第26話「あの日の、こと」
建国祭まで——あと、半月。
その夜。
ロザリンドは、珍しく。自分から、アルフォンスを、人気のない、中庭の隅へと、誘った。
月が、雲に、見え隠れする。
どこか、張り詰めた——夜気の中で。
「……聞いて、ほしいことが、あるの」
彼女が、そう、切り出したのは。
——アルフォンスに、初めて、見せる。ためらいがちな、声だった。
◇
ロザリンドは。
胸元から、そっと——小さな、ロケットを、取り出した。
縁が、黒く、焼け焦げた。古い、ロケット。
「……これね。母の、形見なの。あの火事の、あとで。焼け跡から、たったひとつ——拾い上げた、もの」
そっと、開く。
中には、色褪せた——家族の、肖像が、納められていた。
「父と。母と。……それから。わたくしと。——まだ、五つだった、弟」
その声が。
わずかに——震える。
「弟はね。わたくしの、あとを。いつも、ちょこちょこ、ついて、回るの。"姉さま、姉さま"、って。……生意気で。泣き虫で。……でも、本当に。可愛い子、だった」
「あの頃の、わたくしは。……ちゃんと、笑って、いたわ。——今の、わたくしからは。想像も、つかないでしょうけれど」
ふっ、と。
寂しげに、口元を、ゆがめて。
「——でも。ぜんぶ。たった一夜で。消えたの」
◇
「ある夜。突然。家に、兵が、踏み込んできた。"謀反の、証拠が、見つかった"と。——身に覚えなど。何ひとつ、ないのに」
「弁明する、間さえ、なかった。火が、放たれて。……父は、母を、庇って。母は、弟を、抱きしめて。——わたくしだけが。乳母に、突き飛ばされるように、して。裏口から……逃された」
ロケットを、握る手に。
ぎゅっ、と——力が、こもる。
「振り返ったら。——わたくしの、家が。燃えて、いた。家族の、悲鳴ごと。……あの炎を。わたくしは——一生、忘れない」
◇
「あとで、知ったわ。——何もかも、仕組まれていた。濡れ衣を、着せ。"正式な手続き"で、断罪し。一切の、弁明を、許さず——すべてを、奪い去る」
「仕組んだのは。——メルツ。あの、宰相家よ」
哀しげに、揺れる、琥珀の瞳が。
アルフォンスを、見上げた。
「……ねえ。気づいて、いる? アルフォンス」
「今度の。建国祭の、断罪。——あれは。あの夜と。何もかも、同じ、なの」
「同じ、メルツが。同じように——"正しさ"の、顔を、して。今度は、あなたと、わたくしを。あの、晴れの舞台で。焼こうと、している」
声が、掠れた。
「わたくしは……怖い。また、あの、炎を、見るのが。……大切なものを。もう一度——失うのが」
——大切な、もの。
そう、口にして。彼女は、はっと——自分の、言葉に、気づいた。
(……わたくし。今。"大切なもの"の中に。——この人を、数えた……?)
かあ、と。頬が、熱くなるのを。
夜の闇が、辛うじて——隠して、くれた。
◇
アルフォンスは。
彼女の話を、ひと言も、遮らず——最後まで、静かに、聞いて、いた。
そして、おもむろに——口を、開く。
「——ロザリンド殿。話して、くれて。……かたじけない」
「……っ」
「そなたが、ひとり、抱えてきた、その痛み。その、無念。——それがしには。とても、量り、きれぬ」
彼の、紅の瞳が。
夜の中で——静かに、けれど、強く。燃えた。
「なれど。これだけは——申しておく」
「あの夜。そなたを、守れる者は。ただの、ひとりも、おらなんだ。——だが。此度は、違う」
アルフォンスは。
腰の、光丸に——そっと、手を、添えた。
「同じ舞台で。同じ、やり口で。再び、人を、焼こうと、いうならば。——その"影"。それがしが、必ず。一刀のもとに——斬って、捨てる」
「そなたは。もう——ひとりでは、ない」
その、言葉に。
ロザリンドの、瞳から。
——つう、と。
ひと粒。涙が、こぼれ、落ちた。
◇
ずっと。
たった、ひとりで。凍りつかせて、抱えてきた、その復讐を。
初めて——"共に、立つ"と。
そう、言って、くれた、人が。
『……武士さん』
ひかりが、ぽつり、と。静かに、呟いた。
『……ちゃんと、隣に、いてあげなよ。あの子、もう——十分すぎるくらい。ひとりで、頑張ったんだから』
「——あい分かった」
建国祭まで、あと、半月。
焼け跡の、ロケットを、握りしめて。
ロザリンドは——今度こそ。"ひとりではない"その夜を。
静かに、噛みしめて、いた。
そして。
すべてを、決する、舞台は。
——刻一刻と、近づいて、いた。




