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第二章:血に染まる草原の旅路

穏やかな夢と、残酷な悪夢の境界線がどれほど近いか、あなたは考えたことがあるだろうか?


朝比奈ハルキにとって、その境界線はほんの一瞬の瞬きに過ぎなかった。過酷な受験勉強を終え、十七歳の少年は二月の美しい桜の下で、自由な新生活が始まるものと信じていた。しかし、彼の見慣れた世界は突如として灰のように消え去り、色あせた、不気味な空白だけが残された。


次に目を覚ましたとき、彼を待っていたのは見慣れた自室の天井ではなく、狂気に満ちた異世界だった。夜空には血の月が君臨し、悍ましい怪物たちが咆哮で静寂を切り裂く世界。チート能力も、英雄の加護もない。卒業したばかりの高校生が持つ唯一の装備は、ただの体操服一着と、文字通り剥き出しの双拳だけだった。


血は流れ、悲鳴は響き渡り、一歩進むごとに絶望が彼の心を蝕んでいく。燃え盛る戦場と、死を暗示する黒き塔の狭間で、ただ「家に帰りたい」という切なる願いだけで、この世の地獄のような世界を生き延びることができるのだろうか。


朝比奈ハルキの、血と涙、そして再生に満ちた過酷な旅路へようこそ。

果てしなく広がる草原に、穏やかな朝の光が降り注ぐ。異世界へと放り込まれ、悍ましい一夜を乗り越えたばかりの少年、朝比奈ハルキは、この世界の正体を知るための旅路に就いていた。彼は言葉にできない複雑な感情を胸に、一歩一歩と草地を踏みしめていく。かつてプレイしたゲームに酷似したこの世界の異様さに、どこか興奮を覚える自分がいる。しかしその一方で、一歩間違えればこの地に永遠に骨を埋めることになるという恐怖が、彼の心の奥底を冷たく支配していた。ハルキは小さく身震いする。


「……生き残りたいなら、生存術サバイバルだけじゃ駄目だ。逃げ足の速さも、そして……いざとなったら、自分の骨まで噛み砕こうと襲いかかってくる化け物どもと、戦うすべさえも身につけなきゃいけない」


しかし、戦闘技術もサバイバル能力もない、卒業したばかりのしがない高校生に、そんなことができるのだろうか。自分がこの世界で最初の数日間すら生き延びられるか分からないというのに、本当にあの我が家へ帰ることができるのだろうか。心の中に答えのない無数の疑問を抱えたまま、ハルキはただひたすら歩き続けた。


夕刻になる頃、彼が振り返ると、先ほどまで背後にあったあの鬱蒼とした森は、目を凝らさなければ判別できないほど小さな一つの点へと変わっていた。旅路の単調さは、やがて強烈な疲労感と、腹を抉るような飢餓感へとすり替わっていく。この世界に落とされてから、彼は何一つ口にしていなかった。


彼の視線の先には、森を出たときに目撃したあの巨大な黒き塔がそびえ立っていた。塔に近づくにつれ、ハルキはその圧倒的な巨大さを改めて思い知らされる。それはまるで超高層ビルのように天を突き、黒く冷徹な壁面には、見たこともない奇妙な文字が刻まれていた。


不可解なことに、塔の内部に一歩足を踏み入れると、そこには異様なほど静謐な空間が広がっていた。がらんとした部屋の中央には、一本の孤独な巨木が静かに佇み、塔の頂から差し込む微かな光を浴びている。壁の一面には上へと続く螺旋階段が見えたが、それはすでに完全に崩落していた。


巨木の根元には、見たこともない特殊な石で作られた長いベンチが置かれている。ハルキにはこの塔が何のために存在しているのか知る由もなかったが、今夜はここで夜を明かすことに決めた。あの血に飢えた狂暴な生物たちが徘徊する外の草原で、怯えながら眠るのだけは御免だった。幸運なことに、巨木の枝にはいくつかの果実が実っていた。しかし、それが口にできるものかどうかは分からない。


「この果実……見たことがないな。摘み取ると、かすかに光を放っているみたいだ。ひどく怪しいけど……今の俺に、他に選択肢なんてあるか?」


これからの数日間、これが唯一の食料になるかもしれないのだ。ハルキは覚悟を決め、目を閉じてその果実を一口 噛み締めた。予想通り、口の中に強烈な苦味が広がったが、毒ではなさそうだ。彼は込み上げる拒絶感を無理やり抑え込み、喉の奥へと流し込んだ。


やがて太陽が沈み、一日の終わりに残された弱々しい黄金の残光は、異世界の圧倒的な闇へと急速に呑み込まれていった。塔の頂から、冷徹な月光が降り注ぎ始める。この世界を支配する、燃え盛る炎のような血の月がゆっくりと昇り、棚引く白い絹のような雲と交錯する。白と赤の二つの月光が混ざり合い、塔の内部を妖艶な紫紅色しこうしょくへと染め上げていった。


