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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
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パイセンにすごく大事な報告が

 駅から店までダッシュした。

 洋食屋ほんわかは立地だけはいいので、すぐにたどりついた。……のだが。


「……ッ!」


 俺は、店の前に停められた救急車に少なからず動揺した。あれ。マジでやばい系では。

 走ったそのままの勢いで正面玄関から店に入る。音に驚いた客たちが怪訝そうな目を向けてきた。フロアにラッコや店長の姿はない。となると裏か。


 厨房に侵入し、キッチン担当のザクロさんとすれ違う。ザクロさんは俺を見て驚いた様子だったが、すぐにバックヤードを指差した。

 案内に従って裏の倉庫に踏み入る。救急隊員と、倒れ伏した店長、そして心配そうに立ち尽くしたラッコとニコさんがいた。


「ラッコ!」


「透真せんぱい!」


 ラッコは真っ赤に泣き腫らした顔で、すがってきた。


「店長はどういう状態なんだ」


「わかんないっす、突然苦しみだして、全然動かなくなっちゃって……」


 ラッコのいう通り、店長はピクリとも動かない。完全に意識をなくしている。この人、なにか持病があったっけ。働いているときにそういう話は聞いたことがなかったが……。


「すみません! ご家族の方はいらっしゃいませんか!」


 救急隊員が俺たちに言う。

 俺たちは互いに目配せをした。俺とニコさんはかぶりをふる。店長の家族構成とかまったく知らん。

 自然と、視線はラッコに集まった。


「えっと。あの、いるけど、今はいないっていうか」


 ラッコは要領を得ないことをいう。かなり混乱しているのか。

 あいだに入って、救急隊員との会話を引き継ぐ。


「家族への連絡と、この場での同乗者が必要ですか」


 救急隊員が頷いた。俺はラッコに向き直る。


「ラッコ。店長の年齢とか飲んでる薬とか、あとは家族の連絡先とか知ってる?」


「わ、わかる! わかるっす!」


「オーケー。それならラッコは店長に付き添ってやって。そういう説明が必要になるから」


 ラッコはすぐに頷いてくれなかった。

 なにか気になることがあるのか。


「でも、お店……」


「店?」


「あ、アタシがいないとニコさんとザクロさんの2人きりになっちゃう」


 今日はシフトメンバーが少ない日だったか。いつもならもう少し人がいるのに。こんなときに限って。

 さっきからホールのほうでベルが鳴りっぱなしだ。ザクロさんは料理を作ってくれているが誰も提供できる人間がいない。会計や補充とかも、ニコさん1人に押し付けるわけにはいかない。見張ってないとサボりそうだし。


「………」


 迷っている時間は1秒もなかった。

 2度と口にするはずじゃなかったことを俺は簡単に言葉にしてしまっていた。


「俺が入る」


 意味が伝わらなかったのか、ラッコは俺を見上げた姿勢のまま固まっている。

 俺はもう一度、言葉を嚙み砕いて伝えた。


「ラッコがいない分を俺が頑張る。それで安心できるか」


 1週間とはいえここで働いていたんだ。戦力になる自信はある。

 ララコは、どういうわけか……本当にどういうわけか涙を流しながら何度も頷いていた。そして、彼女らしからぬバカていねいな口調でこう続けた。


「……よろしくお願いします」


 っす、が抜けているのが物足りなかった。





 ラッコと店長を乗せた救急車を見送って、俺は事務所へ戻った。


「よし。じゃあニコさん、一緒に頑張りましょうか」


「タバコ吸ってからでもいい?」


「ダメに決まってんだろ。昼時の飲食店ナメてんのか。あ?」


「ひっ……!?」


 おっと。いけない。つい素でキレてしまった。だってニコさんがあまりにも普段通りかつカスみたいなことを言うもので。


 とりあえずニコさんには料理を運んでもらうために厨房に向かわせた。

 俺は事務所でスペアの制服を物色しつつ、スマホで電話をかけ始めた。俺1人が入ったところでこの店は回せない。強力な助っ人が必要なのだ。



「オーダー入りました! カツカレー2、チーズインハンバーグ1、フレンチトースト2、アイスコーヒーは人数分で、それから3番テーブルのナポリタンはピーマン抜きで! ザクロさん、7番テーブルのオムライスまだですか!?」


