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東京HYDRA 〜猛毒使いの不死身騎士〜  作者: 江戸川すし
1章『ぼっちの蛇王と臆病ウサギ』
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第9話『嘘を嫌う少女』

 佐伯が訪ねてきた日の翌朝。

 ホームルーム直前というだけあってほとんどの生徒が教室にいるが、相変わらず俺の周りは寂しいものだ。明らかに俺の近くだけ人がおらず、遠くの方で数人がチラチラとこちらを伺っているだけ。

 これでジョージと羽多野がいなかったら孤独感で潰れてしまうところだ。



「なぁ、周囲の視線が若干痛いのは気のせいか?」


「どう考えても昨日の体育だろ」


「だよなぁ……」


「……いや、そうとは限らないみたいだが」



 羽多野がぼそりと呟き、比較的近い距離にいた女子のグループの方を見やる。さっきから俺のことをチラ見している女子たちだ。

 俺は振動魔法を無詠唱でこっそり使用し、気付かれないように会話の内容を盗み聞きしてみた。



「聞いた? 昨日の転入生の話」


「ヤバイよね、アレ。やっぱ噂はホントだったんだって……」



 アレ、とは十中八九ジョージを一撃で倒した時のことだろう。

 半殺しの噂が一人歩きした結果、ちょっと強いだけでこうも悪く言われるのは心外だ。確かに俺も悪かった所はあったけれども――と思っていたが、



「体育で柳沢ぶっ倒したってのは……まぁ授業だからってことにできるけどねぇ」


「ねー……」



 話を聞く限り、どうやら体育のことではないらしい。とすると、また何かやらかしてしまっていただろうか?

 いや、昨日はそれ以外本当に何もしていない。疑われるような事もしていないはずだ。だったら何故こんなに恐れられているのだろうか?



「え? あたしそれ知らないかも。何かあったの?」


「ほら、転入生が不良集団を全滅させて舎弟にしたって話」


「!?」



 予想外の発言に驚いて思わずむせる。

 待て。待て待て待て。なんだその事実無根の悪質な噂は!? 全く身に覚えが無い! 何をどうしたらそんな噂が流れるんだ……!?



「なんか昼休みが終わった直後に、人目につかないとこでボロボロの不良が山積みになってるのを発見したとか」


「で、ちょうどその近くで転入生の目撃情報がいっぱいあったんだよね」



 思わず3人で顔を見合わせる。俺を含め3人とも心当たりがあった。昨日の昼休み、人目につかない場所、そして不良の山といえば……アレしかない。

 その犯人はメアリーだ。自分に差し向けられた不良どもを撃退した彼女の行動が、そのまま俺がやった事だと勘違いされているらしい。何たる理不尽……!



「でも、たまたまそこに居合わせたってパターンもあるんじゃないの?」


「ってあたしも思ったんだけどねー」


「昨日の晩、わざわざ転入生の部屋に入ってった奴がいたんだって。すごいデカい鬼みたいな、いかにもヤバい奴ですって感じの」


「うわ、それ絶対舎弟にしたパターンじゃん……」



 それを聞いて今度は頭を抱えた。そして、小声で「佐伯あの野郎……!」と呟く。何がコミュ力の怪物だ。学年が違ったらただのモンスターとしか思われてないじゃないか。

 昨日の「明日には何とかなってると思いますよ」ってのは何だったんだ。お前が悪化させてどうする!?



「どうすんのこれ……俺の知らないとこで俺の評判がヤバいんだけど……?」


「なかなかハードモードだな」


「……人の噂も七十五日。あと2ヶ月ちょいの辛抱だ」



 それじゃ俺は駄目なんだ。2ヶ月以上も監察官として実質行動不能なんてあり得ない。

 どうすればいい? 何か打てる手は無いか? 次々と脳内で策を巡らせるも、今の状態で下手な手を打とうものなら評判がさらに悪化してしまう。

 行動すれば悪化、行動せずとも悪化は避けられない。完全に手詰まりの状態だ。何か、何か策は無いか――





「あ、あの……それ本当は違うらしいですよ?」



 そんな時だった。今までそのグループに入っていなかった、少し舌足らずな声が聞こえてきたのは。

 俺は顔を上げ、会話していた女子グループの方を見る。するとそこには今まで姿の見えなかった、ミルク色の髪のうさ耳少女――ハユルちゃんの姿があった。



「えー? 何それどういうこと?」


「もしかして転入生の新情報? 早っ!

 さすが新聞部」


「あ、いえ、そんな大層なものじゃないんです。ただ、昨日の昼休みにちょうど九頭龍くんを見かけたので」


「へー、尾行調査的な?」


「ま、まぁそんなところです」



 嘘だろ、尾行されていたのか!?

