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神文字使いの魔女とゴーレム  作者: killy
出会いは爆風とともに
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 アデリーナが実家に戻って五日目の午後のことだった。ファハドをつれて家の裏手に広がる松林を散策していたアデリーナの前に、ホラティオが現れたのは。

「お久しぶりです、お嬢さん」

 にっこり、腰をかがめる所作だけは恭しくホラティオは挨拶する。

「久しぶり。ちょっと遅かったわね。すぐ来るかと思ってたのに。腕の傷を直すのに、結構時間がかかったんだ」

 あたしに任せてくれたら、もうちょっと早く直してあげたのにねとアデリーナはさも残念そうに肩をすくめる。

 ホラティオも、にこやかに応じた。

「神字使いの魔女の手を煩わせるわけにはいかないでしょう?」

「あら、あたしは別に構わないわよ。あんたの身体の構造を、ちょこっと見せてくれて、その中に潜んでいる神字の組み合わせを取り出してみることを許してくれたらね。費やす労力に見合う報酬だわ」

「おやおや。それは欲張りなことをおっしゃる。これ以上神字の知識を溜めてどうするのですか?伯爵が半島を統一して統一王朝の初代国王になることに手を貸したりするのですかな」

「何であたしがそんなことをしてあげなくちゃいけないのよ!」

 あの伯爵には、そんなギリも何もないわよと、アデリーナは憤懣する。

「あんたもウゴと一緒ね!知識は、利用するために溜めるものじゃないわ。溜めることそのものが理由で目的なの!」

「良くぞ云う」

 くっと咽喉を鳴らしたホラティオは一転、背後からそっと足音を殺して忍び寄りつつ、神字ペンで神字を描いていたウゴに向き直って、爆破の神字を投げつけた。


 白い閃光が網膜を焼き、爆音が大地を震わせる。


「うわあああっ!」

 描いていた神字が壁になって、爆風の直撃こそ防げたものの、衝撃に腰を抜かしてへたへたとその場にへたり込んだウゴを鼻先で嗤ったホラティオはそして、悔しそうに唇をかみ締めるアデリーナに冷たい目をくれた。

「もしかしたら、これがあなたの考えた作戦だったりするのでしょうか?あなたとそのゴーレム以外の人間には、神字を扱う技術がないと油断した私の隙をつけば、何とかなるとでも?」

 だとしたら、あんまりにも粗雑で安易な考えでしたねとホラティオは嘲笑う。

「……くっ」

 アデリーナはきびすを返して、林の奥の方へと駆け出した。

「逃がしませんよ!」

「追わせません!」

 高笑いして駆け出したホラティオは、間に割って入ったファハドに、走る勢いを乗せた蹴りを食らわせた。神字の攻撃が来ると予測して、その防御を描いていたファハドは、完全に裏をかかれた態で、はるか後方に吹き飛ばされ、背中から激突した太い松の幹をへし折るかたちでやっと停止した。

「お待ちなさい!」

 勝利を確信した高らかな声色で、ホラティオは嗤う。

 アデリーナは、下ばえの茂みや低く張り出した枝、狭い幹の隙間などの間を器用に縫って、ジグザグに走って逃げるものの、身体能力の差はいかんともしようがなかった。

「逃げても無駄ですよ!」

 ははははっとこの上なく楽しそうに嗤いながらホラティオは、障害物を力ずくでどかし、破壊しながら距離を詰める。気分は、獲物を追い詰めた狩猟者のそれなのだろう、神字を描こうともせずに、走って手を伸ばす。

「ほーら、捕まえ――」

 伸ばした指先が、翻るアデリーナの髪先に届きかけた、その瞬間。


 不意に、その身体が宙に跳ね上がった。


「はぁあ――?」

 自分の身に何が起きたのか、とっさに理解できないのだろう、高い位置に張り出した枝を通して網に絡めとられて宙に吊り上げられたホラティオは、膝が額につく不自然な格好を強いられたまま、目を丸くして硬直する。

 その足元で、アデリーナが両のこぶしを握り締めて、勝利の雄たけびを上げた。

「やったー!捕獲成功!」

 ちなみにあんたを包んで吊り上げているその網は、ファハド特製、神文字をからませた鉄線を仕込んだヤツだから、あんただって、切断には時間がかかるわよと、要らぬ解説までする彼女に、ようよう追いついたファハドがほっとしたように胸をなでおろした。

「無事に計画が進んだようで、安心しました」

「うん。巧くいってよかったわ」

「オレはあんまり巧く云ったとはいいたくねぇんだがな」

 疲れきった表情でウゴが訴える。アデリーナは、煤で黒く汚れたその顔を指差してけたけた笑った。

「あら、巧くいったじゃない。こんな短時間で、防御壁の神字を習得するんだもの。すごいわよ」

「そりゃ、命かかってマシタから」

 もっとマシな作戦はなかったのかよと唇を尖らせるウゴに、アデリーナはあっけらからんと、邪気のない目を返した。

「だって、一度こっちの作戦が失敗したと思わせたほうが、ワナのあるところにおびき出すのが不自然じゃなくなるでしょ?」

「オレが失敗してたらどうするつもりだったんだ?」

 覚悟はしていたし、爆発の規模こそ押さえたが、実際にためしの実験もして成功していた。だから緊張や恐怖で筆を滑らさない限り、大丈夫だとは判っていた。それでも間近で体験した爆破の衝撃はかなりのものだった。恨み言のひとつやひとつも云いたくなるというものだ。

 アデリーナはにこにこ、明るい笑顔のまま、そんなウゴの肩をぽんぽんと叩いた。

「終わりよければ全てよし。仮定法過去完了で悩んでも時間の無駄よ?」

「おい――」

 それで会話は終わったとばかりに、アデリーナはファハドに向き直ってホラティオ包みを枝から降ろすよう云った。

「さぁて、ファハド、これ、あたしの家の作業兼研究室に運んで」

「了解しました」

 団子状態でなすすべもないホラティオを足元において、アデリーナは期待と好奇心に両目をきらきら輝かせる。

「ふふふふふ、色々、調べさせてもらおうかしらねぇ……」

 ホラティオの美貌が、恐怖にひきつった。

「な、何をするつもりだ?」

「今云ったでしょ。身体から内部情報から、すみからすみまで、あんたの構造を調べさせてもらうのよ」


 最前命をとられかけたばかりではあったけれど、ウゴは、ホラティオに少しばかり同情を覚えた。

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