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推しが隣人でした  作者: はるかかなえ


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7/10

第7話 第7話 顔合わせ

翌週。


会議当日。


京子は朝から機嫌が悪かった。


「行きたくない……」


大型案件。


利用部門との顔合わせ。


要望が増える。


予算は減る。


納期は短くなる。


経験上わかっている。


「絶対無茶言われる」


後ろから鉄雄が笑った。


「京さん顔死んでます」


「知ってる」


「頑張ってください」


「鉄…代わりに行って~」


「無理です」


即答だった。



会議室。


既に各部署の担当者が集まっていた。


法務。


広報。


セキュリティ。


システム管理。


芸能事業部。


京子は資料を並べる。


プロジェクトリーダーとして。


今日から正式スタートだった。


「では定刻になりましたので始めます」


真紀が会議を進行する。


「利用部門側代表をご紹介します」


ドアが開く。


「失礼します」


聞き覚えのある声だった。


京子が顔を上げる。


固まった。


「え?」


入ってきたのは。


青木駿だった。


青木も止まる。


「え?」


数秒。


沈黙。


全員が二人を見る。


「お知り合いですか?」


若手担当者が聞いた。


京子が先に復活する。


「あー……」


「同じアパートです」


青木も頷く。


「同じアパートです」


会議室がざわつく。


「そんな偶然ある?」


「あります?」


「漫画みたいですね」


真紀が吹き出した。


「京子」


「何」


「世間狭くない?」


「私に言わないで~」


京子は頭を抱えた。



会議が始まる。


だが。


始まった途端。


京子の目つきが変わった。


仕事モードだった。


「まず運用要件を確認します」


プロジェクターが切り替わる。


「禁止ワード辞書は事業部管理ですか?」


青木が答える。


「最終決定は広報部です」


「承認経路は?」


「担当マネージャー」


「緊急停止権限は?」


「役員まで含みます」


「二十四時間運用が前提ですね」


「その想定です」


会話のテンポが速い。


周囲の担当者が必死にメモを取る。


青木は少し驚いていた。


いつもの共有スペースでは。


「おはようございますー!」


「ジャム食べます?」


そんな人だった。


だが今は違う。


質問が鋭い。


視点が広い。


抜け漏れを見逃さない。


真紀がニヤニヤしている。


知っているからだ。


これが本来の上杉京子。


仕事中の姿。


一時間後。


会議が終わった。


参加者達が帰っていく。


青木は資料を片付けながら呟いた。


「すごいですね」


京子が顔を上げる。


「何がです?」


「上杉さん」


京子は首を傾げた。


「普通ですよ」


「普通じゃないですよ」


青木は苦笑した。


「今日それを実感しました」


京子は照れくさそうに笑う。


「ただのSEです」


「いや」


青木は思った。


ただのSEではない。


誰かを守るための仕組みを作る人。


それが上杉京子だった。



参加者が帰り始める。


会議室には、


京子。


真紀。


青木。


数人の担当者だけが残っていた。


京子は資料を片付けながら言う。


「では要件整理版作って来週持ってきます」


「よろしくお願いします」


青木が頭を下げる。


