7(空は同じ)
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積もった雪は、サクサクとガリガリに凍っていた。天気は回復し、眩しかった。空はすこんと音を立てたみたいに高く澄んでいた。
コケないように誰かのつけた足跡を、重ねるように歩いていると、鏡見とばったり会った。
鏡見はチャリでなく長靴だった。あたしは言い付けを聞いておくべきだったと後悔していた。靴の中はびしゃびしゃで、靴下は死んだ魚みたいで、たいそう気持ちが悪いのです。
「おはよう」
いきなり挨拶されて思わず、「おう」変な返事をしてしまった。「早いんだ?」
ああ、と鏡見は頷いた。「この惨状だから」
「今日は遅刻しても許されんじゃね?」
「過度な期待は外した時につらいぞ」
や。確かにそうなんでしょうけれども。「無理をすると道理が引っ込むと思います」
「そうだな」と鏡見は賛同してくれた。けれども、「努力はしよう」
あたしたちは努力することにした。ザクザクと音を立てながら通学路を歩いていく。車がビチャビチャと音を立てて、危なっかしく通り過ぎていく。
「昨夜は良かった」鏡見が言った。「誰もいなくて静かで。散歩に出る価値はあった」
うっわ。羨しいぞ。「誘ってくれれば良かったのに」
「どうしてそうなる」アホか、とでも言いたげに、でも笑って、ふと、「新しいことをしたくなった」
「例えば?」
「スクラッチ」
「やっぱ削るんじゃん」あたしは笑った。
「削る色は黒に限らない」
「白を重ね塗ったり?」あたしの疑問に、鏡見が頷く。なるほど。面白そうだ。
「そっちは? まだ線を引く?」
訊かれて、「もういいかな」考えるより先に、口から言葉が出た。
そうか、と鏡見は言った。「それで?」
「まだやってないこと?」
「例えば?」
「立体かな。粘土を捏ねる。型取りもしてみたい」
「何かすごいのを作りそうだな」鏡見が笑って、あたしも笑った。つるっと足が滑った。「ひゃっ」
転びかけたあたしの腕を、鏡見は、がっしと掴んでくれた。見れば鏡見もびっくりしたようで、「間に合うとは思わなかった」
いやほんと。「奇跡だ」
なのに、「いや違う」否定しやがる。「偶然」
体勢を直すまで鏡見は手を放さないでいてくれた。あたしたちは再びザクザクと、そして慎重に歩き出す。
「今日中には溶けるな」鏡見は顔を上げて、目を細めていた。危ないヤツだな。こっちは足下の姿を変えた厄介者に難儀していると言うのに。でもまぁ、「バカみたいに晴れたね」
「冬は空がすごく高い」
「うちのお父さんと同じこと言ってる」
「北国生まれ?」
「うん。ずっと厚い雲だって」
「この空は嬉しいんじゃないか」
「ものすごくきれいな青だもんね」言って、つい鏡見を見てしまった。「ごめん」
しかし鏡見は、「しぃっ」と、囁くように息を吐いた。
ごめん、ともう一度言いかけて、ぐっと堪えた。鏡見は立ち止まって空を見上げていた。
「きれいなのは変わりない」
あたしは何も言えずにいた。
「お前が見てる空と、おれが見ている空は同じだ」
あたしは空を見上げる鏡見を見た。
「何も違わない。空をきれいだと言った。おれもきれいだと思った」
どう見えるかでなく、どう感じたか。
あたしは空を見上げた。
あたしと鏡見は、ひとつの空を同じように感じた。ビー玉の中みたいに高く澄んだ冬の空。つまりそれが冬の空のクオリア。
「少し急いだが良いかもしれない」促す鏡見に、「いいよ別に」とあたしは応える。
─了─




