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推しが隣人でした  作者: はるかかなえ


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第5話 お仕事

二月中旬。


年度末案件が本格化していた。


現在の状態。


社畜。


「上杉さん」


後輩が泣きそうな顔でやってくる。


「バッチ止まりました」


「何時から?」


「二十分前です」


「なんで今言うの!?」


「怖くて……」


「先に言いなさい!」


京子がノートPCを開く。


ログを見る。


設定を見る。


SQLを見る。


サーバーを見る。


三十秒後。


「ああ」


「分かりました?」


「分かった」


カチカチ。


カチカチ。


エンター。


復旧。


「動いた」


後輩が固まる。


「え?」


「参照先テーブル変わってる」


「それだけ?」


「それだけ」


周囲がざわつく。


「早っ」


「神かよ」


「上杉さんまたやった」


京子は眠そうにコーヒーを飲んだ。


「経験」


それだけだった。


二十年以上。


現場で戦ってきた。


炎上案件。


夜間障害。


データ破損。


仕様変更。


無茶振り。


全部乗り越えてきた。


午後。


会議室。


年度末進捗報告会議。


京子も出席していた。


部門長。


課長。


マネージャー。


各部署の責任者。


いつもの面倒な会議だった。


そこで。


別部門の部長が言った。


「上杉さん」


「はい」


「女性は大変ですよね」


嫌な予感がした。


「仕事ばかりでは」


会議室が静かになる。


「子供も産めませんしね」


空気が凍った。


京子も固まる。


部長は気付かない。


「会社としては生産性という点で考えると」


誰も喋れなかった。


「家庭も持ってないし」


京子の顔から笑顔が消えた。


「生産性って意味ではどうなんでしょうね」


沈黙。


会議はそのまま終わった。


誰も何も言えなかった。


夕方。


京子は給湯室にいた。


コーヒーを見つめる。


何となく。


心が重かった。


今まで言われたことが無いわけではない。


結婚。


独身。


子供。


年齢。


四十代女性なら一度は受ける話題だ。


理解している。


理解しているけど。


痛くないわけじゃない。


「生産性か……」


ぽつりと呟く。


その時。


後輩達が入ってきた。


「あ」


全員気付く。


落ち込んでいる。


珍しい。


後輩たちは顔を見合わせた。


そして一人が言った。


「上杉さん」


「なに?」


「今日も助かりました」


「え?」


「バッチ復旧」


別の後輩も頷く。


「先月の障害も」


「研修資料も」


「レビューも」


「設計相談も」


気付けば増えていく。


「上杉さんいなかったら終わってました」


「ですね」


「確実に炎上してました」


「私もう辞めてました」


「俺も」


京子が瞬きをする。


後輩達は真顔だった。


冗談ではない。


本気だった。


「だから」


後輩が言った。


「生産性めちゃくちゃありますよ」


京子の目が少し潤む。


「何それ」


「会社への貢献度で言ったら化け物です」


「ひどい言い方」


思わず笑った。


久しぶりに。


自然に笑った。


「ありがと!大丈夫だよ」



その夜。


美都乃荘。


管理人ゆきさんの代わりに京子は共有スペースでノートPCを開いていた。


難しい画面。


プログラム。


設計書。


データベース図。


そこへ。


牧田たちが帰ってくる。


「こんばんは~ゆきさんいないんですかぁ?」


「おかえりなさい~うん少し出てます(笑)代わりに私が管理人です!」


京子は笑った。


だが。


疲れている。


それくらいは分かった。


何気なく画面を見る。


青木が止まる。


「え?」


「どうしました?」


「これ」


画面には複雑なシステム構成図。


青木は理解できない。


だが。


異常に難しいことだけは分かる。


「仕事ですか?」


「はい」


京子が笑う。


「月末でして納期期限迫ってます(笑)」


「大変そうですね」


「まぁいつものことです。このコードは一般的なコードなのでコンプライアンス違反にはならないので持ち帰りです(笑)」


さらっと言う。


その言葉の裏に。


何年も積み重ねた経験があることを。


彼らはまだ知らない。


推し活で騒ぐ隣人。


上杉ファームの娘。


少し変わったアラフィフ女性。


