第十話 『相克』
1
降り注ぐ雨粒を切り裂いて、ヴェインが戦場にて舞い踊る。ラーズはそのコクピットにて座り、機体を精密に操ってゆく。
かつての友軍を葬る痛み。精神的苦痛に耐えながら。故にこそ、鬼神の如く戦い、敵ハウンドを射撃にて貫く。
反撃のビームを二発躱して、更に一機。速度を落とさずに。
その様子は友軍から見ても、壮絶たる物と写ったらしい。
「ラーズ少尉、調子はいいようです」
「ふん。まあそうだが、元気がすぎるな」
マリアとミネルヴァの二人が述べた。
彼女たちとダグはヴェインから見て、やや離れた位置で戦っている。ラーズが集中していたためだが、結果的にそれが問題となる。
敵のエース、ゴードン・エッガーが──ラーズのヴェインへと目を向けたのだ。
「あのハウンド……ガワは珍しい。が、ファルファリアの実験機と見た」
そのゴードンは一目見て見抜いた。ヴェインを造った者達のことを
あるいはファルファリアの実験機を軍務の中で見たことがあったか。
なんにせよゴードンは即断した。そして、それを部下のミナに伝える。
「ミナ中尉。部隊は君に任す。私は銀色の機体を堕とす」
「は。了解しました。お気をつけて」
「常に、気を配ってはいるつもりだ」
ゴードンはミナにそう言うと、乗機をヴェインに向け進ませた。
彼のハウンドはバザードではある。が、独自に改造されている。砂漠の如き色に塗られており、誰からもエースの機体とわかる。
その機体がラーズのヴェイン目掛け、低空飛行で急速に迫る。
当然、ラーズも直ぐそれに気づく。機体を操縦する人物にも。
「ゴードン中佐のカスタム機!? 【反乱軍】の側についたのか!」
ラーズは彼の機体を見て言った。
ラーズは大きく二つの理由でゴードン中佐のことを知っている。一つは単に彼をエースとして。二つ目は直接に会話して。
非常に短い時間であったし、たいした話をしたわけでもない。だが、この瞬間ラーズの脳裏にその記憶が鮮烈に浮上した。
2
これはまだラーズが整備士であり、ジルの機体を任されていた頃。ツナギを着たラーズは格納庫で立ったままハウンドを見上げていた。
ハウンドを操っていた人物。ジル大尉のことを待つためである。
ジルはワイヤーを利用して、ハウンドから床へと降り立った。そしてラーズの元に歩いてくる。凝り固まった肩をほぐしながら。
ラーズはその彼へと声をかけた。無論、敬礼を欠かさずに。
「お疲れ様でした! ジル大尉!」
「おう。軍曹こそお迎え御苦労」
「機体の反応は、いかがです?」
「だいぶマシになったよ。助かった」
するとジルが実に緩い感じでラーズに対して反応を返す。
この時、ラーズはジルのハウンドの改良改造を請け負っていた。当然、ジルがまだ裏切る前だ。その欠片も感じていなかった。
さて、そんな時分偶然であるがラーズとゴードンは引き合わされる。目の前のジルの気まぐれによって。人間関係とはそんな物だ。
「ところで軍曹。あっちのハウンド。あれ、ゴードン中佐の機体だろ?」
「どうでしょう。そう見えますが……」
「せっかくだ。ちょっと行ってみようか」
言うが早いかジルは歩き出した。
ラーズは直ぐその彼の後を追う。
二人の目的地は遠くない。徒歩で充分、乗り物も不要だ。ハウンドを止めるエリアで数えて、ジルの機体から二つ先である。
ゴードン中佐はそこで腕を組み、自身のハウンドを凝視していた。正確には、整備する様子をだ。眼光は鋭く近づき難い。
しかし、ジル大尉は気にしなかった。
「どーもー。ちょっと時間を拝借。もしかしなくても、ゴードン中佐?」
流石はエースということか。心臓に剛毛が生えている。
一方、それを受けたゴードンは──
「いかにも。そして君はジル大尉だ。不世出の天才、だと聞いた」
意外にもあっさりとそう返す。
どうやらジルを知っていたらしい。ジルはエース故、違和感などない。
もっともゴードン中佐もエースだ。階級が裏打ちしているように。
「いえいえ。中佐に比べれば……私など若輩の一ですよ」
「謙遜するな。君の力なら、直ぐ私の実績を抜くだろう」
しかし、ゴードンはそう言った。心から。ラーズにはそう見えた。
ラーズが持っていた印象よりも、ずっと気さくと言える人柄だ。
「私の技術は鍛錬によって育まれた、後付けされた物だ。天賦の才に敵うべくもない。だからこそ君を頼もしく思う」
そのゴードンがジル大尉に願う。
「祖国ファルファリア繁栄のために、君のその力を揮って欲しい」
そして言いながら右手を差し出す。友好の握手を求めるために。
当然ながらジルも直ぐ応じた。感動的と言えるかもしれない。
「ええ。ファルファリアの繁栄のために」
二人はしっかり握手した。
そして、ここからがゴードン中佐の人格を表している部分だ。
「そちらの君も、共に戦おう。一丸となって敵を退ける」
一介の整備兵であるラーズ。そのラーズにも手を差し出してくる。
ラーズはその行為に驚いた。いい意味で。よって、それに応えた。
「はい。ファルファリアの繁栄のために」
両の手でゴードンの手を取ると、思った通り力の強い手だ。無骨で実直さを示している。信用にたると、そう感じさせる。
