第6話(前編2)「婚約と家族の相談」 1799年7月1日~7月6日
結婚の知らせを聞いた司祭夫妻は、娘とイーサンを祝福した。
イーサンは、できれば7月下旬に式を挙げたいと伝えた。司祭は教会の予定を確かめ、婚姻に必要な準備を進めることになった。
その日の夕方、イーサンがカーター家へ戻ると、アンとダニエルが待っていた。
「イーサン、エレノアさんは何とおっしゃったの?」
「結婚してくれるそうだよ。今日、正式に約束したんだ」
アンは弟の両手を握った。
「おめでとう! 本当によかったわ。あんなに素敵なお嬢さんがお嫁さんに来てくださるなんて、私も嬉しい」
ダニエルも立ち上がった。
「これでお前も一家の主人になるわけだ。仕事ばかりして、奥さんを寂しがらせるんじゃないぞ」
「義兄さんまで姉さんと同じことを言うのかい」
「それだけ心配されているということだ」
3人は笑い合った。
7月3日、イーサンは姉夫婦と夕食を取りながら、西部へ向かう準備について相談した。アン夫婦の14歳の長男ナサニエルと11歳の長女ベアトリスも食卓にいた。ナサニエルは父の商売に関心があり、ベアトリスはエレノアが西部で学校を開くという話を楽しみにしていた。
「結婚したら、8月にはエレノアと一緒に出発するつもりなんだ。でも、西部の事業は僕1人では手が回らなくなると思う」
ダニエルは食事の手を止めた。
「現地では、工事を任せられる人間が必要になるだろうな。こちらでの仕入れや運送もある。全部自分でやろうとしたら、いくら時間があっても足りないぞ」
「だから、義兄さんにも仕事を手伝ってもらいたいんだ。アルバニーでの仕入れと運送の手配をお願いできないかな。もちろん、きちんと報酬を払うよ」
「私にできる範囲なら協力するさ。ただ、今の仕事もあるから、具体的に何を任せたいのか聞かせてくれ」
「分かった。明日、資料を整理して相談しよう」
アンも話に加わった。
「私にも何かできることがあるかしら。あなたが西部へ行ってしまったら、少し寂しくなると思っていたのよ」
「姉さんにも協力してほしいんだ。開拓地には家族で移り住む人もいるだろうから、生活用品の調達や帳簿の確認をお願いしたい」
「それなら私にもできそうね。昔は商会の仕事を手伝っていたんですもの」
イーサンは姉夫婦の返事を聞き、嬉しくなった。
「ありがとう。僕が西部で大きな事業を始められるのも、2人のおかげだよ」
アンは笑った。
「お礼はまだ早いわ。仕事を引き受けるかどうかは、明日きちんと相談してから決めますからね」
◇ ◇ ◇
7月5日、アシュフォード家との相談によって結婚式の日取りが27日に決まった。
イーサンはエレノアへ知らせに行き、式の準備について話し合った。
これまでの4か月間で、彼は蒸気船の改良によって2万ポンドを稼ぎ、西部に2万エーカーの土地を手に入れた。それでも今、最も嬉しいのは、大きな商談を成功させたことではなかった。
エレノアが自分との結婚を望んでくれたことである。
そして、姉夫婦も新しい事業への協力を考えてくれている。
自分の能力を試すために始めた商売が、家族とともに未来を築く仕事へ変わろうとしていた。
◇ ◇ ◇
7月6日の朝、イーサンはカーター家の書斎に大きな地図を広げていた。
地図にはアルバニー、フィラデルフィア、ピッツバーグ、シンシナティが記され、街道や河川を示す線が幾重にも走っている。その横には西部の測量図と、これまでの収支をまとめた帳簿が置かれていた。
アンが朝食の片付けを終えて戻ってくると、ダニエルも椅子を引き寄せた。
「さて、イーサン。昨日の話を詳しく聞かせてもらおう。私たちに手伝ってほしいことがあるそうだな」
「うん。僕はこれから西部で道路や倉庫を造り、農地を開発して、新しい町を育てていきたいんだ。でも、仕事が増えれば、現地のことだけ考えているわけにはいかなくなる」
イーサンは地図のアルバニーを指した。
「ここは東部の商人とも連絡を取りやすいし、僕がこれまで仕事をしてきた場所でもある。西部へ行った後も、アルバニーに事務所を置きたいんだ」
「なるほど。商品の仕入れや代金の支払いを、こちらで引き受けるわけだな」
「そういうことだよ。義兄さんには、東部での仕入れと運送の手配、銀行や取引先との連絡をお願いしたい。今の仕事を全部やめてもらうつもりはないし、必要なら書記も雇ってほしいんだ」
ダニエルは地図を見ながら考えた。
「商人や運送業者を紹介することならできる。ただし、毎日の注文や支払いまで扱うとなると、人手が必要だぞ」
「その費用も事業の経費で負担するよ。義兄さんには、仕事の進み具合と帳簿を確認してもらえればいい。大きな契約については、僕の承認を取ることにしよう」
アンが2人の話に加わった。
「それなら、私にもできることがあるわね。昔、ロンドンのヘイル商会で帳簿や請求書を整理していたことを覚えているでしょう?」
「もちろんだよ。姉さんは僕が生まれる前から商会で働いていたんだよね」
「ええ。最初は荷札を書いたり請求書を写したりしていたけれど、そのうち商品の出入りを記録する仕事も任されたのよ。今でも帳簿くらいは扱えるわ」
イーサンは姉の話を聞いて喜んだ。
「それなら、姉さんには帳簿の照合と、開拓地へ送る生活物資の管理をお願いしたいな。食料や衣類、寝具、それに薬も必要になると思うんだ」
「それだけでは足りないわよ。家族で移り住む人がいるなら、子供の服や履物、料理道具も必要でしょう。男性の職人だけを集めて町を造るわけではないのでしょう?」
「もちろんだよ。家族で住める町にしたいんだ」
「だったら、最初から家族の暮らしを考えて準備しなくてはいけないわね。そういう仕事なら、私にも手伝えると思うわ」
ダニエルが笑った。
「アンが加わるなら心強いな。私は倉庫や運送には多少詳しいが、子供の衣類が何着必要かまでは分からん」
「あなたは自分の着替えが足りなくなっても、私に言われるまで気付かないでしょう」
「それを今ここで言う必要があるのか」
夫婦のやり取りを聞きながら、イーサンも笑った。