「大変そうですね」


「まぁ大型案件ですから」


京子は苦笑した。


「でも面白そうなので」


そう言って資料を抱える。


「じゃあ失礼します」


会議室を出ようとした。


その時。


真紀がぼそっと呟いた。


「京子まだ気付かない(笑)」


青木が振り返る。


「え?」


真紀が吹き出した。


「いや」


「本当に気付いてないんだなと思って」


「何をです?」


青木が首を傾げる。


真紀は笑いを堪えながら答えた。


「京子」


「はい?」


当の本人はまだ資料を整理している。


「あなた今誰と打ち合わせしたか分かってる?」


「利用部門の青木さん」


即答だった。


真紀が天井を見上げた。


「あはははは!」


ついに笑い出した。


「駄目だこの人」


青木も少し笑う。


「上杉さん」


「はい?」


「私の会社知ってますよね?」


「もちろん」


「芸能事業グループですよね」


「そうです」


「マネージャーですよね」


「そうです」


そこまで言って。


京子が止まった。


数秒。


沈黙。


真紀がニヤニヤしている。


青木も何となく察した。


そして。


京子の目がゆっくり開く。


「……え?」


「はい」


青木が頷く。


「もしかして」


「はい」


「ミックス?」


「はい」


会議室が静かになった。


京子。


完全停止。


「……」


「……」


「……」


真紀は腹を抱えていた。


「あはははは!」


「やっと繋がった!」


京子は真っ白になる。


脳内で情報が整理されていく。


四〇一号室。


青木。


マネージャー。


ミックス。


推し。


毎朝会う。


ジャム。


共有スペース。


全部繋がった。


「えええええええええええ!?」


会議室に悲鳴が響いた。


青木が思わず笑う。


「気付いてなかったんですか」


「だって!」


京子は真っ赤になった。


「マネージャーさんって聞いてましたけど!」


「はい」


「芸能関係って聞いてましたけど!」


「はい」


「まさかミックスとは思わないじゃないですか!!」


真紀が椅子を叩いて笑う。


「だから言ったのに!」


「言ってません!」


「匂わせた!」


「分かるか!」


青木まで吹き出した。


こんなに取り乱した京子を初めて見た。


普段は冷静。


仕事では完璧。


後輩の憧れ。


大型案件のリーダー。


その人が今。


顔を真っ赤にしている。


真紀が追撃する。


「ちなみに」


「何」


嫌な予感しかしない。


真紀がニヤニヤしている。


「京子」


「何」


「ファンクラブ歴何年?」


青木が固まる。


「え?」


真紀はあっさり言った。


「結成当時から八年」


「真紀ぃぃぃ!!」


「ライブ全通未遂三回」


「やめろぉぉぉ!!」


「年遠征五回」


「やめなさい!」


京子が机に突っ伏した。


青木が目を丸くする。


「そんなに長く応援してくれてるんですか」


「違います」


「違わないですよね?」


「違わないです……」


消えたい。


今すぐ消えたい。


京子は頭を抱えた。


しかし。


その時だった。


ふと。


ある違和感が頭をよぎる。


待て。


ミックスのマネージャー。


青木駿。


美都乃荘。


四〇一号室。


…………。


「え?」


青木を見る。


「え?」


青木も首を傾げる。


京子の脳内で点と点が繋がり始める。


ミックス。


青木駿。


四〇一号室。


青木。


四〇一号室。


……あれ?


