↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しが隣人でした  作者: はるかかなえ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/10

第1話 美都乃荘へようこそ

「今日も残業確定かぁ……でも大丈夫今日はDVDが届いているハズ!」


上杉京子、四十七歳。


社畜歴二十五年。


職業はシステムエンジニア。


趣味はただひとつ。


推し活である。


推しは国民的人気歌手グループ『ミックス』。


林蘭。


徳永大地。


如月健斗。


そしてリーダー格である牧田学。


追加で歌手グループ『ミックス』のマネージャー青木駿


全員三十二歳。


全員身長百八十センチ超え。


全員イケメン。


全員独身。


京子にとって、生きる理由そのものである。


「推しに会うために働く!」


それが人生のモットーだった。


午後九時三十分。


上杉京子はまだ会社にいた。


モニター三枚。


開きっぱなしの設計書。


鳴り続けるチャット。


積み上がる会議資料。


そして冷め切ったコーヒー。


「……」


京子は無言だった。


静かにキーボードを打つ。


カタカタカタカタ。


周囲の席はすでに半分以上空いている。


だが京子の仕事は終わらない。


ピコン。


チャットが鳴った。


営業部A


『お疲れ様です。先ほどお客様より追加要望がありましてシステム経費相談をお願いします』


京子は目を閉じた。


ゆっくり深呼吸する。


『詳細お願いします』


すぐに返信。


数秒後。


送られてきた内容を見て固まる。


「……それ昨日確定した仕様ですよね?」


誰もいないデスクで呟く。


さらに返信。


『申し訳ありません。やはり変更したいそうです』


京子は天井を見上げた。


「推しに会うまでは怒らない……」


心の中で唱える。


「推しに会うまでは怒らない……」


再度唱える。


「帰ったらDVD……」


三度目でなんとか落ち着いた。


すると隣の席の後輩が苦笑した。


「上杉さん、また精神統一ですか?」


「違うわ」


京子は真顔で答えた。


「命綱よ」


「命綱?」


「推し」


後輩は納得の顔をした。


「ああ」


会社では有名だった。


上杉京子が推し活で生きていることは。


忙しい月末。


徹夜案件。


障害対応。


どんな地獄でも、


『年末ライブあるから頑張る』


で乗り切る女。


午後十時。


緊急会議開催。


会議室へ移動する。


画面共有。


進捗確認。


課題整理。


スケジュール再調整。


京子は淡々と説明を続ける。


「現在の影響範囲はこちらです」


「対応工数は約四十時間費用は五百万増………」


「本番反映は来週金曜日予定です」


次々と質問が飛ぶ。


京子が答える。


会議終了。


午後十一時十五分。


ようやく席へ戻る。


するとスマホが震えた。


ファンクラブから通知。


『明日新ファングッズ情報公開』


京子の目が輝く。


さっきまで死んでいた目が、


突然生き返った。


「新ビジュアル!!」


後輩が振り向く。


「上杉さん?」


「ごめん何でもない」


急いで通知を開く。


そこには新衣装を着たミックス。


「尊い……」


思わず拝む。


「今月どうやって生きよう……」


グッズ代の計算が始まる。


ペンライト。


アクスタ。


タオル。


写真セット。


限定キーホルダー。


カタカタとExcelを開く。


家計簿シート。


食費を削る。


外食を削る。


お菓子を削る。


完璧なシミュレーション。


「いける」


京子は呟いた。


「今月も生きられる」


その執念は仕事にも向いていた。


午後十二時。


本日の作業終了。


パソコンを閉じる。


背筋を伸ばすと全身が悲鳴を上げた。


「帰ろう……」


薄暗いオフィスを出る。


エレベーターを降りながら思う。


帰ったらライブDVDをちょっとだけ…がっつり見よう。


お風呂入ろう。


みかん食べよう。


そして寝よう。


明日のために。


推しに会うために。


そのころ美都乃荘。


青木駿はマネージャー業務を終えて郵便物の最終確認をする為1階エントランスホールに居た。


エントランスホールで管理人と雑談していると、