いつ命を落としてもおかしくないこんな過酷な場所には、およそ不釣り合いなほどの幻想的な光景だった。その妖しい輝きは、静かに佇む一本の木を、冷たい石のベンチを、そしてハルキの泥に汚れた顔を静かに照らす。口の中に残る果実の苦味と、周囲を包み込む闇の冷気。荒野に一人放り出された子供の、どうしようもない無力感が、彼の心を満たしていく。孤独。家族も、友達も、誰もいない。明日また太陽を拝める保証などどこにもないという残酷な現実が、ハルキの心を完全に圧し折った。


ハルキの目から、一筋の熱い涙が溢れ出た。涙はゆっくりと頬を伝い、顎の先で留まりながら、妖しく光る紫紅色の月光を反射している。最初は、喉を詰まらせるような小さなすすり泣きだった。しかし、一日中蓄積され続けた恐怖と絶望が、ついに決壊した。ハルキは膝を抱え、両手に顔を埋めて声を上げて泣いた。


十七歳の少年の小さな泣き声は、古代の塔の広大な空間に吸い込まれ、外の草原で吹き荒れる不気味な風の咆哮にかき消されていく。彼は自分の無力さに、家族の温もりに、そしてあの平和だった元の世界の日々に思いを馳せ、ただ子供のように泣きじゃくった。


uうつな紫紅色の空間の中で、ハルキの泣き声はやがて小さくなり、途絶えた。長時間の歩行による限界に近い疲労と、あの奇妙な果実で辛うじて満たされた胃袋が、彼の最後の理性を眠りへと誘った。ハルキは石のベンチの傍らに崩れ落ちるようにして pale巨木の根元で深い眠りに落ちた。異世界での最初の一夜は、黒き塔の静寂の中で過ぎ去っていく。外の「血の草原」が、夜の残酷な咆哮を上げ続けていることも知らずに。


突如として、奇妙な夢が彼の意識を燃え盛る戦場へと引きずり込んだ。夢の中で、ハルキの目の前を真っ赤な溶岩が流れていた。彼は自分が先ほど入ったあの黒き塔の麓に立っており、上空には不気味な色彩を放つ巨大な光の帯が揺らめいている。地獄の底から響くような絶叫が四方からこだまする中、突然、彼の肩に誰かの手がそっと置かれた――。


「……ハルキ!…………」


「……」


「……」


「……」


(チチッ……チチッ……)

(ピッ……ピピピッ……)


どこからか聞こえる鳥の微かなさえずりが、ハルキを奇妙な夢の世界から引き戻した。彼がうっすらと目を開けると、塔の遥か頂上から、暖かく澄んだ朝の光が降り注いでいた。ハルキは弾かれたように飛び起き、 自分が置かれた現状を思い出して慌てて周囲を見回した。昨夜のあの悍ましい紫紅色の景色は消え去り、そこには奇妙なほどに平穏な異世界の朝が広がっていた。彼は慌てて自分の両手と両足に目を落とす。


「な……なんだこれッ!?!???」


ハルキは声を上げ、自分の目が信じられずに何度も擦った。昨日あれほど赤く腫れ上がり、激痛を伴っていた足の水膨れは完全に消え去り、まるで一度も酷使されていないかのような滑らかな新しい皮膚に覆われていたのだ。胃を苛んでいた強烈な飢餓感も、身体を押し潰していた倦怠感も、跡形もなく消え失せていた。


それどころか、ハルキの身体の全細胞を、暖かく、満ち溢れるような未知の生命力が駆け巡っているのを感じた。彼は勢いよく立ち上がり、試しにその場で軽く跳んでみた。すると、通常では考えられないほど高く身体が宙に浮き、驚愕に目を見開く。彼の五感は異常なほどに研ぎ澄まされ、塔の入り口の外で風が雑草を揺らす微かな音さえも鮮明に聞き取ることができた。


ハルキは呆然としながら、中央に立つ一本の巨木を見上げた。朝の光の中で、あの果実たちが優しく輝いている。昨日、喉を詰まらせそうになりながら食べたあの苦い果実は、毒薬などではなく、人間の身体を劇的に作り変える「神薬」だったのだ。ハルキは心の中でその木に感謝した。十七歳の少年の拳に、じわりと力がこもる。昨夜の絶望は薄れ、胸の奥に小さな、しかし新しい希望の火が灯っていた。


彼は塔のアーチ状の出入り口から一歩踏み出し、朝日にきらめく見渡す限りの草原へと視線を向けた。異世界での二日目への準備は整った。彼はまだ知らなかった。自分の身体を流れるこの暖かいエネルギーの正体を……そして、あの奇妙な夢の意味を。


朝の光が広大な草原を黄金色に染め上げる。ハルキは深く息を吸い込んだ。胸の痛みは完全に消え去り、心地よい風が肺を満たす。ハルキは自分を鼓舞するように呟いた。


「よし……何が起きようと、まずは前に進むだけだ」


彼は一歩を踏み出した。最初の感覚は「軽い」の一言に尽きた。驚くほどの軽さだった。昨日まであれほどボロボロだった足が、凹凸のある地面を何の苦もなく、凄まじい軽快さで進んでいく。


(ザザッ!!!)


