第八章・獣の少女
「ん……朝か…」
昨日に負けないぐらい今日も空は晴れている。
「昨日は疲れたな〜…」
あの後、保健室で目を覚ました俺を待っていたのは、生徒会による取り調べと担任のリース先生による説教だった。まあ…後者はそれほど疲れなかったが…。
「カイト〜……今日は早く行ったのか…」
生徒会に所属しているカイトは、昨日の一件を報告書にまとめる仕事があるらしく、今日は俺1人で登校だ。
「…レンの家寄るか…」
宿を出てしばらく歩いた所で道を曲がり、レンの家に向かった。
「ノックしておはようございますって言うのが普通だよな……よし!」
コンコン
「おは……」
「おはよう、ナキ」
「うおわっ!」
「何でそんなに驚くのよ……」
「不意をつかれたら誰でも驚くよ…」
いきなりドアが開き、制服姿のレンが出て来た。右足は昨日ほど腫れてはいない。シーノ先生の治療のおかげだ。
「ねぇ…ナキ」
「何だ?」
「一緒に…行かない?」
「えっ?」
まさかレンから誘ってくるとは思っていなかったナキは、声が裏がえってしまった。
「そ、その…ナキがよかったらだけど…」
「あ、おう…一緒に行くか…」
「じゃあ行くわよ、ほら早く!」
笑顔で前を歩くレンを見ていると、昨日の疲れなんか飛んでいってしまいそうだ。
「何にやけてるのよ…」
「いや、やっぱり笑ってる方が可愛いなと思って」
「バ、バカ……」
「ハハハ」
そのまま朝はレンと一緒に登校した。今日の朝は風が気持ちよかった。
「はい、ではSHRを終わりにします。皆さん授業中寝てはいけませんよ」
今日も教壇では、リース先生の赤いアホ毛がピョコピョコと揺れていた。SHRが終わり、リース先生は教室を出て行った。
「ねむい……」
「授業始まる前からそんなんでどうするのよ?」
「いや〜本当に眠い…」
「俺も眠いぜ……ナキ」
席に座りながらレンと話していると、カイトがフラフラと今にも倒れそうな様子で来た。
「報告書は……書けたのか?」
「何とかな〜……もう…しばらく見たくない…」
「本当にすまないカイト……」
「ご、ごめんね…マグヌスくん…」
レンも申し訳なさそうに詫びる。出来るだけ目立った行動は控えた方が良さそうだな……カイトのためにも。
「まあ、いいや。仲良くなった所で改めて自己紹介でもするかな」
カイトはレンの方を向き、爽やかな笑みを浮かべる。
「オルカ出身のカイト・マグヌス。ナキ共々宜しく!」
「チトレン出身、レン・ウィンディ。宜しく」
「ウィンディって呼んでいいか?」
「良いわよ、じゃあマグヌスって呼ぶわね」2人がしっかりと握手を交わす。俺の時もこうすんなり仲良くなれてたらな…。
「1時限目何だっけ?」
「芸術だな、早く行こうぜ!ナキ、ウィンディ」
「ほらナキ、行くわよ」
「おう……芸術か…」
(早く昼休みにならないかな……)
心の中でそればかり願っていた。
「やっと昼休みだー!」
「今日の授業は実技ばかりで楽だったわね」
「俺は不器用だから実技は苦手なんだよ」
「確かに、ナキの絵はお世辞でも上手いとは言えないな…」
「そうね…小学生ぐらいの絵ね。あれは」
小さい頃から繊細な作業は苦手だった。特に裁縫とかはやっているとイライラしてくる。「ねぇ…ナキ」
「ん、なんだ?」
「その…お昼一緒に食べない?」
「ああ…うん、いいけど」
「それじゃあ行きましょ。マグヌス、ナキ借りるわよ」
「おう、分かった」
レンに連れられ廊下を歩き、中庭に出る。
「へぇ〜、いい場所だな」
「でしょ?ここにいると落ち着くわよ」
噴水近くのベンチに座り、弁当を広げる。目の前に咲いている花々がとても綺麗だ。
「やっぱりサンドイッチは旨いな〜!!……どうしたんだ、レン?」
自作のサンドイッチを絶賛している横で、レンは弁当を広げたまま食べていなかった。
「憧れだった…」
花を見つめながらレンは静かに呟き始めた。
「友達と一緒に登校して…話して…食事して…」
「そういう生活に…憧れてた」
「レン…」
「私…両親いないんだ」
「え…」
「私が11歳の時、両親は姿を消した。両親は仕事で家を空けることが多かった。今日も仕事だと思い、私は1人家で待ち続けた……」
「帰って…来たのか…?」
「……両親は帰って来なかった。私はただ泣くことしか出来なかった……だけど」
「そこに私が登場!!」突如、レンが付けていた黄緑色の髪飾りが風の精霊へと姿を変え、目の前に現れた。
「泣いている私を、リリスが慰めてくれたの」
「初めまして!リリスだよ〜!!」
「ど、どうも、ナキ・アーヴィストです…」
(契約者とは正反対に、やたらとテンションが高い精霊だな…)