そう思っていた。


だが。


今日初めて気付いた。


上杉京子は。


誰かを支えながら生きている人だった。


実家も。


会社も。


そして。


たぶん。


周囲が思っているよりずっと強い人なのだと。


学らは帰り際思う。


「凄いな!」


そして共有スペースでノートPCを開いている京子の姿を見て。


「カッコいいな」


五人は思うがその言葉は。京子には届かない。



翌日。


会社。


午前十時。


開発フロア。


「上杉さん!」


後輩がまた走ってきた。


「助けてください!」


「今度は何?」


「テスト環境が起動しません!」


「ログ見た?」


「見ました!」


「エラー番号は?」


「分かりません!」


「まずそこから!」


フロア中に笑いが起きる。


京子は席を立った。


後輩のパソコンを見る。


画面を一秒。


ログを二秒。


設定ファイルを三秒。


「はい原因これ」


「えっ?」


「ポート競合」


「えっ?」


「昨日インストールしたツールが使ってる」


「えっ?」


数クリック。


復旧。


「動いた……」


後輩が青ざめる。


「なんで分かるんですか」


「去年もやった」


「去年も!?」


「三回くらい」


周囲が笑う。


「上杉さん人間ナレッジベースだから」


「検索エンジンより早い」


「社内GPT」


「失礼ね」


京子はコーヒーを飲んだ。


しかし。


本当にそうだった。


設計。


開発。


DB。


ネットワーク。


運用。


保守。


障害対応。


どこに投げても最低限こなせる。


若い頃。


毎日終電。


毎日勉強。


休日も検証環境。


そんな時代を二十年以上続けてきた。。。


昼過ぎ。


「上杉さん」


また後輩だった。


今度は女性社員。


「レビューお願いできますか」


「いいよ」


設計書を見る。


ページ数百二十。


普通なら半日。


京子はページをめくる。


そして。


「八ページ目」


「はい」


「ここ矛盾」


「え?」


「二十三ページ目と仕様違う」


「え?」


「五十四ページ目も」


「えっ!?」


「九十七ページ目も」


「なんでそんな早く見つかるんですか!」


周囲から拍手が起きる。


「やっぱ京は化け物だ」


「違います」


「妖怪レビュー婆です」


「自分で言うな!京が婆って言ったら俺爺やんか!!」


爆笑だった。


定時後。


突然フロアがざわつく。


「えっ」


「黒木さん?」


「久しぶりじゃない?」


エレベーターホールから現れたのは、


グループ会社のゼネラルマネージャー。


真紀だった。


スーツ姿。


四十代後半。


仕事のできる女性特有の空気をまとっている。


真紀はフロアを見回し、


ある人物を発見した。


「あー!」


大きな声が響く。


「京子ー!!」


全員が固まる。


京子も固まった。


「真紀!?」


次の瞬間。


「何年ぶり!?」


「何年だろ!」


同期だった。


フロアがざわつく。


「同期!?」


「あの真紀さんと!?」


「マジで?」


後輩達が驚く。


真紀は京子の席へやってくる。


「相変わらず社畜やってる?」


「お互い様でしょ」


「私は管理職だから」


「私は現場だから」


二人とも笑う。


気心が知れていた。


新人研修。


炎上案件。


徹夜。


始発帰宅。


全部一緒に経験した仲だった。


真紀は周囲を見た。


「ねえ」


「何?」


「この人まだレビューやってるの?」


「やってます」


後輩達が即答した。


「障害対応も」


「設計も」


「教育も」


「研修も」


真紀が盛大なため息を吐く。


「変わってないなぁもっと要領よくやりなよ~京子ならすぐ管理職だよ!」


京子は苦笑した。


すると。


真紀が後輩達に向き直る。


「ちなみに」


全員注目する。


「この人」


京子を指差した。


「新人の頃からこうだから」


「え?」


「入社一年目で開発チーム潰れそうなの立て直してた」


「え?」


「二十代で炎上プロジェクト五本消火」


「え?」


「三十代で社内研修の教材作った」


後輩達が静かになる。


「今みんなが使ってる研修資料」


真紀が笑う。


「あれ作った子」


フロアが凍った。


「は?」


「マジですか」


「伝説の資料じゃん」


「新人は全員見るやつ」


京子は小さくなった。


「やめて」


真紀は笑う。


「だからね」


少し真面目な顔になる。


「この人、自分じゃ大したことないって言うけど」


後輩達を見る。


「ちゃんと凄い人だから」