「あの」


「はい?」


青木が答える。


「青木さん」


「はい」


「ミックスのマネージャー?」


「そうです」


「今まで?」


「ずっとです」


京子が固まる。


脳内で何かが爆発した。


待って。


待って待って待って。


美都乃荘の住人。


いや。


待て。


牧田さん。


林さん。


徳永さん。


如月さん。


…………。


…………。


…………。


「え?」


真紀が吹き出した。


来た。


繋がった。


京子の目が見開かれる。


牧田学。


林蘭。


徳永大地。


如月健斗。


四〇一号室の住人青木駿。


マネージャー。


ミックス。


ミックス。


ミックス。


ミックス。


「え?」


青木がちょっと心配になる。


「上杉さん?」


京子の顔色が変わっていく。


青ざめる。


赤くなる。


真っ白になる。


そして。


「え」


誰も動かない。


「え?」


真紀だけが笑いを堪えている。


「え??」


周囲が見守る。


そしてついに。


「EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!」


会議室が震えた。


青木はびくっとした。


「嘘でしょ!?」


京子が立ち上がる。


「牧田さん!?」


「はい」


「林さん!?」


「はい」


「徳永さん!?」


「はい」


「如月さん!?」


「はい」


青木が苦笑する。


「全員ミックスです」


京子。


完全停止。


「…………」


「…………」


「…………」


真紀が耐えきれなかった。


「ぶふっ!」


「真紀ぃぃぃ!!」


「だって!」


「毎日会ってたじゃん!」


「だって普通思わない!」


「美都乃荘に推しが住んでるとか普通思わない!」


青木が思わず笑う。


たしかに。


それはそうだ。


京子は両手で顔を覆った。


京子は両手で顔を覆った。


思い返せば。


共有スペース。


朝の挨拶。


ジャムのお裾分け。


宅配便。


ゴミ出し。


管理人代行。


全部。


全部。


推しだった。


「終わった……」


京子が呟く。


「何がです?」


青木が聞く。


京子は机に突っ伏したまま答える。


「私の平穏な推し活人生が……」


「はい?」


「めちゃ推しに推し活してたわぁ~……」


会議室が静かになる。


一秒。


二秒。


真紀が吹き出した。


「ぶはっ!!」


青木も耐えられない。


「すみません」


「いやだって!」


京子が顔を上げる。


真っ赤だった。


「私!」


「はい」


「普通のファンでいたかったんです!」


「はい」


「遠くから応援して!」


「はい」


「ライブ行って!」


「はい」


「尊いぃぃぃぃって帰るだけだったのに!」


「はい」


「なんで同じアパートなんですかあぁぁぁ!!」


会議室が爆笑に包まれた。


真紀は涙を流して笑っていた。


「ごめん!」


「全然ごめんと思ってない!」


「思ってない!」


「認めるな!」


さらに笑いが起きる。


そんな中。


青木は少し考えていた。


会議中の京子。


冷静。


論理的。


仕事ができる。


隙がない。


だが今は違う。


感情が全部顔に出ている。


まるで別人だった。


「上杉さん」


「はい……」


魂が抜けた返事だった。


「ありがとうございます」


京子が顔を上げる。


「え?」


青木は少しだけ笑った。


「八年間」


京子が固まる。


「応援してくれて」


停止。


完全停止。


「…………」


「…………」


「…………」


真紀がまた笑い出す。


京子の耳まで真っ赤だった。


「やめてください」


「本心ですよ」


青木は穏やかに言った。


「ファンの方がいるから活動できるので」


京子は視線を逸らした。


だめだ。


無理だ。


推しの関係者から直接感謝された。


今日はもう仕事にならない。


会議室を出た後。


京子は机に突っ伏したまま動けなかった。


「帰りたい……」


真紀が笑う。


「帰れば?定時過ぎてるよ~」


「帰りたくない……」


「どっち」


「帰りたいけど帰りたくない……」


真紀がまた笑った。


「意味分かんない」


「分かるでしょ!めちゃ推しに推しの事熱く語って推し活してたんだよ!!私!!」


京子は頭を抱える。


真紀が耐えきれなかった。


「ぶふっ!やばい推しに語るって(笑)」


「真紀ぃぃぃ!!」


「だって~(笑)」


推しがいた。


同じアパートに。


しかも何か月も。


毎日会っていた。


もう顔を合わせられない。


でも会いたい。


ファン心理は複雑だった。



一方その頃。


青木は一足先に会社を出ていた。


電車に揺られ。


美都乃荘へ帰宅する。


エントランスホールの指紋セキュリティを通してドアが開く。


「ただいまー」


すると。


共有スペースには。


学。


蘭。


大地。


健斗。


全員集合していた。


「おかえり」


「会議どうでした?」