管理人が笑った。


「上杉さん、今日もまだ帰ってないみたいねぇ」


「残業ですか?」


「いつも遅いわよ。忙しそう」


青木は少しだけ眉を下げた。


壁越しに聞こえる歓声。


ライブ映像に叫ぶ声。


推し活全開の姿。


あれだけ元気なのに。


その裏で毎日こんな時間まで働いている。


すると管理人が笑う。


「でもねぇ」


「はい?」


「疲れて帰ってきても、あの人いつも楽しそうなのよ」


青木は思わず笑った。


確かにそうだ。


翌日も。


その翌日も。


京子は働く。


推しに会うため。



そんな京子が住んでいるのは、築一年の新築アパート『美都乃荘』。


四階建て。


全部で六世帯。


一階には管理人室と住民共有スペースがある。


家賃十一万一千円。


共益費八千円。


だが会社補助で半額になるため、推し活一筋社畜人生でもなんとか住めている。


「こんな夜中帰っても駅近だし、防犯もしっかりしてるし、最高なんだよねぇ」


そう言いながら帰宅した京子は、エントランスホールで立ち止まった。


受付前のテーブルに段ボール箱が置かれている。


そこには自分が置いた紙。


先週のやり取りを思い出した。。


『実家から送られてきたみかんです。ご自由にお取りください』


そして大量のみかん。


管理人のおばちゃんが笑った。


「上杉さん、またお裾分け?」


「実家が農家なので!」


「助かるわぁ」


京子はにこにこ笑った。


この時、背後では高身長イケメン五人組がその様子を見ていた。


「またみかん増えてるな」


牧田が呟く。


「優しい人だよね」


林蘭が笑う。


「この前も管理人に実家の6次産業化?って言って柚子ジャム置いてあったし」


徳永が言う。


「すっぴんで眼鏡でマスクの人よな?」


如月が首を傾げる。


「そうそう」


すると青木駿が小さく苦笑した。


「いや、その人……」


全員が振り向く。


青木だけは知っていた。


先週末。


自社ホールで行われたミックスのファンミーティング。


最前列で号泣していた女性を。


ふわふわに巻いた髪。


姫系ワンピース。


完璧なメイク。


全力のうちわ。


『学くーん!!蘭様ー!!大ちゃ~ん!!健斗~!!』


『皆~!!今日も尊いー!!』


絶叫していた女性。


そして今目の前にいる、眼鏡マスクの疲れ切った会社員。


同一人物だった。


「やばいなぁ……」


青木は呟いた。


「どうした?」


「いや……」


学が呟きに反応したけど…説明しても誰も信じない気がした。


その時だった。


エントランスホールのガラスに京子のスマホ画面が映る。


待ち受け。


ミックスの集合写真。


しかも特大。


「……」


「……」


「……」


全員が固まった。


徳永が震える声で言う。


「ガチ勢やん」


「ガチ勢だな」


「むしろ最上級ガチ勢」


「推し活の権化」


全員一致だった。


しかし京子は気づかない。


まったく気づかない。


なぜなら。


「お疲れ様です!」


そう言って会釈してきた彼らを、


『最近越してきた爽やかイケメン会社員グループ』


だと思っているからだ。


本人たちなのに。


推し本人なのに。


一ミリも疑っていない。


「皆さん、みかんどうぞー!」


「ありがとうございます」


「どういたしまして!」


にこにこ。


五人も愛想よく笑う。


だが内心は大混乱だった。


(気づいてない??)


(やっぱり朝ライブTシャツ着てた??)


(ファンミーティングで見たことある??)


(ファンクラブ最上位会員??)


(やばい、隣人??)


一方の京子。


(みんな背高いなぁ)


(若いっていいなぁ)


(推しもこんな感じなんだろうなぁ)


まったく気づかない。


それどころか。


「よーし!今日はミックスのDVD 視るぞ~!」


と鼻歌交じりに部屋へ帰っていく。


エレベーターの扉が閉まった瞬間。


五人は一斉に顔を見合わせた。


「終わった」


牧田が言う。


「終わってない」


林蘭が突っ込む。


「いや、半分終わってるだろ」


徳永が言った。


「待て。まだ正体はバレてない」


如月が冷静に返す。


青木が頭を抱えた。


「頼むから誰もボロを出すなよ」


沈黙。


そして全員が同時に思った。


(絶対に気づかれるな)