静かな声だった。


京子は視線を逸らした。


昨日言われた言葉。


『生産性』


少しだけ心に刺さった言葉。


だけど今。


周りを見る。


後輩達。


同期。


仲間。


みんな笑っていた。


「上杉さん」


後輩が言う。


「やっぱり化け物ですね」


「だからその言い方!鉄!あんたが毎回言うから!!」


「え?俺のせい?化け物なのは京ですよね??」


フロアが大爆笑に包まれた。


フロアの笑いがようやく落ち着いた頃。


真紀はふと気づいた。


「ところで」


「ん?」


京子が顔を上げる。


「なんか今日元気なくない?」


京子が固まる。


後輩たちも固まる。


真紀は昔から勘が鋭かった。


「何かあった?」


「別に?」


「嘘」


即答だった。


京子は苦笑する。


「何もないよ」


すると後ろから声が飛んだ。


「あります」


全員が振り返る。


久瑠 鉄雄だった。


「おい!」


京子が慌てる。


「鉄!」


「だって腹立つんですもん」


後輩たちも頷く。


「そうですよ」


「言ってくださいよ」


「黒木さん聞いてください」


真紀の顔から笑みが消えた。


「何があったの」


後輩たちは顔を見合わせる。


そして。


今日の会議の話をした。


別部門部長。


女性は大変。


子供も産めませんしね。


家庭も持ってないし。


生産性。


その言葉を。


全部。


真紀へ伝えた。


フロアが静まり返る。


真紀は黙って聞いていた。


表情が無い。


京子だけが知っている。


この顔。


一番危ない。


そして。


「は?」


静かな声だった。


全員が震えた。


「誰?」


「え?」


「どこの部長?」


後輩たちが顔を見合わせる。


「マーケティング部の佐々木部長」


名前を聞いた瞬間。


真紀が椅子から立ち上がった。


「ふざけてんの?」


フロア全員が硬直した。


京子が慌てる。


「真紀」


「いやいやいや」


真紀は止まらない。


「何それ」


「令和だよ?」


「何年前の価値観?」


どんどん声が低くなる。


「生産性?」


笑った。


全く笑っていない。


「京子一人で何人育てたと思ってるの?」


後輩たちが頷きまくる。


「本当にそうです」


「私達、京子さんに育てられました」


「今も育てられてます」


真紀は机を指差した。


「新人研修資料誰が作ったと思ってんの?」


「京子さんです」


「障害対応の最終防衛ライン誰?」


「京子さんです」


「若手の相談窓口誰?」


「京子さんです」


「炎上案件沈める人誰?」


「京子さんです」


「生産性の塊じゃん」


全員一致。


京子が頭を抱える。


「やめて」


だが真紀は止まらなかった。


「そもそもね」


フロア中を見る。


「人間の価値を子供産んだかどうかで測る時点でアウトだから」


静かだった。


だけど重かった。


「生産性なんて数字だけじゃない」


真紀は京子を見る。


「人を育てるのも」


「知識を残すのも」


「会社を支えるのも」


「誰かを助けるのも」


「全部価値なの」


京子は目を伏せた。


真紀は昔からそうだった。


理不尽が嫌いだった。


そして仲間が傷つけられるのをもっと嫌う。


「京子」


「なに」


「私が言う」


真紀は真っ直ぐ言った。


「同期のお前は凄い」


フロアが静かになる。


「新人の頃からずっと見てきた」


「誰より働いて」


「誰より勉強して」


「誰より人を助けてきた」


「だから」


真紀は笑った。


「そんなバカの言葉で落ち込むな」


京子の目が少し潤む。


「……うん」


「返事小さい」


「うん!」


真紀が満足そうに頷く。


すると鉄雄が手を挙げた。


「じゃあ京さんは化け物認定でいいですか?」


「ダメ」


即答だった。


「でも人類卒業してますよね?」


「してない」


「伝説ですよね?」


「違う」


「社内七不思議の一つですよね?」


「どんな七不思議よ!」


フロアが爆笑に包まれる。


真紀も笑った。


後輩たちも笑った。


そして京子も。


昨日の会議の後ではできなかった笑顔を、


ようやく見せることができた。


その日。


上杉京子は少しだけ思った。


生産性なんて言葉に傷ついたけれど。


目の前には。


一緒に働いてきた同期がいて。


支えてきた後輩たちがいて。


そんな人たちがいるなら。


まだ頑張れるかもしれない。


そう思えたのだった。

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