「もう出来てる! 持っていっていいよ!」


「あざす! うらか頼んだ!」


「りょうかい! 大変おまたせしました~、こちらオムライスの大盛です。……え? 見かけない顔だなって? そうなんですよ、今日ここで働くのは初めてで。ひどいクラスメイトに急に呼び出されて」


「ゴラァうらか! お客さんと駄弁ってるヒマねえぞ! どんどん次いかないと注文さばけないだろうが!」


「……ね? 本当にひどい男子でしょ。ぶっ飛ばしてやりたくなります」


 下野うらかがなにやら物騒なことをぼやいていた気がする。が、それにかまっている時間はなかった。1つの仕事をしているあいだに2つの仕事が生まれてくる。周りを見ながらも常に動き続けなければならない状態が続く。やはりピーク時の飲食店はきつい。


 視界の端で、客人が立つのが見えた。料理はきれいに完食されている。


「うらか! レジに――――」


 俺が言い終える前に、うらかは既にレジで待機していた。にこやかな笑顔でお客さんを迎え、最後までていねいな接客で見送りまでしていた。


「ありがとうございました~」


 その後は片付いていない食器をすべて回収しながら厨房へ運び、再び出てくるときは新しい料理を持ってサーブするという無駄のない動きをしている。


 似たシチュエーションが続く。俺がなにか言おうとする前に、うらかは自分自身で気付いて行動に移している。おかげで俺も俺のやることに集中できた。


「なんか前回より落ち着いているな」


 5月に横綱食堂で一緒にバイトしたときは、もっと慌てふためいた様子だったのに。今はかなり余裕を感じる。


「一度経験したことだし」


「勉強でも同じことを言ってほしいぜ」


「うっさい。あ、透真くん、これ5番テーブルのアイスコーヒーとメロンソーダ。もう出来上がってるから出してきて」


「……おう」


 なんなら俺のほうが使われている感じである。

 なんだろう。頼もしいけど、ちょっと落ち着かない。暑がりなくせにほとんど汗をかかず淡々と仕事をこなしていくうらかの横顔が、怒っているように見える。


 が、それを面と向かって聞く度胸も時間もなかった。


「ねえ、透真くんさ」


 なので、むこうから話しかけられて俺はびっくりした。

 食器洗いの最中だったから泡が顔に飛んだ。


「おう、なんだ!? どうした!?」


「いや、そんなたいしたことじゃないけど」


 うらかが、両手のふさがった俺の代わりに泡を拭いてくれる。


「なんでわたしを呼び出したのかなって」


「圧倒的な感謝しかない」


「……うん。それはいいけど。他に呼べそうな人いなかったの? さ、さきなとか」


「うらかしか勝たん」


 あの日の横綱食堂でのバイトは、忙しいと同時に過去最高に楽しかった。どうしてそう感じたのかは、うらかがいてくれたからだと理解している。だから今回も条件反射で頼りたいと思った。