その思いだけは、五人完全に一致していた。。



週末金曜日深夜…もう土曜日


エレベーターが四階へ到着する。


「ふぅー……今日も疲れたぁ……」


部屋に入るなり、重たい鞄をソファへ放り投げる。


「ただいまー」


返事はない。


当然だ。


一人暮らしなのだから。


だが京子はいつも言う。


そして壁際の棚を見た。


そこには綺麗に並んだ大量のグッズ。


アクリルスタンド。


ペンライト。


ライブ写真。


ぬいぐるみ。


そしてミックスの五人が微笑む特大ポスター。


「みんなぁぁぁぁ!」


京子は両手を広げた。


「今日も頑張ったよぉぉぉ!」


荷物を放置したままポスターへ駆け寄る。


その姿は会社で見せる疲れ切ったSEとは別人だった。


「学くん聞いて!営業さんがまた仕様変更三回もしてきたの!」


ポスターの牧田へ報告。


「蘭様ぁぁぁ!今日もお顔が良い!」


林蘭のアクスタを持ち上げる。


「大地くんの笑顔で生きてる!」


「健斗くんの横顔最高!」


「ミックスの管理人駿さん今日も尊い!」


一通り騒いでようやく満足した。


着替えを持って風呂へ向かう。


三十分後。


ふわふわの部屋着に着替えた京子は、冷蔵庫からビールを取り出した。


テーブルには郵便ポストに入っていたライブDVD。


再生ボタンを押す。


『皆さんこんばんは!ミックスです!』


「きゃあああああ!」


誰もいない部屋で歓声。


近所迷惑にならない程度の音量で盛り上がる。


そしてスマホを取り出した。


ファンクラブサイトを開く。


年末のライブまであと六ヵ月。


「よし」


京子の目が真剣になる。


「明日はファンクラブチケット前売り今回も最前列狙うぞ~」


四十七歳とは思えない俊敏さでチケット情報を確認する。


その時だった。


ピコン。


会社のチャット通知。


京子の顔が一瞬で死んだ。


「……」


『障害対応会議 明日朝八時開始』


「……」


『資料作成お願いします』


「……」


『対応メンバー追加』


「……」


京子はビールを一口飲んだ。


「推しに会うまでは死ねない」


ぽつりと呟く。


そしてパソコンを起動した。


明日…今日のシステム障害の原因を探り始める。


推し活の資金と日曜日を守るために。


その頃。


京子の部屋の隣青木の部屋では。


早朝ロケの為、3時出発の集合時間より早めにミックスはマネージャーの部屋に集まって居た。


「まさか隣がガチファンとはな……」


牧田がみかんを剥きながら呟いた。


「いい人そうだけどね」


林蘭が笑う。


「先日も疲れた顔してたな」


徳永が言う。


「SEって大変らしいぞ」


如月がスマホで検索している。


「うちのグループ会社にもいるな・・・。」


そう答えたのは青木だった。


マネージャーとして事務所とのシステムを繋ぐ業務もある。


そのため職種の厳しさは知っている。


「でも驚いたよな…駿が言ってた人だったなぁ~(笑)」


牧田が苦笑した。


「ライブ会場のあの人だぞ?」


「しかも全力ファン」


「めちゃくちゃ応援してくれてる人」


「あの人が隣人とか奇跡だろ」


全員が頷く。


そのとき。


壁の向こうから。


「きゃあああああ!」


「学くーん!!」


「蘭様ぁぁぁ!!」


「大ちゃーん!!」


「健斗ぉぉぉ!!」


深夜二時。


京子の歓声が聞こえてきた。


静まり返る青木の部屋。


五人は顔を見合わせる。


「ライブDVDだな」


牧田が断言した。


「だな」


林が頷く。


「間違いない」


徳永が苦笑する。


「今たぶん俺たち見てるぞ」


如月が呟いた。


「たぶんじゃないな」


青木が頭を抱えた。


全員一致だった。


その頃、京子は。


画面の中で歌い踊る推したちへ、全力で声援を送っていた。


「学くーん!! 今日もかっこいいー!!」


「蘭様ー!! お顔が国宝ー!!」


「大ちゃんの笑顔で寿命延びたー!!」


「健斗ー!! その横顔最高ー!!」


ソファの上でクッションを抱えながら転がる。


四十七歳。


独身。


現役システムエンジニア。


だが今だけはただの幸せなオタクだった。


もちろん。


壁一枚向こう側に本人たちがいるなど夢にも思わない。


そして本人たちは天井を見上げながら思う。


(なんか申し訳ない……)


(いや、ありがたいんだけどな……)


(ここまで応援してくれると嬉しいよな……)


(でも絶対正体はバレたくない)


(頼むからこのまま気づかないでくれ……)


ファンに気づかれたくないアイドルたちと、


推しが隣に住んでいることにまったく気づかないファン。


奇跡みたいなすれ違いは、


今日も『美都乃荘』で続いていく。


誰もまだ知らない。


半年後。


このアパートで起きる数々のハプニングによって、


京子とミックスの距離が少しずつ近づいていくことを。


そして、


「アイドルとファン」


だったはずの関係が、


思いもよらない方向へ変わっていくことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。