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推しが隣人でした  作者: はるかかなえ


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3/10

第3話 推しは誰ですか?

年が明けた。


一月三日。


珍しく京子は予定のない休日だった。


仕事始めはまだ先。


障害対応の呼び出しもない。


年末ライブの余韻に浸りながら年末の紅白出演の「ミックス」と一緒に過ごせる、貴重な連休である。


午前十時。


美都乃荘一階の共有スペース。


窓から柔らかな冬の日差しが差し込んでいた。


管理人のおばちゃんは受付で新聞を読んでいる。


その前のテーブルには、


なぜか大量のグッズが並んでいた。


犯人はもちろん京子である。


「ゆきさん!明けましておめでとうございます。今日から出勤ですよね!!」


京子は目を輝かせていた。


「見て下さい。これ年末ライブ限定パンフレットなんです!」


管理人は苦笑する。


「(笑)凄いねぇ~」


テーブルの上には宝物が並んでいる。


限定パンフレット。


アクリルスタンド。


写真セット。


ライブタオル。


ペンライト。


キーホルダー。


そして額に入れられたライブチケット。


「額に入れてるの!?」


管理人が驚く。


「当然です!」


京子は即答した。


「神席ですよ!?」


管理人はもう慣れていた。


このアパート一番の推し活住人である。


そこへ。


エントランスホールの自動ドアが開いた。


入ってきたのは、


牧田。


林。


徳永。


如月。


青木。


いつもの顔ぶれだった。


「おはようございます!」


京子が元気よく手を振る。


五人は笑顔で応じる。


しかし。


テーブルの上を見た瞬間。


牧田が小さく呟いた。


「今日もすごいな……」


そこには自分たちのグッズが山のように並んでいた。


本人としては何とも言えない気分である。


「年末ライブの戦利品を見せてもらってたんですよ」


管理人が説明する。


「へぇ」


徳永が覗き込む。


「たくさんありますね」


その瞬間。


京子のスイッチが入った。


「カッコいいでしょう!!」


五人が固まる。


嫌な予感しかしない。


「このアクスタなんて会場限定で!」


始まった。


「この写真セットも!」


まだ始まった。


「ちなみにこれは奇跡的に自引きです!」


さらに始まった。


十分後。


五人は結局ソファに座らされていた。


「本当に好きなんですね」


林が笑いながら言う。


「大好きです!」


即答だった。


その言葉には迷いがなかった。


そして徳永が何気なく聞いた。


「上杉さんは誰が一番好きなんですか?」


空気が止まった。


牧田。


林。


徳永。


如月。


青木。


全員が徳永を見た。


(聞いた)


(聞きやがった)


(禁断の質問だぞ)


