第48話 笑う人質
直斗は自分の推理が正しいことを確信し、続けて叫んだ。
「おかしいよな。北川先生の首を絞めたネクタイは、武が首を吊ったせいで使えない。――黙っているなら俺が言ってやる。お前は麻衣を殺すため、前もって同じ制服のネクタイをもう一本用意しておいたんだろ! それを使えば、解剖しても同一の凶器で三人が死んだと鑑定される。すべて武の犯行に見せかけることができる! 違うか?」
「まったく、恐れ入ったよ……」
田中は唖然として、直斗をまじまじと見つめて言った。
「大した名探偵ぶりだ。滝沢。そのネクタイはもう燃やして処分したから証拠はないけどな。 ――しかし思った通り、お前は危険な生徒だったよ。あの時から警戒しておいて正解だった」
「あの時……?」
「そう。あの日、観測会の前に抜き打ちの手荷物検査があっただろう?」
「……っ!」
「あれを職員会議で提案したのは、この私だよ。滝沢、お前は絶対にスマホを学校に隠し持ってきていると思っていたからね。あの日、私が計画を実行する重要な時間帯に、麻衣に、お前とスマホで連絡を取られたくなかったからな。あらかじめお前の連絡手段を絶っておく必要があったんだ」
「貴様……そんなことまで……!」
直斗は背筋に氷を当てられたような戦慄を覚えた。単なる手荷物検査すら、この男が仕掛けた周到な罠だったというのか。
「だからこそ、今のうちに完全に口を塞いでやるのが正解だ」
「そうはさせるかよ……!」
直斗の怒りは、我慢の限界をとっくに超えていた。
自分の命などどうなってもいい、ただ田中に飛び掛かり、ボコボコにしてやりたかった。
だが、亜季が人質に取られている限り、手の出しようがない。
「さあ、もういいだろう。カウントダウンを数え終わるまでにフェンスを越えなければ、この娘の首をへし折る」
田中が再び腕に力を込めると、亜季の顔が苦痛で歪み、酸素を求めて口が金魚のようにパクパクと開閉した。
「十、九、八――」
無機質なカウントダウンが、死の宣告のように屋上に響き渡る。
直斗の呼吸は浅く、乱れていた。背後には、五階分の高さから広がる底なしの暗闇が口を開けている。落ちれば助かる見込みはほとんどない。
「七、六、五――」
田中の目は本気に見えた。一秒の猶予も、一欠片の慈悲もない。
(どうする……どうすればいい!?)
焦燥が、直斗の思考を根こそぎ奪っていく。助けを呼ぶ暇もない。戦おうにも、距離が遠すぎる上に人質を取られている。
「四、三、二――」
亜季の目が、涙に濡れたまま直斗を真っ直ぐに見つめていた。その瞳は、恐怖に震えながらも、射抜くような強い光を放っているように見えた。
「……時間切れだよ、滝沢」
だが直斗は動かなかった。田中がいますぐ、自分より先に亜季を殺すことは絶対にないと判断したからだ。
案の定、田中は亜季の首を絞めるのを止め、腕をほどいた。
それを見て、直斗は口を開いた。
「……やっぱり亜季を今すぐには殺せないよな。田中先生」
「どうしてそう考える?」
「もしその腕で亜季を窒息させれば、今度は用意周到に準備したあの秘密基地での犯行のようにはいかない。後で俺を自殺に見せかけて殺すことに成功したとしても、亜季を殺した犯人は自分だとバレる可能性がある。そんな危険な橋は渡らないだろう、お前は」
「鋭いね、滝沢。確かに警察に亜季を絞めた腕の太さ、残留した痕跡、DNAなどを調べられたらどうなるか。君を亜季殺しの犯人に仕立てるのは難しくなる」
直斗の渾身の告発が、湿気を帯びた夜の屋上に響き渡り、そして夜風に溶けて消えた。
田中はもう言い逃れなどできないはずだった。動機、手口、そして隠しきれない矛盾。すべての矢印がこの男を「殺人鬼」として指し示している。
あとは、この狂った教師がいかにして本性を現し、牙を剥いてくるか。直斗は全身の筋肉を硬直させ、田中のわずかな動きも見逃すまいと構えた。
だが、次に静寂を破ったのは、田中の怒声でも、言い訳でもなかった。
「——あははっ」
ひどく場違いで、場をわきまえない、高い笑い声。
直斗は反射的に声のした方へ視線を向けた。
田中の腕の中で、窒息の恐怖に怯え、涙を流して震えていたはずの亜季だった。彼女はうつむいていた顔をゆっくりと上げると、もう一度、くすくすと喉の奥を鳴らして笑った。
「あーあ。ほらあ、だから言ったじゃん。先輩にこの手は通用しないって」
その言葉に、直斗の思考が、一瞬完全に停止した。
そして亜季は、自分を拘束している田中の太い腕から逃れようとするどころか、まるで恋人にすり寄る猫のように、自らその胸元へと甘くしなだれかかった。




