海での特訓
「ビキニ見たかった……」
青い空と海。白い砂浜。しかし華だけが足りない。
海水浴をしている人は何人かいるが、見渡す限り男連中ばかりだ。一人だけ髪の長い綺麗な人がいて、いるじゃん美人なお姉さん! って声をかけたところ、残念ながら男だった。多様性の時代だなぁ……。
「俺をだましたな、下野うらかァ!」
「半分わかってたでしょ」
「半分は期待してたんだよ!」
お忍びでこういう田舎にやってくるグラビアお姉さんとか。
「だいたい、うらかもうらかだ。なんだその恰好」
「なによ。可愛いでしょ」
うらかはトライアスロン用のウェットスーツを着ていた。青色の生地にボーダーが入っていて、確かにデザイン的には可愛いかもしれない。
けど、そうじゃない。そうじゃないんだよ。
「なぜ普通の水着を着てこない!」
「あのね、そんなの着てたら練習中に全部脱げるじゃない」
「脱げてほしかった」
「へんたい」
ぞんざいな口調で言い放って、うらかはストレッチを始めた。
正直そこらへんの見知らぬ美女の水着よりも、同級生の水着のほうが見たかったというのは本音だ。
仕方ないので、ウェットスーツで浮かび上がったうらかのボディラインをまじまじと見つめた。胸は控えめだが手足はすらりと長くて、なかなか均整のとれた身体つきをしていると思う。アスリートっぽいというか。部活とかは入ってないくせに、日頃から運動しているのだろう。
とか考えていると、うらかが振りむいてきた。
ぶしつけな視線を咎められるかと思ったが、ちがった。
「透真くんもバイクパートの練習しなよ」
「乗るものがないよ」
「バイク用意してきてないの?」
「なんでそんな純粋な顔で聞き返してくるんだよ。すげえ高いんだぞ」
一応ネットで価格を調べてみたのだが、安い初心者用でも10万円、もっと性能の良いものを選ぶと平気で50万円とかする。興味が一切ない世界なだけに、理解が全然できない。
「じゃあどうするの?」
「一応、速水のツテで親戚の誰かのものを借りてきてくれるって。それまで待機」
「ヒマなら一緒に泳ごうよ」
「水着もない」
「あれもない、これもないって。やる気あるの?」
「あるわけねえだろ」
これに関しては気持ちがブレることはない。
大会当日まで適当に流させてもらう。俺は砂浜に座り込んだ。
うらかは一瞬だけむっとした顔になった。誰の目からも怒っているのがわかる。
やる気のある人間からしたら、俺はさぞ不愉快だろう。それでいい。放っておいてもらえたら。
が、うらかはそうしてはくれなかった。
座り込む俺を無理やり立たせる。そのまま海にひきずっていくことすら覚悟していたが、意外なことにそこでうらかは手を離した。
「どうせやるなら、全力でやる方が楽しいよ」
さも当然の事実のように、うらかは言う。
「そうか。それは知らなかった」
「透真くんは知ってるはずだよ」
「なにそれ」
「だって、球技大会のキミはかっこよかった」
俺はおもいきり顔をしかめた。
「おい、からかうなって」
「いや。マジで。大マジに」
雑なしゃべり方のくせに、表情だけは真剣そのもので。
だからなのか、俺は余計な口を挟めなかった。
「慣れないサッカーに全力だったキミも、大雨で自転車を走らせながら私を追いかけたキミも、全部輝いて見えてた。透真くんはそっちの方が似合うと思うな。変に線引きしているよりさ」
「………」
「もし今日がイマイチな気分だったら、見てるだけでもいいから。ここで私を見ていて」
うらかはそれだけ言い残して、まっすぐ海へ向かっていく。波打ち際までたどりつくと、そこで入念なストレッチが始まった。
俺は言いつけ通り、うらかのことをぼーっと見ていた。
なんだか、親や先生に叱られた後みたいな気分だった。
引け目を感じているのは、俺の問題だ。みんなに置いていかれる、そんな焦りがずっと消化できずにいる。かと言って、みんなと同じように何かに夢中になれるものがあるでもない。考えてしまうのは、ずっとこのままがいいなんて幼すぎる願いだ。
ふと、卒業後のことを想像してしまう。
うらかとはきっと、そこで道が別れるだろう。結衣山に縁があるわけではないし、本人は東京に戻ることを望んでいる。
こうしてうらかと過ごす時間に、2年の猶予もないのか……。
ストレッチを終えたうらかが、砂を蹴り上げながら走り出した。
そのまま水しぶきをあげながら、いよいよ海に飛び込んでいった。堂々としていて様になったフォームだ。
ぐんぐんと、男子顔負けの推進力でうらかは泳いでいく。このトライアスロン大会では、目印となる岩山を左回りにして浜に戻ってくるのがルールだ。そして次のパートの人間にバトンタッチを……。
「ん?」
俺は思わず腰を浮かせて、目を凝らした。
うらかは、目標の岩山から離れていくように進んでいく。
いつまでも折り返し地点にたどりつかないことに気付いたのか、うらかがようやく顔を上げた。あたりを見回そうとして、折悪く高い波がうらかをのみこんだ。
「もしかして、海で泳ぐの初めてか……?」
ためらったのは一瞬だけだった。俺は靴だけ脱ぎ捨てて海に飛び込んだ。
シャツとズボンに海水が染み込んで一気に重くなる。手足を動かしても全然進まないので下着以外は全部脱いだ。軽くなった身体でうらかを追いかける。
潮の流れはそこまで強くない。けど風と波が強くなってきた。
焦っているせいか、全然うらかにたどりつけない。
くそっ、やばい……!