契約者の中には、契約している精霊や魔物をアクセサリーなどに形を変え、詠唱を短縮しているのもいる。しかし、それが出来るのは契約者として充分な力を持っている人しか出来ない。
「私はレンの両親にレンの力になってくれ、って頼まれたから家に残ったの。理由は分からないけど」
「家に残った?」
「そう、だから私はリリスの言葉を聞いて決めたの。自分の手で両親を探して、出て行った理由を…聞きたい」
「それがお前の成さなきゃいけない事…」「うん…、その日から私は両親を探した。学校も殆ど休んで近くの街に行ったりもした」
「嫌みみたいに聞こえるかもしれないけど、勉強は簡単だった。魔物との戦い方も覚えた」
「そんな私から友達は段々と離れていった……結局、両親の手掛かりも一切見つからず、私は何かを手に入れる所かいろんなものを失っていった…」
「けど今はアンタが……ナキがいる…」
嬉しそうにこっちを向いて微笑む。本当に心から笑っている笑顔だ。
「俺だけじゃない、カイトもいるだろ」
ベンチから立ち上がり、エメラルドグリーンの色をしたレンの瞳を見つめる。
「今は俺とカイトだけだけど、きっと少しずつ増えていく」
「お前が何かを失わないように俺が支えてやる」
「ナキ……」
「なんたって俺はお前の!き、騎士だから…な!」
「フフ、…アハハハ」
「な、何で笑うんだよ…」
「だって…自分で言って照れてるし。アハハハ!!」
「恥ずかしいもんは…恥ずかしいんだよ」
ナキは顔を少し赤くしながらそっぽを向く。その後は恥ずかしさのあまりレンの方を向けず、そのまま弁当を食べ終えた。
「午後はリース先生の授業か…」
教室への廊下を歩きながら何気なく呟く。
「リース先生って本当に私達より年上なのかしら?」
「さあ…ん?…ないな…」
(ハンカチがない…さっき中庭で落としたのか…)
「どうしたの?」
「悪い、ちょっと忘れ物したから取ってくる。先に教室に戻っててくれ」
レンにそう伝え、中庭へと戻る。
「ハンカチ〜ハンカチ〜どこ行った〜」
呼んでも出てくる訳ではないので、ベンチ付近をしゃがみ込んで探す。
「ない…どこだ?」
「うわぁあ〜〜!!!」
ベンチの下から顔を上げると、突然花壇の方から女性の高い声が聞こえてきた。
「なんだ?…あっ、あった!」
声が聞こえた方を見ると、青いハンカチが花壇の近くに落ちていた。
そして、ナキがハンカチに手を伸ばそうとした時、ナキは視界の端にある物が映っている事に気づいた。
(これは…猫…いや、犬の…耳?)
ナキは花壇を挟んだ向こう側に、茶色い犬の耳らしき物を見つけた。
気になったので、ナキはハンカチを右ポケットに入れ、それに近寄った。
「ぅぅぅ〜…また転んだ〜…」
「………」
ナキは目の前の事態に混乱していた。
(今のは完全に人の声だよな…え、なんで?)
先ほど聞いた女性の声がまた聞こえた。しかし、ナキの周りには人など1人も見当たらない。
「……誰?」
見えない声の主に問いかける。すると……
「……もしかしてナキくん?」
犬耳が突然ピクピクッと動き出し、そしてそこから人が現れた。
「さ、サーシェティルさん!?」
「長いから"ロロ.でいいよ〜」
「じゃあ…ロロさんここで何してるの?」
「ここの花壇に〜水をあげてたんだ〜」
頭の犬耳を動かしながら、笑顔でそう答えた。
(それにしても小さいな…)
ロロさんの身長はパッと見てもよく分かる程小さい。とても同年代とは思えない。
「ナキくんは何してたの?」
「俺は落としたハンカチを探してたんだ。見つかって良かったよ」
「そうなんだ、それは良かったね」
のんびりと話していると、昼休みの終わりを告げる鐘がなった。
「やべっ!、早く教室戻らねぇと!!」
「わわわわ!!ま、待って!!私も行くよ〜!」
「ほら!、ロロさん早く!」
花壇を跳び越えようとしているロロさんに手を伸ばした。
「ありがとうナキくん!……ほっ!」
手を掴み、可愛らしい声を出しながら花壇を跳び越える。
「…って!うぉおおお!!!」
ドサッ!
(あ、ありえねぇ…)
予想を上回ると言うより、予想外の大ジャンプを繰り出したロロさんに引っ張られるように、後ろに倒れた。「えへへ……ちょっと跳びすぎちゃた」
「いやいやいや、跳びすぎたって言う距離じゃ…」
そこでナキは目の前にあるものに言葉を失った。
ふにっ!
右腕に微かに当たっているとても同年代とは思えない程に成長しているものがそこにはあった。
「ナキくん、どうしたの?」
「えっ!?いや!…何でもない。それより早く行こう」
素早く体制を立て直し、倒れているロロさんを立ち上がらせる。
(…………)
(ありえねぇー!!!!)
午後の授業が始まってもしばらく呆けてしまった。