「さっきから透真くん話し方へんじゃない?」


「うらかがいたら心強い。だから呼んだ」


「……へえ。あっそ」


 うらかは居心地悪そうに、髪を指先に巻いて目をそらした。


「あと、ムラサキはナシだろう」


「そう? さきなは透真くんのためなら力になってくれると思うけど」


「んなこたぁ、わかってる。でもムラサキは可愛すぎるからダメだ。変な虫がつくのは目に見えてる。あいつに無用な苦労をさせたくない」


「……はいはい。ごちそうさまです。今の、さきなに言っておくから」


 おい。やめろ。

 なんかすげえことになりそうだから本当にやめろください。


 うらかはあきれた様子でフロアに戻ろうとして、ハッと何かに気付いたらしくこちらを振り返った。少しむっとした表情をしている。


「どうせ私は可愛くないですよー、だ」


 べえっ、と舌先をみせて、うらかはスタスタといってしまう。

 俺はその背中につぶやいた。


「いや。めっちゃ可愛いだろうが」


 聞こえているのか、いないのか。確認しようもないが。

 その後、うらかは一度だけグラスを落としかけた。 



「っていうか、普通に店閉めればよかったんじゃないの」


「え?」


 夕方になり、凪となった瞬間のことだった。

 うらかは拭き掃除をしながら言葉を付け足す。


「店長さんが体調不良なんだから。アルバイトが無理して営業しなくたって、臨時休業ってことにしちゃえばよかったのに」


「………」


 急に冷静になってきた。

 そうだ。あのときはラッコを安心させるためにカッコつけてしまったが、その手があったじゃないか。でも不思議とその考えに至らなかった。


「いや、わるい」


 俺は素直に謝った。


「なんか飲食店って、なにがなんでも回さなきゃいけない気がして」


「ふふっ」


 うらかは、穏やかに笑った。


「なにそれ。バカじゃん」


「お、おう」


「でも透真くんらしくていいかもね」


 うらかが妙案を出してくれたので、俺はさっそくザクロさんとニコさんに相談しにいった。2人とも快諾。ニコさんのほうはその場で退勤しようとしたので、ザクロさんと一緒に止めた。


 17時で店じまいする話でまとまり、ラッコにもラインで伝えた。返信はおろか既読もつかない。大丈夫だろうか。店のことで手一杯だったが、いまさらになって店長への心配が生まれてきた。あんな暴力店長でも人の子だし。


 結局、ラッコからの連絡はないまま終了時間を迎えた。

 ザクロさんがレジ締めをしてくれるというので、他のメンバーは一足先に帰ることになった。ニコさんは目を離した隙に消えていた。


「バイト代。期待しているからね?」


「おう。店長からふんだくってくる」


 あと俺の分も。タダで労働力を提供したわけではないのだ。

 うらかは、俺の数歩先に躍り出た。


「じゃ、私はここで」


「あん? 帰り道同じだろうが」


「い、いや。ほら。あれよ」


 うらかはしどろもどろになって言う。


「一緒に帰って友達にウワサとかされると恥ずかしいし?」


「えっ! ときメモじゃん! やったことある!?」


「ごめん。やったことない。あとそんな急にテンション上げないで。怖いから」


 なんやねん。

 ヨウキャに薦められてやってみたらめっちゃ面白かったんだぞ。うらかもやってみればいい。ガールズサイドもあるから。


「……カノジョさんに悪いから」


「は?」


 めっちゃ予想外なことを言われて面食らった。


「いや。あいつは絶対気にしない」


「なんで!? 付き合ってるのに!?」


「そうだけど……」


「そこに愛はないの!? やっぱりおっぱいだけの関係ってこと!?」


「なにその関係。なってみたいわ」


 鼻息の荒いうらかを押しとどめる。

 なんかこの付き合ってる設定めんどくさくなってきたな。嘘をつくメリットもないし、辻褄合わせの不都合も多い。もうネタバレしてよくない?  