 色々あったから周囲の警戒はしていたつもりだったのだが、全く気が付かなかった。まさかハユルちゃんがそこまでの尾行スキルを持っているとは、新聞部恐るべし。



「まず不良の山のことですけど、九頭龍くんは無関係です。柳沢くんと羽多野くんと3人でお昼を食べていましたし、そこから動いた様子はありませんでした」


「そうなの?」


「はい。イメージ改善の作戦? みたいなのを話し合ってたみたいで」


「ぶふっ!? あっはははははっ! うそマジ!? よりによってあの2人と!? 人選ミスすぎでしょ、ウケるんですけど!」



 さりげなく2人に同情の目を向ける。お前らが普段どんなキャラで、どんな扱いをされているかは何となくわかった。これが学年屈指のネタ枠か。



「不良を懲らしめたのはメア……ほかの不良生徒みたいです」


「へー。で、鬼の方は?」


「1-Cの佐伯くんですね。確かに見た目はちょっと怖いですけど、不良とは真逆のところにいるような優しい子ですよ? 私も何回か荷物を運ぶのを手伝ってもらったりしてますし」



 なんと。佐伯とハユルちゃんは交流があったのか。もしかして、佐伯がハユルちゃんに俺のことを口添えでもしたのだろうか?

 だとしたら、昨晩のあの言葉も納得できる。なぜわざわざ俺に露骨に怯えているハユルちゃんを選んだのかはわからないが。



「あ、佐伯って名前だけ聞いたことある。なんかあたしの妹が「すごくいい人」って言ってたような」


「そうなん? じゃあなんで九頭龍の部屋に行ったりなんかしてたんだろ?」


「それは……ちょっとわからないですけど、どっちにしても九頭龍くんは悪い人じゃないと思いますよ」


「へー……なんかよくわかんないけど、安浦ちゃんがそう言うならそうなのかな」


「安浦ちゃん、あのゴシップまみれの新聞部に入ってるのに嘘とか絶対つかないもんね」


「そ、そうですかね」



 と、曖昧な返事をしたハユルちゃんは、その女子グループからさりげなく抜け出して行った。

 かと思えば、今度はまた別のグループへと入っているのを発見する。そして、 再び俺の噂に関する誤解を解いているようだった。



「あの子は天使か……!?」



 いったい何故ハユルちゃんが、という疑問はあるが、それでも俺にとってはありがたい事この上なかった。

 まさかこちらから頼むまでもなく、彼女から進んでやってくれるなんて思いもしなかった。しかも、さり気なくメアリーの名前も伏せている。


 噂話をしているメンバーに応じて、少しずつ会話の切り口を変えているのも見事としか言いようがない。

 あのビビりのハユルちゃんからは考えられないほどの会話術だ。これも新聞部――さっき少し不穏な評判も聞こえたが――の部員だからこそ成せる技なのだろう。



「なんで安浦があんなことしてんだ? 九頭龍、お前なんか餌付けでもしたか?」


「いや、何も言ってない……というか今までずっと俺のこと避けてたのに」


「……一応、礼ついでに事情を聞いた方がいいかもな」



 羽多野の言う通りだ。今この学園で何がどうなっているのかわからない以上、こういった変化についてはきちんと原因を明確にしておいた方がいい。たとえ、それが俺にとってプラスに働くことでも。

 

 そんなことを考えながらハユルちゃんの奮闘をぼんやり眺めていると、突然ハユルちゃんと目が合ってしまった。

 少し驚きつつも笑いかけると、ハユルちゃんはしばし躊躇うように視線を泳がせてから、気まずそうに目を逸らしてしまった。




◇◇◇




 その日の昼休み。

 俺はジョージと羽多野の誘いを断り、ハユルちゃんを捜して学園内を歩き回っていた。昼休みになるなり失踪していたので、見つけるのに時間がかかりそうだと思っていたが――



「あの……それデマが混ざってるみたいなんですよ」



 思ったよりも近くにいた。

 相変わらず、例の噂話をしているところに入っては俺への誤解を訂正しているようだ。やはり天使。天使ではあるのだが……その真意はどうしても聞いておきたい。


 ちょうどフロアの端の人気の少ない廊下なので、ハユルちゃんに見つからないように曲がり角で待機する。

 そうこうしているうちにハユルちゃんは説得を終え、少し離れたところで深く深呼吸をしていた。どうやらかなり緊張していたようだ。何がそんなに彼女を駆り立てるのだろうか……?



