掴むしかない。


「……左ッ!」

「ーー」


 左手で相手の拳を捌きつつ、右手に持った神剣でリバーの心臓を突き刺すように狙う。けど、当たる寸前で体を滑らすようにして避けられた。

 ……あの距離から避けるなんて、やっぱりかなり化け物じみた身体能力をしてる。


「 そう簡単にはいかないか」


 にしても、自分の体がいつにも増して動かし易い。以前の僕ならあの黒い人型の攻撃を捌くのはギリギリだったはず。ましてや元のリバーが強いだけあって、前に戦った黒い人型よりも強いはずだ。

 だけど、今の僕は対処ができてる。相変わらず見えないし、直撃すれば大怪我間違いなしだろうけど、捌くことには問題ないみたい。


 一体何が……、と一瞬思ったけど、考え得ることは一つしかない。

 何が違うって、今の僕にはこの神剣がある。おそらくこの神剣が、ーーリチェルさんが貸してくれている力だろうね。それしか考えられない。


 未だにリチェルさんの声は聞こえないからまだ寝ているんだろうけど、寝ていても力は貸してもらえるみたいだね。ありがたい。


「ーー」

「そんなに慌てなくても逃げないよ」


 リバー拳を、時に素手で、時に剣で捌きつつ後退する。そして最後の一撃をかわした瞬間に後ろに飛び退いた。

 別に捌くのが厳しくなったからじゃない。


「……剣でこの技をするの初めてだ」


 でも何となくできる気がする。刀じゃないし鞘も無いから抜刀系の技はできないけど、この技なら……。

 僕は少し腰を落とした状態で、正面で横向きに剣を構えた。


「来なよ。それとも怖い?」

「ーー」


 僕の挑発に乗ったリバーが、僕の視界から搔き消える。と、同時に僕は剣を振るった。


「【領断】」


 自分の定めた領域を断つ、抜刀に近い技。【領断】。

 この技はどこから襲いかかってこようと関係ない。なぜなら、領域全てを断つから。速く見えない動きも、全方位切って仕舞えば問題ないってね。


 そしてその一撃が、確かにリバーを捉えたのを僕は感じた。


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