それから少しだけ話は続く。主にはハウンドの機能について。
後に、殺し合いをすることになる。そんなことは思ってもみなかった。
3
人は記憶を制御などできない。ふとしたことで記憶は蘇る。だが、ラーズは。記憶を封じ込めた。可能な限り、そして一瞬で。
雨が降り頻る戦場を、ゴードンのバザードが迫り来る。草原の上を地面すれすれに。土や緑の葉を巻き上げながら。
戦場において感情は邪魔だ。喜怒哀楽、どれも必要はない。冷静さを欠くだけ不利となる。押し殺し、機械の如く駆ける。
「迎撃する」ラーズは言いながら、乗機を操り引き金を引いた。
地上付近に浮いているヴェインが、ゴードン機に向けてビームを放つ。が、ゴードン機はそれを回避した。尚もヴェインへと接近をしつつ。
ゴードン中佐の意図は明確だ。気質が前面に現れている。
「長引かせる気はない」
銃を捨て、ゴードン機はソードを引き抜いた。シールドの裏にあるビーム剣。筒からビームの刀身が伸びる。
その間も速度は落とさない。背部のスタスターが熱を吹く。
距離は詰まり、ソードの間合いまで──およそ数秒と言うところだろう。ラーズも選択を迫られている。だが、ゴードンが更に先手を打つ。
「これで……!」
盾のある左手を、ヴェインに向けて真っ直ぐに突き出す。
ラーズはその理由を知っていた。思い出が役に立つ場合もある。
ロケット!? 撃ち落とす──そう思う。ラーズはゴードン機を知っていた。ゴードン機の盾には武器がある。ロケット弾。その正確な位置も。
盾の裏側にそれはある。直撃すれば堕ちる。確実にだ。
円筒形をした灰色の弾。その推進部分に火が灯る。ノズルから赤い火炎を吹き出し、ヴェインに向け真っ直ぐに飛んでくる。
それが発射された直後を狙い、ラーズはヴェインの機銃を撃った。
ヴェインの頭部には迎撃用の機銃システムが装備されている。金属弾を連射するもので、ロケット弾ならば撃墜できる。
「当たってくれ!」
狙いは、正確だ。ロケットは決して大きくはない。それでも機銃がロケットを──貫いて、そして爆発をする。
ゴードン機は前進しているので、否応なく爆煙へと突入。距離が近く、手傷も負っている。だが、直撃ではない。堕ちていない。
「ぐ!? しかし……叩き切る!」
ゴードンは鋼鉄の意志を持ち、自機をそのまま前に進ませた。
視界は塞がれたが構わずに。直感を頼り斬撃を放つ。
しかし、斬撃は空を切り──ゴードン機は速度を低下させた。
「消えた……! どこだ!?」
センサーの損傷もあるだろう。ヴェインの位置を見失っていた。
そのヴェインはゴードン機の上方。ライフルを投げてソードを引き抜く。そして体勢を極度に変えつつ、ソードを構えゴードン機に迫る。
美しく光るビームの刀身。それがゴードン機へと接触する。刹那、ゴードンもそのことに気づく。だが、対処が間に合うことはない。
武人。義に厚く賢明でもある。祖国を思い、人を思いやる。研鑽を積み、戦場に赴き、戦果を上げ、エースとなって、そして──ビームの光に呑まれて消えた。
ゴードン機は上方、背面から正中線に沿って斬り裂かれた。頭部から胸部、そして腹部へと。真っ二つになったと言うことだ。
一方、ラーズは地面に向かって直進したヴェインで受け身を取る。スラスター、力場を活用しつつ、左手を突き出し地面を殴る。
結果、左手は損傷を負った。だが、受け身は成功。距離を取る。
ラーズはそこで見た。残骸を。無惨に倒れ伏したゴードン機を。
ラーズがやったことだ。疑いなく。兵士として職務を全うした。
その様子を見たゴードンの部下が、驚いたが全ての部下ではない。
「中尉! 中佐のハウンドが……!」
「ええ。私からも確認しました。ですが、冷静に努めてください。敵機を相手しつつ後退を」
ミナは出撃時に指示されていた。ゴードンが倒れた場合の指示を。
それに彼の動きを見て思う。ゴードンは死に急いでいたのだと。
この戦地で勝利を得るために、必要な戦果は膨大である。それを得られるのならそれで良い。無理なら、損害は抑えるべきだ。
指揮官が死んだなら許される。戦場を去ると言う選択も。
あくまでも、ミナの考えではある。しかしてミナにはそう感じられた。
それでも、ミナは震えているのだが、悟られることなどは許されない。
「中佐の死を無駄には致しません」
ミナは一人決意を表明し、部隊をまとめて撤退をさせる。
ラーズはその様子を確認し、しかし、緊張はなお維持している。一息つくことなど許されない。ラーズ自身追い詰められていた。
だが、そのラーズの上官にあたるミネルヴァからラーズに指示が下る。
「良い戦果だ。少尉。帰還しろ。その損傷。軽微なものではない」
ミネルヴァの指摘は的確であった。
ヴェインはライフルを投げ捨てた後、左腕も地面に打ちつけた。万全とは言えない状態だ。すこぶる妥当と言わざるを得ない。
「了解」
ラーズは答えると、ヴェインを高速で撤退させた。
その最中ラーズは自らの歯を砕けんほど強く噛み締めていた。
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