徳永自身も聞いてから気付いた。


「え?」


京子も固まる。


数秒。


真顔。


さらに数秒。


真剣に悩み始める。


「あー……」


長い。


「えっとですね……」


長い。


そして京子は結論を出した。


「選べません!」


全員ずっこけた。


「選べないんです!」


京子は力説する。


「みんな違ってみんな良いんです!」


「例えば!ですね!」


始まった。


第二ラウンドである。


京子は牧田のアクスタを手に取った。


「学くんはですね!」


牧田の背筋が伸びる。


「リーダーなんですけど偉そうじゃないんです!皆を包んでくれます!」


牧田瞬き。


「ライブ中も周り見てるし!」


牧田硬直。


「メンバーが緊張してると自然にフォローしてるんですよ!」


林たちがニヤニヤし始める。


「頼れるお兄ちゃんって感じなんです!パパでも可(笑)」


牧田は視線を逸らした。


少し照れていた。


次に林のアクスタ。


「蘭様!」


なぜか本人より格好良い呼ばれ方だった。


「王子様です!」


林が笑う。


「あった事ないけど(笑)絶対優しい人です!」


「どうしてです?」


思わず聞いていた。


「目が優しいからです!」


林が固まった。


「あとライブでファンサ多いですし!」


「へぇ……」


本人、少し嬉しい。


次は徳永。


「大ちゃん!」


徳永が吹き出す。


「笑顔!!」


「笑顔?」


「笑顔です!!」


京子は力説した。


「大ちゃんの笑顔だけで一年生きられます!」


「責任重大だな……」


徳永が呟く。


次は如月。


「健斗!」


如月が身構える。


「クールに見えるじゃないですか?」


「うん」


「でも絶対天然です!」


「なんで!?」


初めて如月が大きな声を出した。


全員が爆笑する。


京子は真面目だった。


「だってたまにライブMCで不思議発言してるんです!(笑)可愛い~」


如月は黙った。


反論できない。


そして最後。


京子が少し大事そうに隠し撮り写真を手に取る。


青木駿。


マネージャー。


「駿さん!」


青木が固まる。


「私、駿さんも好きなんです」


「……マネージャーですよね?」


戸惑う青木。


「だってファンをすごく大切にしてる感じがするんです!ミックスの皆が大好きって感じが良い!!」


青木の目が丸くなる。


「身内なのに!ミックスが大好きなのがめちゃ良い!」


「そうなんですか?」


「そうです!」


京子は満面の笑みだった。


「ミックスが安心して活動できるのって、きっと駿さんのおかげですよね!」


静かになった。


本人たちが一番理解していた。


それは事実だった。


苦労も。


努力も。


裏方の仕事も。


全部見抜かれていた。


青木は少し照れ臭そうに小さく笑って呟いた。


「そんな風に思ってもらえてるなら嬉しいですね…」


その言葉だけは本音だった。


しばらくして。


京子は満足したのかグッズを片付け始めた。


「すみません、また語っちゃいました!」


「いえ」


牧田が笑う。


「面白かったですよ」


「本当ですか?」


「うん」


京子は嬉しそうに笑った。


そしてグッズを抱えながら立ち上がる。


ふと受付を見ると、管理人のゆきさんが微笑みながらこちらを見ていた。


「あっ、ゆきさん!」


京子は慌てて頭を下げた。


「長々とすみませんでした!」


「ううん」


ゆきさんは笑う。


「今年も元気そうで安心したわ」


「はい!」


京子は元気よく返事をした。


「年末ライブでしっかり充電できました!」


「それなら良かった」


「今年もいっぱい働いて、いっぱい推し活します!」


「無理しない程度にね?」


「そこは保証できません!」


京子が真顔で言う。


管理人は吹き出した。


周囲もつられて笑う。


美都乃荘ではおなじみのやり取りだった。


京子は改めて頭を下げた。


「では、部屋に戻ります!」


そしてグッズを抱え、


エレベーターへ向かう。


途中で振り返る。


「皆さん!」


五人と管理人を見る。


「今年もよろしくお願いします!」


満面の笑みだった。


「こちらこそ」


「よろしくお願いします」


「お手柔らかに」


「また推し話聞かせてください」


「ほどほどにな」


思い思いの返事が返ってくる。


京子は幸せそうに笑った。


「はい!」


元気いっぱいの返事。


エレベーターの扉が開く。


京子が乗り込む。


「ゆきさんもお仕事頑張ってくださいね!」


「ありがとう」


「風邪引かないでください!」


「上杉さんもね」


ゆきさんが手を振る。


京子もぶんぶんと手を振り返した。


チン。


ゆっくりと扉が閉まる。


最後まで笑顔のまま。


エレベーターは四階へ上がっていった。


静寂。


最初に口を開いたのは徳永だった。


「全部当たってたな」


「当たってたな」


林も頷く。


如月は苦笑する。


「天然まで見抜かれてた」


「それは自覚しろ」


牧田が即答した。


全員が笑う。


その笑い声が静まったあと。


共有スペースには、どこか心地よい空気が流れていた。


年明けの穏やかな朝。


窓の外では冬の日差しが花壇を照らしている。


半年ほど前までは、ただ同じ建物に住むだけの他人だった。


それがいつの間にか。


こうして一緒にお茶を飲み。


笑い。


雑談するようになっている。


本人は気付いていないだろう。


美都乃荘の住人たちにとっても、


上杉京子という存在が少しずつ当たり前になっていることを。


「そういえば」


徳永が立ち上がる。


「今日のりんごジャム、もらっていい?」


共有スペースの隅には段ボールが置かれていた。


いつもの。


上杉家から送られてきたりんごジャムである。


『ご自由にどうぞ』


京子の字で書かれた紙が貼ってあった。


「もらう」


「俺も」


「じゃあ俺も」


「俺も」


いつの間にか全員が手を伸ばしていた。


林がりんごジャムを眺めながら笑う。


「上杉さんってさ」


「ん?」


「推し活してない時でもめちゃくちゃ良い人だよな」


誰も否定しなかった。


青木も。


徳永も。


如月も。


牧田も。


静かに頷く。


年末ライブ。


二時間の感想会。


そして今日の推し談義。


その全部が少しずつ積み重なっていた。


四階では。


何も知らない京子が、


年末ライブのパンフレットを広げながら幸せそうに笑っていた。


「今年も頑張ろう」


そう呟く。


仕事も。


推し活も。


全部。


そしてもちろん。


壁一枚向こう側に住む隣人たちが、


人生を懸けて推している『ミックス』本人であることなど。


夢にも思っていなかった。


だが。


新しい一年は始まったばかり。


そして美都乃荘では、


まだ誰も知らない出来事が起ころうとしていた。


上杉京子、四十七歳。


社畜システムエンジニア。


推し活が生きがい。


そして。


『ミックス』メンバー全員のお気に入りの隣人になりつつあることを、


本人だけがまだ知らないのであった。


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