第19話『私の宝物』
「――これが、私が勇気に固執する理由です。……失望しましたよね?」
自身の過去を吐露したハユルちゃんが自嘲気味に呟く。
ハユルちゃんが嘘を嫌う理由、勇気に固執する理由、俺に関わろうとした理由、そして『白鐘の悲劇』――その全てが線で繋がった。
「……そんな事ないさ。立派な理由だよ」
この事件は、誰も悪くない。
ハユルちゃんも、ハユルちゃんのお母さんも……そして、事件の真相を隠蔽したメディアも
実際、結界への信頼というのは大きい。常に魔物の脅威に晒されるこの世界で、人々が紛いなりにも平和な生活を送れているのは結界と騎士団のおかげなのだ。
その二本柱のうち、1つでも崩れてしまえば社会は大混乱に陥ってしまうだろう。それを考えれば、当時はそれを明かすべきではなかったのだ。
「ハユルちゃんが気負うことなんてないよ。そんな状況で8歳の子供に冷静になれだなんて、それこそ無理が過ぎる。……きっと、その少年だって許してくれるさ」
「そう……でしょうか……?」
「ああ、違いない。むしろ俺はその少年が悪いと思うけどね! なんで幼い女の子にトラウマ残すような態度取るんだよ!? そこはもっとやりようがあるだろ! バーカ! そいつのバーカ!」
「く、九頭龍くん!? ちょっと言い過ぎでは!?」
「そんなことないって! もし次にそいつに会ったら謝るよりも前に「よくもトラウマ植えつけやがったな!」ぐらい言ってやればいいんだよ!」
「やめてください、申し訳なさで私がショック死しちゃいますから!」
俺としては冗談半分のつもりだったのだが、ハユルちゃんは俺が本気で少年に対して憤慨していると思ったらしい。ハユルちゃんが冷や汗を垂らして狼狽する姿に、俺は思わず吹き出してしまった。
「あ、そういえば」
「ど、どうしました……?」
「ハユルちゃんって素の口調は方言なんだね。そうか、敬語なのはそれを隠すためで――」
「あ゛ーーーーっ!! 絶対そこ突っ込まれると思いましたよ! やめてください恥ずかしいっ!! 田舎者だと思われたくないから必死に矯正したのにぃぃっ!!」
「なんだ、可愛いのに」
「か、かわっ……もーっ! やめてくださいってばぁっ!」
手をブンブンと振り回しながら、ハユルちゃんが顔を真っ赤にして憤る。そんな微笑ましいリアクションに、俺は思わず吹き出してしまった。よくもまぁ、辛い過去がありながらここまで真っ直ぐな性格になったものだ。
「さっきのはちょっとした冗談だよ。俺が言いたいのは、どうせ勇気を出すならもっとほかのことに使ってもいいんじゃない? ってこと。たかだか1人に謝るのに人生捧げるなんて勿体無さすぎるしさ」
「ほかのこと……ですか。考えたこともなかったです……どうすればいいんでしょう?」
「もっと気楽に考えればいいんだよ。例えば……「ごめんなさい」よりも「ありがとう」って言うのに勇気を使えばいいんじゃないかな?」
こんな命の危機と隣り合わせの世界なんだから、言いたいことは言える時に言った方がいい。その言葉を送りたい相手が……もしくは自分がいつ死ぬかなんてわからないから。
そして、どうせ言い残すなら苦々しい謝罪よりも、暖かい感謝の方がいいに違いない。その事実に本当の意味で気付けるのは、いつだって手遅れになってしまった時だけなのだ。
そう、俺にも感謝を伝えたい人は――伝えたかった人はたくさんいたから。
「ありがとう、ですか……あ、そういえばあの騎士さんにお礼言わないと!」
「あの騎士?」
「はい。今、私が一番感謝しなきゃいけないのは、私の命を二度も救ってくれた……あの蛇の仮面の騎士さんです」
「……あ、あぁ、うん……あの人ね。実は俺も管理室を奪還したあとにテロリストに見つかって死にかけたんだけど、そこを助けてもらったんだ」
「九頭龍くんのことまで……! 本当に、あの人には感謝してもしきれません……!」
「ははは……そ、そうだね」
「実はそれ俺だよ」とは言えないもどかしさを噛み締めながら、あらかじめ用意していたフェイクで「九頭龍巳禄」と「蛇の騎士」が別人であることをさりげなくアピールする。
「それにしても、どうして顔を隠していたんでしょう? 声もぼやっとしてましたし、なぜか印象が薄いんですよね……」
「それは……ほら、戦うんなら頭を守るのは基本じゃん? あの認識阻害の術式にしても、身バレしちゃうとプライバシーとか色々あったり?」
「認識阻害……? そんなのがあったんですか? 九頭龍くん、なんでそんな事を知って――」
「あっ、えっ……とね! 俺が保護してもらった時に気付いたというか、俺ぐらいになると自然にわかっちゃうというかね!? ハハッ、ハハハハハ!」
「へぇ、そうなんですか! やっぱり九頭龍くんはすごいですね! 私もすぐ側にいたのに全然気付きませんでした!」
「い、いやぁそれほどでも!?」
危なかったが何とか誤魔化せた。ハユルちゃんと喋っているとつい気が緩んでしまうので、しっかり注意しなければ。このままだといつボロが出るかわかったもんじゃない。すでにかなり出てる気もするが。
……いや待て。確かハユルちゃんは、人の心音から嘘を見抜ける体質ではなかっただろうか? だとすると今の言い訳は全部バレバレということだ。
しかしハユルちゃんは普通に俺の言うことを信じているようだし、特に疑っている様子も無い。実は嘘を見抜けるというのは嘘だったのだろうか? 嘘が嫌いなハユルちゃんがそんな嘘を?
