番外編④「奥方には敵わぬ」
——あの、星空の、告白から。幾度かの、季節が、巡って。
アルフォンスと、ロザリンドは。——晴れて、夫婦に、なった。
何より。——穏やかに、喜んだのは。彼の、母君だった。
生まれたての、我が子を。「呪い児」と、世が、こぞって、恐れた、あの日も。
ただ一人。胸に、抱きしめて——その、命を、繋いだ、王妃。
この、母は。——誰よりも、よく、知って、いる。
我が子が。どれほど、まっすぐで。どれほど、情に、篤い、子で、あるかを。
だからこそ。
今、彼女の、胸を、満たして、いるのは。——驚きでは、なく。
ただ、静かな。——安堵にも、似た。よろこび、だった。
「……よかった。本当に」
幸せそうな、二人の、門出を、前に。
王妃は。そっと、目元を、押さえて——柔らかく、微笑んだ。
「世が、何と、言おうと。——あの子の、隣に。手を、取り合える、お方が、できた。母は……それだけで、もう。——十分ですわ」
(……王妃様の、その、お顔。——うん。気持ち、すっごく、分かる)
そして。——その、傍らで。
わたし(ひかり)は。
ここ最近、ずっと。——別の、意味で。頭を、抱えて、いた。
だって。わたしの、声と、姿が、届くのは。今も、昔も——アルフォンス、ただ一人。
つまり、わたしは。この、新婚夫婦の。睦まじい、日々を。
二十四時間。——特等席で、見せつけられる、はめに、なって、いる、わけで。
『——いたたまれない! いたたまれないってば——!!』
◇
朝。
アルフォンスは。妻の、前で、きっちりと、正座を、して。深々と、礼を、した。
「——奥方。今朝も、ご機嫌、麗しゅう。息災で、何より、にござる」
「ふふ。アルフォンス様は。——相変わらず、ですこと」
『朝の、挨拶が。完全に。——主君への、登城の、ノリ!』
◇
そんな、新生活で。
ロザリンドは。——あることに。全力を、注いで、いた。
「わたくし。——決めましたの。殿下に、ふさわしい。立派な、妃に、なる、と」
王子に、嫁ぐ、とは。
やがては。——この国の、王族として。万民の、前に、立つ、ということ。
ロザリンドは。来る日も、来る日も。
宮廷の、作法を、諳んじ。幾つもの、国の、言葉を、修め。
大広間での、立ち居振る舞いを——一分の、隙も、なく。磨き上げて、いった。
王宮の、家政を、采配させれば。女中頭すら、舌を、巻く、ほどの、手腕。
慈善の、催しを、取り仕切らせれば。誰よりも、気高く。誰よりも、行き届いて。
……ただ。
その、打ち込み方が。——少々。常軌を、逸して、いた。
夜更けの、灯火の、下。
寸分の、隙も、ない、礼の、所作を。何百回と——繰り返す、ロザリンド。
『……ねえ。もう、夜中だよ? ロザリンド、また、寝てない……!』
かつて。十年もの、あいだ。
たった一つの、復讐心を。あれほど、執念深く、研ぎ澄まし、続けた——その、芯の、強さ。
それを、今は。——"よき、妃に、なる"ことに。一切、手心を、加えず。まっすぐ、注いで、いる。
『花嫁修行に……復讐と、まるっきり、おんなじ、熱量、ぶつけてるよ。この人……!』
——と。
その、時。
すっ、と。
背後から。アルフォンスが。——自らの、上着を。そっと、彼女の、肩に、掛けた。
「奥方。——根を、詰めすぎ、ぬよう」
「! ……アルフォンス様」
「そなたが。誰より、この、役目に。真摯で、あること。——某は、よう、存じて、おる」
アルフォンスは。
疲れの、滲む、その、横顔を——労わるように、見つめた。
「なれど。——気高さとは。"完璧さ"の、ことでは、ない。そなたは……ただ、そこに、在るだけで。すでに、誰よりも、気高い」
「……っ」
ふ、と。
ロザリンドの、肩から——力が、抜けた。
そして。