「無茶言われました?」


「システムの人怖かった?」


質問が飛ぶ。


青木は少し考えた。


そして。


ニヤッと笑う。


「面白かった」


全員首を傾げる。


「何が?」


学が聞く。


青木はバッグを置いた。


「今日の会議」


「うん」


「プロジェクトリーダー」


「うん」


「上杉さんだった」


数秒。


沈黙。


「え?」


「は?」


「え?」


「え?」


全員固まる。


蘭が真っ先に叫んだ。


「上杉さん!?」


「四〇二号室!?」


「管理人代行の!?」


「ジャムの人!?」


「それそれ」


青木が笑う。


全員フリーズした。


「嘘でしょ」


学が呟く。


「マジ」


「世間狭すぎでは」


「俺もそう思った」


大地が笑う。


「漫画かよ」


「俺もそう思った」


青木は二度目を言った。


そして。


青木は爆弾を投下した。


「あと」


「あと?」


全員が見る。


「今日」


「うん」


「皆がミックスだってバレた」


沈黙。


三秒。


四秒。


五秒。


「ええええええええええええええ!!!」


エントランスが揺れた。


健斗が立ち上がる。


「なんで!?」


蘭も立ち上がる。


「どうして!?」


学も慌てる。


「隠してなかった!?」


青木は肩をすくめた。


「俺がミックスのマネージャーだと気付いた」


「あー」


「そこから全部繋がった」


「あー……」


全員理解した。


確かに。


気付く。


絶対気付く。


青木は笑いを堪えながら続けた。


「ちなみに」


「何?」


「上杉さん」


「うん」


「固まった」


「分かる」


「叫んだ」


「分かる」


「顔真っ赤だった」


「分かる」


全員頷く。


容易に想像できた。


「あと」


青木がニヤリと笑う。


「ファンクラブ八年」


「え?」


「結成当時から」


全員が固まった。


「ガチ勢じゃん」


「ガチ勢だな」


「超古参じゃん」


「古参だった」


青木は頷く。


「ライブ全通未遂三回らしい」


「強い」


「めちゃくちゃ強い」


「本物だ」


全員一致だった。


その時。


自動ドアが開いた。


カラン。


全員が振り向く。


そこにいたのは。


上杉京子。


「ただいまですー……」


言いながら入ってくる。


そして。


エントランスにいる全員を見る。


ミックス。


全員。


勢揃い。


京子。


停止。


「…………」


牧田達。


「…………」


青木。


「おかえりなさい」


京子。


ゆっくり後ろを向いた。


会社に帰ろうとした。


「待ってください」


学が慌てた。


「出かけないでください」


「無理です」


京子はその場でしゃがみ込む。


「もう無理……」


「そんなにですか?」


蘭が苦笑する。


京子は顔を覆ったまま答えた。


「そんなにです」


「だって私……」


全員が聞く。


「推しに」


「はい」


「推しを」


「はい」


「二時間語りました」


沈黙。


全員。


「あー……」


納得した。


京子は続ける。


「ライブがどれだけ神だったとか」


「はい」


「学さんの歌声が最高だとか」


学が固まる。


「蘭さんのダンスが芸術だとか」


蘭が目を逸らす。


「大地さんのバラエティ能力が天才だとか」


大地が吹き出す。


「健斗さんのファンサが命を救うとか」


健斗が真っ赤になる。


「全部語ったんです!!」


エントランスが静まり返った。


青木だけが肩を震わせている。


「しかも」


京子はさらに追撃した。


「推し会だと思ってました」


「はい」


「まさか本人達とマネージャーに」


「はい」


「本人達の話を」


「はい」


「二時間も熱弁してたんです!!」


沈黙。


三秒。


四秒。


五秒。


大地が限界だった。


「ははははははは!!」


そこで全員崩壊した。


学まで笑っている。


蘭も肩を震わせている。


健斗は腹を抱えている。


青木は手で口を押さえていた。


「すみません」


「謝るなら笑わないでください!」


「無理です」


即答だった。


京子は天を仰いだ。


終わった。


社畜人生も。


推し活人生も。


終わった。


そう思った。


だが。


学が笑いながら言った。


「俺達は嬉しいですけどね」


京子が止まる。


「え?気持ち悪くないですか??」


蘭も頷く。


「そこまで応援してくれてる人が近くにいたなんて」


大地が笑う。


「しかも毎日会ってたし」


健斗も笑顔だった。


「ファンやめないでくださいね」


京子。


完全停止。


「尊いぃぃぃぃぃ!!」


再びエントランスに笑い声が響いた。


こうして。


上杉京子の平穏な推し活生活は。


完全に終わった。


そして。


推しに推しを二時間語り続けた伝説だけが。


美都乃荘に残ったのであった。


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