突如、背後で激しく草がなぎ倒される音が響き、ハルキは心臓を跳ね上がらせて振り返った。鬱蒼とした茂みから、彼がこれまでの人生で一度も目にしたことのない、悍ましい異世界の生物が飛び出してきた。大きさは熊ほどもあるが、その全身は灰色に濁った粘液質の皮膚に覆われ、鋭い棘が生えた脚が「6本」もあった。そのおぞましい頭部には目がなく、裂けた巨大な口が耳元まで広がり、何百本もの鋭い牙の間から、粘り気のある緑色の胃液が滴り落ちていた。


ハルキが硬直する暇すら与えず、その六本脚の怪物は、凄まじい速度で突進してきた。


(ドォン!!!)


「がはっ……!」


怪物の重量級の巨体がハルキを容赦なく硬い地面へと押し潰し、彼は苦悶の悲鳴を上げた。肋骨が軋み、肺の中の空気が一瞬で力任せに搾り出される。怪物は耳を劈く咆哮を上げ、その悪臭を放つ口を近づけると、ハルキの左腕に容赦なく噛み付いた。


(グシャッ!!!)


「ああああああああああっ!!!」


骨を圧し折るような激痛がハルキの脳を突き刺し、視界が一瞬で白く染まる。怪物の牙が肉の奥深くまで突き刺さり、鮮血が激しく噴き出した。穏やかに見えたあの草原は、自分のような無知な獲物を誘い出すための視覚的な罠に過ぎなかったのだ。ハルキは狂ったように叫んだ。


「離せ! 退けよ!!! 離せ、この化け物、ゴミ屑がぁっ! ああああ、俺の腕が……折れる……折れちゃうよぉぉぉっ!!! 誰か助けて! 父さん、母さん……助けて……痛い、痛すぎるよ! 俺を食うつもりか!? この野郎、離れろ! 死にたくない! こんなところで死ねるかよぉぉぉ!!! 死ね! お前が死ねよおおおおおっ!!!」


死が目前に迫ったその瞬間、怪物の顎が彼の左腕を完全に噛み切ろうとしたとき、ハルキの脳内は完全に真っ白になり、極限の生存本能が狂気と共に爆発した。彼の右手が無意識に動き、怪物の腹部の粘つく皮膚を狂ったように掻きむしり、押し返そうとする。彼の5本の指先が、一見強固に見えた怪物のヌルヌルとした腹部の皮膚の隙間に、偶然にも深く突き刺さった。極限のパニックの中、ハルキは引き裂かれるような悲鳴を上げ、死にゆく者の反射的な硬直(硬直クランプ)のままに、5本の指を怪物の肉の奥深くへと爪立て、力任せに むしり取ろうとした。


その瞬間――。

昨夜から彼の血管に潜伏していたあの暖かい生命力が、一瞬にして右手の5本の指先へと爆発的に集束し、圧縮されたバネが一気に解放されるかのように炸裂した。


(ドッ……ズドォォォン!!!)


怪物の肉体の内部から、鈍く重苦しい爆発音が響き渡った。ハルキの右腕はまるで水圧ドリルの如き破壊力で、怪物の粘つく皮膚を突き破り、その胸腔の最奥へと突き刺さっていた。無意識のエネルギーがもたらした凄まじい炸裂は、六本脚の生物のすべての内臓と、青黒い血液を粉々に粉砕した。内臓の残骸が周囲に飛び散り、ハルキの全身を容赦なく汚していく。怪物の腹部には巨大な風穴が空き、強烈な悪臭が辺りに立ち込めた。


化け物は動きを完全に止め、咆哮は喉に詰まった哀れな悲鳴へと変わり、そのまま側方へと崩れ落ちた。数回、激しく痙攣した後、それは完全に物言わぬ肉塊と化した。


ハルキは草の上に大の字に倒れ込み、全身をガタガタと激しく震わせていた。顔も体も、化け物の生臭い返り血で酷く汚れている。彼は血塗れの左腕を抱きしめ、あまりの激痛と恐怖に、もはや声にならない涙を流し続けた。昨夜は家に帰りたくて泣いていたというのに、今日もまた、この世界は彼を血と肉の惨劇でいたぶるのだ。十七歳の少年は、燃えるような日差しの下で草原に蹲り、呻き声を上げながら、自分の血に染まった右手を恐怖の眼差しで見つめていた。生き残ることはできた。しかし、その代償はあまりにも残酷だった。


周囲の景色が次第に霞み、静かな闇へと沈んでいく。耳の奥で誰かの声が遠く響いた気がしたが、彼はそのまま、怪物の残骸の傍らで深い意識不明の闇へと落ちていった。


私はベトナム人です。読んでいただき、本当にありがとうございます。日本の文化についてまだ深くは知りませんが、日本という国、そして日本の漫画が本当に大好きです。心から感謝を込めて。 — ティエン・ダット (TienDat-Vn)

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