ほっと、緩んだ、その、顔で。——彼女は、微笑む。
◇
——その、不意の、笑みを。
まっすぐ、見て、しまった、アルフォンスは。
……ぐらり、と。——大きく、動揺した。
(……い、いかん。心の臓が。妙に、早鐘を、打って、おる)
すっ、と。
アルフォンスは、立ち上がり——縁側へと、向かう。
「……こんな、時こそ。精神、統一」
腰の、光丸を、手に。すうっと——正眼に、構える。
「妻の、笑み、一つで。これほど、心、乱れるとは。——某も、まだまだ……未熟」
びゅっ、びゅっ、と。
凛々(りり)しい、横顔で。庭の、素振りを、始める、アルフォンス。
「——修行、だ……!!」
『ときめきを——!! 修行で、なかったことに、しようと、してるーー!?』
ひかりの、絶叫が、響く。
『好きな人に、ドキドキするのは。未熟じゃ、ないからね!? ——ふつうだから、ね——!?』
◇
そんな、彼が。
——ある、静かな、夜。
寝室の、窓辺で。月を、眺める、ロザリンドの、隣に。
そっと、腰を、下ろして。——珍しく。改まった、声で、言った。
「ロザリンド殿。——一つ。聞いて、ほしい、ことが、ある」
「……はい?」
アルフォンスは。
彼女の、琥珀の、瞳を——まっすぐに、見つめた。
「そなたが。これまで、堪え忍んで、きた、十年。——家を、焼かれ。母君を、奪われ。たった一人で。憎しみだけを、頼りに、生きて、きた、その、月日」
「……アルフォンス様」
「その、痛みを。その、孤独を。——某は。生涯、忘れぬ」
アルフォンスの、声は。
静かで。けれど——どこまでも、揺るがなかった。
「もう。——復讐に、生きずとも、よい。これからは。——それがしが」
「生涯を、かけて。そなたに、礼を、尽くす。——そなたが。二度と。あんな、涙を、流さずに、済むよう。この身の、ある限り。——守り、抜く」
「それが。——そなたを、娶った、武士の。果たすべき、義であり。……何よりの、望み、よ」
——ロザリンドの、琥珀の、瞳から。
つう、と。一筋。——涙が、こぼれた。
それは。
かつての。憎しみの、涙でも。悲しみの、涙でも——なかった。
「……ずるい、ですわ。アルフォンス様は」
ロザリンドは。
その、涙を、拭いもせず。——ふわり、と、微笑んだ。
「そんな風に、言われたら……わたくし、もう。アルフォンス様から、一生。——離れられ、なく、なって、しまいますわ」
「——望む、ところよ」
◇
『…………』
わたしは。
何も、言えずに。——ただ、ぐすぐすと。洟を、すすって、いた。
すると。
ロザリンドが。ふと、宙を、見上げて——くすっと、笑った。
「ふふ。——ひかり様。また、お泣きに、なって、らっしゃるの?」
『——なっ。な、なんで、分かるの!?』
「だって。——夫が。こんなにも、よい、お顔を、する、時は。きまって。あなたが、傍に、いて、くださる、時、ですもの」
姿も。声も。——誰にも、届かない、はずの、わたしを。
この、人は。ちゃんと——"家族"として。数えて、くれて、いる。
『……ほんと。ずるいなあ。——この、夫婦は』
◇
——その、直後。
照れ隠し、なのか。
ロザリンドが。ちょん、と。彼の、頬に。口づけを、すると。
「——っ!? せ、精神、統一……ッ!!」
またしても。
耳まで、真っ赤な、顔で。素振りに、走ろうと、する、アルフォンス。
「だから、逃げないで、くださいまし——!!」
すかさず、その、袖を。
ロザリンドが、笑いながら、掴んで——引き、止める。
青空の、下。
今日も、この、家は。——にぎやかで。あたたかい。
……夫が、武士で。妻が、元・悪役令嬢で。頭の中に、妖精が、住んでいる。
そんな。——少しだけ、風変わりな、一家の。
幸せな、日々は。
——まだまだ。これからも、続いて、いく。