「はぁ……何回やっても慣れないなぁ……」


「インタビューとかなら慣れてるんじゃないの?」


「いえ、そういうのとは勝手が違うといいますか……ってうわああぁぁっ!? くっ、くくくくく九頭龍くん!? いつからそこに!?」


「ハユ……安浦さんが説得し始めたあたりから」


「全部見てたんですか……!? そっ、そそそそれはっ、お、お恥ずかしいところを……っ」



 さっきまであれだけ勇気を振り絞っていたのに、俺と直接顔を合わせるとこのビビリっぷり。やはり、データ通りかなりのアガリ症のようだ。

 単に俺にビビっているだけというのは否定しない。



「え、えっと……その、私に何か御用でしたか?」


「用ってほどのことでもないんだけどね。あちこちで俺の噂を訂正してくれてるみたいだから、そのお礼にと思って」


「い、いえ! それはそのっ、私が好きでやってることですしお礼なんてそんな! だってこれは私が私のためにやってることで、九頭龍くんのためというよりは……あ、いえ九頭龍くんがどうでもいいという訳ではなくでございましてですね……っ!?」


「あー……うん、とりあえず落ち着こうか。ほら深呼吸、深呼吸」


「わ、わわわかりましたっ! ひ、ひーひーっ、ふぅーっ!」


「違う違うそれ産まれちゃうやつ」



 わざとじゃないのはわかってるが、これはまたベタなボケを。もしかすると思っていた以上に天然なのかもしれない。

 大丈夫かこの子。普通のコミュニーケーションを取るだけでも難易度が高いんだが。多分、俺限定だとは思うが。



「落ち着いた?」


「はいっ、もう大丈夫でひゅっ!」


「全然大丈夫そうじゃないけど、まぁいいや。改めまして、俺の誤解を解いてくれてありがとう。本当に助かってるよ」


「そ、それは……その、さっきも言いましたけど、半分くらいは……いえ、7割ぐらいは私自身のためでして……すみません」


「それは全然構わないんだけど……どういうこと?」



 焦らせたり、怖がらせたりしないように努めて話を進める。こちらが慎重にならなければ、向こうも警戒してしまうだろう。

 そんな想いが伝わったのか、ハユルちゃんは躊躇いながらもぽつぽつと事情を話し出してくれた。



「実は私、新聞記者を目指してるんです。新聞部に入ったのもその修行みたいなものでして。私、ほとんど取材用の諜報系魔法でここに入学しちゃうような取材オタクで……」


「諜報系の魔法だけで!? す、すごいな……しかも、こんなカオスな街で記者やるなんて並大抵な決意じゃできないよ」


「あ、ありがとうございます」



 実際、今のこの世界で情報関係の仕事に携わるなんて……特に新聞記者ともなると正気の沙汰ではないというほどの難易度だ。

 この物質界アガルタは、120年前に異界門ゲートが開く前と比較して情報量が何十倍、下手すれば何百倍にも膨れ上がっている。そんな中で正しい情報を拾い集めるのは至難の技だ。よっぽどの思い入れでも無い限り、とてもじゃないが割りに合わない。



「今回、九頭龍くんの噂に関与したのもその練習みたいなものでして……あとは度胸付けみたいなところもあります」


「あぁ、それで」



 確かに、ハユルちゃんは熱意こそ大したものだろうが、それに見合う度胸は無いだろう。危険に対して敏感なのはアルミラージを始めとする小動物系の魔物特有の本能だ。

 魔物の部分の本能に抗うには、人間の部分を強くするしかない。ハユルちゃんはそうやってメンタルの弱さを克服しようとしているのだろう。



「あれ? だったらますます俺に拘る意味が無いんじゃないの? 俺、安浦さんじゃなくても周りから敬遠されてる部外者だよ? そんな地雷にわざわざ突っ込まなくても……」


「それは……一言で言うなら、許せなかった(・・・・・・)からでしょうか」


「どういうこと?」



 言葉の意味が上手く掴みきれずに尋ねてみると、ハユルちゃんは頭頂部から伸びた2本の長い耳をぴょこぴょこと動かしながら答えた。



「私、アルミラージの魔人だから聴力がすごく発達してるんです。このフロアの人の心音ぐらいなら全員聞き取れるぐらいには」


「そ、それはまた……そこまで行くと異常発達って言ってもいいような……あ、ごめんね!? 悪く言うつもりは……」


「いえ、実際そうなんです。医師からもこの発達の仕方は異常だって言われてまして……小さい頃から私の耳は異常でした。心音から、その人が嘘をついているかどうか判断できるぐらいには」