「あのさ、本当は俺たち――――」


 と、大事なところで邪魔が入る。電話だ。こんなときに誰だよと思ったが、待ちに待ったラッコからの着信だった。彼女だからではない。純粋な安否確認だ。


「ラッコ?」


『とうま先輩、お疲れ様です。いま大丈夫っすか?』


「うん。いま店を出たところ」


 ラッコの声は落ち着き払っていた。

 だから、俺も安心して聞きたいことを切り出せた。


「店長の容体は?」


『ハイ、そのことで話したくって。とりあえずてんちょーは無事っす。今は休んでもらってるっすけど』


「それはよかった」


 本当によかった。

 もしもの結果を告げられていたらどうしようかと。さすがに気分が悪いし、あとバイト代を請求できないので困る。


『で、とうま先輩、もしよければ病院まで来てもらえないっすか』


「……なんで?」


『大事な話を伝えたくて』


 ラッコにしては珍しい、有無を言わせない口調だった。

 俺はうらかのほうを一瞬だけ見て、答えた。


「いいよ。店長が運ばれたの、目の前の総合病院であってるよな?」


 安芸葉町の駅から歩いてすぐの場所である。店を出たこの地点から数分でたどりつけてしまう距離感だった。


『3階の、えっと、Cエリアにいるんで。お待ちしてまっす』


「りょーかい」


 通話を終えて、うらかに向き直る。


「今から店長さんがいる病院に行くの? 無事なんだよね?」


「ああ。ラッコが言うにはな。なんでか知らんけど、来てくれって言われた」


「行ってあげなよ。私はこのまま帰るから」


「それは駄目だ」


 駅に向かおうとしたうらかを引き止める。


「なんでよ」


「もう夜になる。すぐ済ませるから待ってろ」


「1人で平気なんだけど」


「ラッコを見てて思った。女子の一人歩きって怖い。俺が不安になる」


 うらかや、それにムラサキも、なんだかんだ腕っぷしが強いから見逃していたんだけど、これが普通の対応のはずだった。それに今の季節は夏。変質者が出るかもしれない。現在進行形で不審者に狙われている俺にとっては身近な恐怖だった。


「はあ、あっそ。そーですか」


「なんだその変な態度」


「べつに」


 駅前で待ってていい、と俺は言ったがうらかも病院までついてくることになった。曰く、待っていてもやることがないと。というわけで2人で総合病院へ。通常の受付時間は締め切られていたが、事情を説明すると中へ通してくれた。


「うおっ、意外と広いな。迷子になりそう」


「透真くん、こういう大きな病院来たことある?」


「ない。うらかは?」


「私もない」


「だと思った」


「なんでよ」


 だってうらかが病気にかかるわけないだろ。

 どっちかっていうと病院送りにする側だろうが。


「あのさ。彼女さんは3階のCエリアって言ってたのよね」


「ああ。そうだな」


「本当にあってる?」


 俺も同じ疑問がわきあがっていた。

 これくらいの大きさの病院だといろいろな診療科がある。内科、外科、消化器科、小児科、精神科……だから、店長がかかった場所を予想できるはずなんだが。


「ここ産婦人科じゃねえか」


 病気とか怪我をした人間が出入りするはずがない。

 でも困ったことに、指定された場所にラッコは確かにいた。


「あっ、パイセン!」


 ラッコが俺を呼ぶ。……うん、やっぱりその呼び方がしっくりくる。

 ラッコは俺と一緒にいるうらかの姿を見て目を丸くした。


「わっ、うらか先輩もいる!」


「……私を知ってるの?」


「有名人なんで!」


「ふーん」


 小さくそうつぶやく。なんかちょっと嬉しそうだ。でも多分、うらかの想像してる印象で有名なわけではないと思う。


 まあ、それは置いといて。


「なあ、ラッコ――――」


「パイセンにすごく大事な報告が」


 ラッコが俺の言葉をさえぎって言う。

 その表情は真剣そのもので、今からの話がとても重要なものになるとわかる。わかるんだけど、その意味深な感じで、しかもお腹に手をあてているのは、なんでなんですかね。


「パイセン」


「はい」


 俺はつい背筋を正した。




「妊娠しました」




 ………。

 脳みそがフル回転した。

 導き出した結論は、うらかから物理的に離れることだった。

 おおげさでなく、殺されると思ったのだ。


「妊娠……赤ちゃん……透真くんがパパ……?」


 案の定、きれいに勘違いをしたうらかが何事かをつぶやく。

 俺は駆け出す寸前だった。今すぐ逃げなければ。


 うらかの身体が動く予兆があった。

 このときの俺の反射速度はなかなかだったと自負している。


 なんせ顔面から崩れ落ちそうになったうらかを間一髪で助けることができたから。

 これ以上うらかに鼻血を流させるわけにいかない。


「……っす? うらか先輩、急にどうしたっすか」


「ああ。きっと疲れが出たんだろ。さっきまでバイトを手伝ってもらってたから」


「あ、じゃあ今度ちゃんとお礼しないとっすね」


「そうだな」


 うらかをすぐそこの椅子に座らせる。

 あまりの衝撃に脳が処理ができなかったのだ。


 俺はあらためて、ラッコに問いかけた。


「店長が、妊娠したんだよな? そうだよな??」


「ほかに誰がいるっすか?」


 オメエだよ!!

 ワンチャンその可能性あるかとビビったわ!! 心当たり全然ねえのに!!


「はあ……ま、病気とかじゃなくて安心した。めでたい話だし」


「ハイっす! みんなでお祝いしましょうね!」


 ラッコはいつもの調子で言う。

 で、俺もいつもの調子で聞く。


「でも店長って結婚してなくね……?」

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