「どきたまえ、イモ男子」
すぐそばで人の声がした。
そう認識した直後、後方から俺を追い抜いたそいつの肘が当たった。
いってぇ! という呻きは水の中へ消えた。
恨みをこめて、そいつを睨みつける。その長い髪に見覚えがあった。さっき、女の人と間違って俺がうっかり声をかけてしまったやつだった。
そいつは荒れた波のなかを自由自在に、それでいて優雅に泳いでいく。明らかに、海での泳ぎ方を熟知している人間の動きだった。いや、それにしてもレベルが高いような。
あっという間にうらかのもとへたどり着いて、休める岩場に誘導する。
俺はその光景を見届けて、ゆっくり時間をかけて同じ岩場についた。
「麗しいヒトよ。お怪我はないか」
「あー、うん。それは大丈夫なんですけど」
「ここで出逢えたのは奇跡にちがいない。名前を教えてくれないか」
「いやあ、そんな大したもんじゃないんで」
なんか口説かれているうらかがいた。
うらかは困ったように俺へと視線をうつして――――慌てて顔をそむけた。
「な、なんて恰好してるの!?」
「パンツ一丁」
「隠すか服着てよ!」
「無理。脱いできた。一緒に探して」
「まったくもう……!」
しれっとうらかの手を引く。
うらかは渋々みたいな態度でついてきてくる。それで丸く収まってくれたらいいなと思ったけど、約一名納得してくれないやつがいた。
「おい。俺が先にその美しいヒトと話していたんだ。芋くさい男はふさわしくないぞ」
「はあ……、ハイハイ、わかった」
俺は選んでもらうことにした。
「うらか。俺とそいつ、どっちがいい?」
「えっ!?」
俺は改めてその男を見上げた。
身体つきも仕草も間違いなく男だが、その長い髪と整った顔立ちは本当に綺麗だった。女装してもイイ線いくだろう。身長はすらっと高く、鍛えた筋肉は均整がとれている。
片や、平均的な身長と筋肉しか備わってない田舎モン。しかも今はパンツ一丁。
あれ、これやばいのでは。
俺だったらこんな半裸男よりイケメンの方を選ぶ。普通に。
「いや、普通に……」
頭の中で考えていたことと同じ言葉を言われて、俺は身構えた。
が、それは杞憂に終わった。うらかは俺の背中を押す。そのまま2人で着水し、浅瀬を目指そうとした。
「ふむ。この美しい俺に一瞥もくれないとは。少し変わった趣味なのだね」
「あの」
うらかは少しだけ振り返った。
「来週、私に勝てたらお話付き合ってあげますよ。デートしてあげてもいいです」
「ほう。魅力的。こんなところまでやってきた甲斐があった」
「でも、そうはならないと思いますよ。私は強いので」
「楽しみにしている」
なんかすっごい気になる会話をしている。
でも割と強い力で押されたせいで、聞くタイミングを逃してしまった。
結局、まともに会話を再開できたのは浜辺に戻ってからだった。
ちなみに脱ぎ捨てた衣服を両方とも見つからなかった。靴だけは回収して、でもパンツ一丁で履くと変態性が増す気がして裸足で帰ることにした。
「結局、誰だったんだ、さっきの。大会の参加者?」
「一ノ瀬碧さん。トリプルネクサスの」
「……あれ。どっかで聞いたような」
「ほら、夏休み前に速水くんが教えてくれたじゃん。有名なトライアスロンチームの。他の2人もこっちに来ているんだって」
「あー、そういえば」
確か超高校級とか言ってたか。
「え。そんな相手に勝てたらとかなんとか喋ってなかった? しかも自分を景品みたいにして」
「うん。でも勝つし」
「溺れかけてたくせに?」
「そ、そんなことないっ!」
ムキになったうらかが、勢いよくこっちを向いた。
で、俺の恰好を見てしまって、また顔をそむけた。意識的にずっと俺のことを見ないようにしている。
「露出度的には海パンと同じなんだけど」
「で、でもそれ下着だし……ねえ本当に恥ずかしくないの?」
「だって、ここ結衣山だから」
「それ理由になってる?」
なってる。
一応服を取りに旅館へ引き返しているけど、誰も俺の姿をみて騒いだりしない。なんなら普通に声をかけてくるおっちゃんが多い。
「おい坊主! ずぶぬれでどうした!」
「水着忘れたけど泳いできたー!」
「元気だな! 彼女さん顔真っ赤じゃねえか!」
「可愛いでしょー!?」
「だはは! ちげえねえ!」
こんな感じの。
うらかはその度にか細い声で「あの、彼女じゃなくて……」と否定しているけど誰も聞いちゃいない。
「恥ずかしかったら先に戻ってもいいんだぞ」
「……いい。今の透真くんを1人にして通報されたら嫌だし」
「やっさしい~」
「………」
「……うらか?」
「助けようとして来てくれたんだよね」
「んー、そりゃ、まあ」
「……ありがとう」
「いいってことよ」
帰り道のうらかは、ちょっとだけ優しかったです。




