caseD Mrs. kimihara
右の生垣から猫が飛び出してきた。右のペダルか? 左のペダルか? ママさんドライバーを長年続けていた彼女に迷いはない。ペダルを踏み込む。車は、沈み込むように停止した。絶妙なキックだ。
「GOOッ! どう? この私の運転テクニック。すごいでしょ?」
「ママ、しゅごーい!! 」
ヨシオのひざに乗っていたハルが、手を叩いている。おそらく何がどうすごいのかわかっていないだろう、しかしハルにとってママは「しゅごい」のだ。
今日の運転手はヨシオではない。ペーパードライバーに6人分の命を任すわけにはいかない、夫婦会議で決まった事。ヨシオはワゴンの後部座席でハルを抱きかかえている。
坂を下って大きな病院前の路地に入る。この病院は山下の所とは一切関係ない。しばらく進んで右手に公園が見えたらその向かいが山下診療所だ。古ぼけた看板の下には奥さんとサクラちゃんがいた。かつみさんはまだいない。
「おはよー! 旦那さんは?」
「ごめんね、あの人ったらまだ支度できてなくて、もう来ると思うんだけど。ね、サクラ」
「パパね、私よりだらしないんだよ」
大きなリュックを背負ったサクラが車に乗りながら言った。車内の全員、いっせいに「ぷっ」とふきだした。
「かつみも立場がないな、なあ」
あわてて玄関のカギを閉めて出てきたかつみは、すこし恥かしそうに耳を赤らめて車に乗り込み、助手席にはかつみの妻が滑り込んだ。
「じゃあ、出発進行!!」
15分の所に高速道路のインターがある。今日は東京ディズニーランドに行くことになっている。助手席のナビを受けて、順調に車を転がす。高速にのってからも流れは良かった。
同じ兄弟の妻というところから始まった関係も、今ではすっかり気の置ける友人だ、ナビゲートと運転の息がぴったりだ。後ろからは、ハルとサクラちゃんが「きゃっきゃっ」とはしゃぐ声が聞こえる。
車内にはたわいのない、そして暖かい会話でいっぱいだった。
しかし、悲劇は突然訪れる。
対向車線から走ってくるトラックは昼間だというのにライトをつけていた。確かにこの先には長いトンネルがある。「消し忘れてますよー」そんな気持ちでパッシングした。が、トラックはライトを消さない。そればかりか、ゆるいカーブを無視して対向車線にグングン近づいてくる。トラックの直進する先にはこちらの車。居眠り運転だ!! 反射でクラクションを叩く。そして、ハンドルをめいっぱい左に切ろうとした。中央分離帯を乗り越えたトラックは容赦なく迫ってくる。 そしてクラッシュ。
避けきれなかったのが悪いのか? 相手の居眠りが悪いのか? それとも運が無かっただけなのか?
一つの家族のように仲良く暮らしていた6人はばらばらになってしまった。山下家に二人。君原家に二人。
私達は、この世を去った。たった3歳のハルを残して。たった3歳のサクラを残して。