「心音から嘘を、ねぇ……」



 昔の嘘発見器がそんな仕組みだったそうだ。ハユルちゃんはそれに加えて、今までの経験からも何となくわかってしまうのだろう。

 もしかすると、彼女の臆病さは幼い頃から他人の嘘に晒され続けていた影響なのかもしれない。人間不信になってもおかしくはないはずだ。



「九頭龍くんの噂をしている人たちからは「嘘の音」がしなかったので、本心からその噂を信じ込んでいました。だから私もそう思い込んでたんですけど……実際に九頭龍くんに会ってみて疑問に思ったんです。この人は本当にそんな人なのかな、って……」


「俺、何かしたっけ……? 余所見してぶつかったのは俺の方だし、悪いのはむしろ俺の方だったと思うんだけど……」


「いえ、あれはあんなスピードで走ってた私のせいですし……それに私知ってるんですよ。私とぶつかった時に九頭龍の骨が大量に折れてたってこと。確かにボキボキッ、って音を聞きました」


「え、あ、いやぁ……そのあとピンピンしてたし、聞き間違いなんじゃないかな……?」


「そんなはずありません。音に限っては、私が書き間違えることはないって自負してます。……それに、今の九頭龍くんから嘘の心音がしました」


「ぐっ」



 普段はあんなにビクビクしてるのに、自分の聴力については絶対の自信があるようだ。ハユルちゃんの聴力が桁外れなのは彼女自身もわかっているだろうし、自信というよりは確固たる事実として受け止めているようだが。

 しかし、そういう事か。ハユルちゃんがあの時に驚いていたのは。どう考えても骨が折れまくってるはずの奴が、次の瞬間には無傷だったらそりゃ驚きもするだろう。



「重症だったはずですし、もし魔人の体質か何かですぐ治ったとしても激痛はあったはずです。それなのに九頭龍くんは何でもないように笑って許してくれて……なのに私は逃げ出しました。だから、自分が自分で許せなくて……」


「いやいや! そんなに気負わなくてもいいって! 確かに痛かったのは事実だけど、そこまででもなかったしね。あんなんいつもの事だよ。だから安浦さんが無理することは……」


「それじゃダメなんですっ!」



 さっきまで震え声だったハユルちゃんが、いきなり声のトーンを上げて反論する。その変わりように少し驚いた。

 そして、そのままハユルちゃんはまくし立てるようにして自分の感情を吐露した。



「私は私が許せません。それと同じくらい、身も蓋も無い嘘で九頭龍くんが悪く言われてる現状が許せないんですっ! そんなのは……そんな嘘は絶対に許せません!」


「そ、そんなに嘘とか噂とかが嫌い?」


「はい。記者の中には真実を捻じ曲げて客引きの道具にしたり、真実そのものを無かったことにする人もいます。私はそんな人には絶対になりたくありません。記者たる者、ちゃんと真実を伝えるべきなんです。……たとえ、それが良くない結果につながるとしても」



 今のハユルちゃんは、あの話しかけるだけで大慌てしていた臆病な少女と同一人物とは思えない。

 幼い頃から周囲の汚い嘘に晒され続けた彼女だからこそ、そういった事について思うところがあるのだろうか。とにかく「真実を公表すること」に対して並々ならぬ拘りがあるのはわかった。



「……はっ!? ご、ごごごごめんなさい! なんか急に偉そうなことを口走ってしまって……!」


「気にしないで。安浦さんの志は立派だと思うし、そんな安浦さんが俺に尽力してくれるならすごく心強いよ。ありがとう」


「そ、そんな大したことじゃないですって! ……で、でも、ちょっとだけ気が楽になった……ような気もします!」



 ハユルちゃんは今までよりもスッキリしたような表情をしていた。今まで言いたかった事をやっと吐き出せた、といった感じだ。



「もしかして、今まであんまり人には話せないことだった?」


「それもそうなんですけど……もし九頭龍くんが怖い人だったらどうしようって、心の端ではまだ思っちゃってましたので……ごめんなさいっ!」


「ま、それがアルミラージの本能だしね。気にしなくていいよ」


「……ありがとうございます。やっぱり九頭龍くんはいい人です。こうして話してみて確信できました」


「そりゃまたどうして? もしかすると、俺が嘘ついてるかもしんないよ?」


「それは……記者のカンですっ」



 要領を得ないような、それでいて何となく納得してしまうような……それで本人が納得しているのなら、それはそれでいいか。

 その後、ハユルちゃんは「やる気が出てきたので、また行ってきます!」と元気に飛び出していった。また誰かに激突しなければいいが。


 しかし、思っても見なかった好展開だ。

 これで状況が好転すればかなりありがたい。俺は確かな手応えを感じながら、その場を後にした。




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