……いや、今こんな事を考えても意味は無いか。そんな事より、これ以上ボロを出さないために話を逸らそう。
「あ、そうだ! 写真! 写真撮ろう!」
「へ? しゃ、写真ですか? なんでいきなり?」
「なんつーか……今日がハユルちゃんが目標に向けて一歩踏み出した記念日ってことで! 事件のあとで不謹慎かもだけど……」
「……いえ、撮りましょう。今日は私にとってすっごく大事な日になりましたから」
「ん、わかった。でもほかの人に撮ってもらうのもなぁ……自撮りする?」
「あ、私いい方法知ってます! ちょっと準備しますね」
上手く話の流れに乗ってくれたハユルちゃんは、テキパキとカメラの準備を始めた。その後、俺たちの正面に軽い重力魔法でカメラを浮かせ、遠隔操作で写真を取れるようにしてくれた。流石、慣れているだけあって手際がいい。
「じゃあ撮りますね! はいチーズ!」
「いきなり!? ちよっと待っ」
俺の制止の声を完全にスルーして、パシャパシャとシャッターが数回切られる。ハユルちゃんがカメラを確認すると、その小さな画面には満面の笑みを浮かべたハユルちゃんと、鳩が豆鉄砲を食らったような素っ頓狂な驚き顔の俺が映っていた。
それを見たハユルちゃんは軽く吹き出し、俺は苦笑した。
「撮り直さない? 俺すごい変な顔してるんだけど……」
「ダメです。面白いので」
「さいですか……」
「それに、いつもの作り笑いより、こっちの方が素の九頭龍くんっぽくて好きなので」
ハユルちゃんのさり気ない言葉にギョッとする。俺が学園では基本的に作り笑いを浮かべていたことがバレていたのか。これでも顔を作ることに関しては、隠密部隊の第9師団長から直々に評価されていたのだが。
そんな俺の驚きがそのまま顔に出ていたのか、ハユルちゃんは呆れ半分といった様子の微笑で、
「これでも新聞部ですから。耳に頼らない人間観察も得意なんです。噂のこともあって転入したては緊張すると思いますけど、もっと気楽でいいんじゃないですか?」
「そういうもんかな?」
「ええ。九頭龍くんも、私も、お互いに。さっきそう教えてくれたのは九頭龍くんなんですよ?」
アドバイスしていたつもりが、どうやら無意識のうちに自分にも返ってきていたらしい。これは一本取られた、と肩をすくめていると、ハユルちゃんは写真を見て「えへへ……」と笑みを零していた。
「大切にしますね。私の宝物にします」
「宝物って、そんな大袈裟な」
「カメラマンにとっては写真の一枚一枚が宝物なんです。今日みたいな日は、特に。ふふふっ」
「そんなに俺の顔って面白い? 今度は顔芸の研究でもしてみるか……」
などと軽口を叩きながら、ハユルちゃんと一緒に帰路に着く。何はともあれ、こうして無事に帰ることができて本当に良かった。ハユルちゃんの過去の話を聞いた後だと、特にそう思う。
この子を守れて本当に良かった。
これからも、この笑顔を守っていかなければ。
やっと、やっと、やっと……再会できたから。
あの日の、あの人との、最期の約束を果たすのだ。
――どうか娘を……ハユルを、守ってくれないか
「……今度こそ約束を守るよ、先生」
朧げだった記憶の断片が。
最後のパズルのピースが。
やっと埋まった。やっと思い出した。
貴方を守ることはできなかった。
だから、今度は貴方の娘を守ると誓おう。
誰にも、彼女からも気付かれず、闇の中からひっそりと。
それが、この血塗れの人殺しに残された唯一の使命だから。
「ん? 今、何か言いましたか?」
「いや、何でもない。こっちの話。……それより明日の課題終わらせた? 今そのこと思い出して戦慄してるんだけど……あの、安浦様? ちょっとご相談がございまして」
「……見せませんよ?」
「そこを! そこを何とかぁぁぁ!!」
この子を守るために、俺はピエロになりきる。
この奇跡にも等しい偶然を、二度と手放さないために。
おどけた態度を見せながら、俺は静かにそう誓った――。
◇◇◇
――翌日。
昨日の事件の報告書とやり忘れていた課題に深夜まで追われていた俺は、完全に寝坊してしまった。目の下に隈を作りながら急いで身支度を終え、猛ダッシュで寮から教室を目指す。
