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7(空は同じ)


   *


 積もった雪は、サクサクとガリガリに凍っていた。天気は回復し、眩しかった。空はすこんと音を立てたみたいに高く澄んでいた。

 コケないように誰かのつけた足跡を、重ねるように歩いていると、鏡見とばったり会った。

 鏡見はチャリでなく長靴だった。あたしは言い付けを聞いておくべきだったと後悔していた。靴の中はびしゃびしゃで、靴下は死んだ魚みたいで、たいそう気持ちが悪いのです。

「おはよう」

 いきなり挨拶されて思わず、「おう」変な返事をしてしまった。「早いんだ?」

 ああ、と鏡見は頷いた。「この惨状だから」

「今日は遅刻しても許されんじゃね?」

「過度な期待は外した時につらいぞ」

 や。確かにそうなんでしょうけれども。「無理をすると道理が引っ込むと思います」

「そうだな」と鏡見は賛同してくれた。けれども、「努力はしよう」

 あたしたちは努力することにした。ザクザクと音を立てながら通学路を歩いていく。車がビチャビチャと音を立てて、危なっかしく通り過ぎていく。

「昨夜は良かった」鏡見が言った。「誰もいなくて静かで。散歩に出る価値はあった」

 うっわ。羨しいぞ。「誘ってくれれば良かったのに」

「どうしてそうなる」アホか、とでも言いたげに、でも笑って、ふと、「新しいことをしたくなった」

「例えば?」

「スクラッチ」

「やっぱ削るんじゃん」あたしは笑った。

「削る色は黒に限らない」

「白を重ね塗ったり?」あたしの疑問に、鏡見が頷く。なるほど。面白そうだ。

「そっちは? まだ線を引く?」

 訊かれて、「もういいかな」考えるより先に、口から言葉が出た。

 そうか、と鏡見は言った。「それで?」

「まだやってないこと?」

「例えば?」

「立体かな。粘土を捏ねる。型取りもしてみたい」

「何かすごいのを作りそうだな」鏡見が笑って、あたしも笑った。つるっと足が滑った。「ひゃっ」

 転びかけたあたしの腕を、鏡見は、がっしと掴んでくれた。見れば鏡見もびっくりしたようで、「間に合うとは思わなかった」

 いやほんと。「奇跡だ」

 なのに、「いや違う」否定しやがる。「偶然」

 体勢を直すまで鏡見は手を放さないでいてくれた。あたしたちは再びザクザクと、そして慎重に歩き出す。

「今日中には溶けるな」鏡見は顔を上げて、目を細めていた。危ないヤツだな。こっちは足下の姿を変えた厄介者に難儀していると言うのに。でもまぁ、「バカみたいに晴れたね」

「冬は空がすごく高い」

「うちのお父さんと同じこと言ってる」

「北国生まれ?」

「うん。ずっと厚い雲だって」

「この空は嬉しいんじゃないか」

「ものすごくきれいな青だもんね」言って、つい鏡見を見てしまった。「ごめん」

 しかし鏡見は、「しぃっ」と、囁くように息を吐いた。

 ごめん、ともう一度言いかけて、ぐっと堪えた。鏡見は立ち止まって空を見上げていた。

「きれいなのは変わりない」

 あたしは何も言えずにいた。

「お前が見てる空と、おれが見ている空は同じだ」

 あたしは空を見上げる鏡見を見た。

「何も違わない。空をきれいだと言った。おれもきれいだと思った」

 どう見えるかでなく、どう感じたか。

 あたしは空を見上げた。

 あたしと鏡見は、ひとつの空を同じように感じた。ビー玉の中みたいに高く澄んだ冬の空。つまりそれが冬の空のクオリア。

「少し急いだが良いかもしれない」促す鏡見に、「いいよ別に」とあたしは応える。


 ─了─

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