幸い、ホームルームの3分ほど前に教室に到着。朝から疲れきったていた俺は、息を切らしながら教室の扉を開いた。
「はぁ、何とか間に合っ――」
「おはよう、九頭龍」
「お、おう……おはよう、磯野」
「田中だ」
そういやいたな、俺に挨拶してくれる数少ない知人が。相変わらず物好きな奴だ――と、俺が自分の席に向かおうとした直後だった。
「あ、九頭龍だ! おはよう!」
「おっはよー!」
「おう、ヒーローのお出ましじゃねえか!」
「今まで疑って悪かった! 見直したぜ!」
「!?」
どうした。何だコレは。ドッキリか。ドッキリに違いない。そうじゃなければ、俺が学園生活と聞いて夢見ていた光景が実現するなんて思えない。もしくは徹夜の影響による幻覚だ。
ついにぼっちが心苦しすぎて幻覚まで見るようになったか……と、遠い目をしていた時。ふと後ろから肩を叩かれた。
「よう兄弟、オレが補習でヒーヒー言ってる間にやってくれたみてえじゃねえか」
「……1日でとんだ人気者だな」
「お、おぉ。2人ともおはよう。こんな変な状況だと見慣れてるお前らの挨拶に安心する……ってジョージお前、なんでニヤニヤしてんの? キモッ」
「ふふん、まぁな。ようやく兄弟が日の目を見て嬉しくないワケがねえ。オレの鼻も高いってもんだぜ」
「は? どういう事だ? 朝から何なんだよもう……」
「……アレを見れば全部わかる」
変なテンションのジョージから平常運転の羽多野に目を向けると、羽多野は教室の後ろの方を指差した。
その指の先には、色々なビラやプリントが貼られている掲示板。その中に、先週は無かった紙が1枚だけ貼られていた。それをよく見てみると――
「学級新聞特別号? なになに? ……スクープ? 「ショッピングモール」、「テロリスト」……おいこれまさか」
「……『謎のテロリスト集団の制圧に、なんと噂の転入生が大貢献』ってな。そこら中、お前の話で持ちきりだとよ」
「良かったな! これで完全に不良のイメージは取っ払えたぞ!」
「えぇ……いくらなんでも情報早すぎない……?」
と、俺が頬を引きつらせている間にも、
「すげえなお前! オレじゃこんなのできねえよ!」
「何人も武装してる奴ぶっ倒したんだろ!? バシッと!」
「やっぱり振動魔法? あんな制御難しいのを実践で使えるなんて凄い……!」
「今まで九頭龍くんのこと勘違いしてたよ! お詫びの印に何か奢らせて!」
「また今度対戦しようぜ! 戦い方教えてくれよ!」
何だこの最高に恥ずかしい空間は。不良扱いするなとは思ったがここまでやれとは誰も言ってない。一通りの殺され方は経験してきたが、誉め殺しなんかを食らったのは初めてだ。
誰だこんな事をしたのは! こんな詳細な記事を書けるのは、昨日の全貌を知ってる人物じゃないと不可能だ。そして、その手段が新聞となれば……
「安浦さーん……? これはどういう事でしょうか……?」
「何の脚色もしてませんよ。嘘は一切書いてません」
「そういう問題じゃなくてね……?」
「ふふっ、称賛は素直に受け止めないとダメ……でしたっけ? 義務ですもんね?」
ハユルちゃんは今まで見たこともないような、悪戯っぽい含み笑いをしながらウインクをした。事件直後に全く同じ言葉でからかわれた意趣返しのつもりらしい。
これが勇気とやらを出したハユルちゃんの行動力か。勇気の方向性をだいぶ間違っている気がするが。
「は、はは……ち、違いないな……」
ようやく皆と打ち解けられる嬉しさと、誉め殺しにされた気恥ずかしさと、「ハユルちゃんが楽しそうだからもういいや……」という諦めが一気に押し寄せる。
まぁ、これはこれで悪い気はしない。もうしばらくは、この複雑な恥ずかしさに浸っているのもいいんじゃないだろうか。
何はともあれ、これでようやく監察官としてまともに仕事ができる。この長いようで短かった数日間で、色んな人と出会い、色んなことを発見し、色んなことを学んだ。
しかし、これはまだほんの序章でしかない。俺はこれから監察官として、もっと多くの「未知」と出会うのだ。そんな明るい未来に、気付けば俺は口元を緩ませていた。
俺の監察官任務は、まだ始まったばかりだ。




