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婚約破棄された香薬令嬢は、呪われ公爵家の空気をほどく ~魔力なしと捨てられた私だけが、冷血公爵を眠らせられる~  作者: 小竹X


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切り離された名前は、戻り荷の奥で息をする

承認されたばかりの二本線は、まだ黒蝋の表面で浅く光っていた。


王宮香薬局第七室の白い机に、旧工房からの薄桃色の封筒が置かれている。白花香が強すぎる紙だった。香りで豪奢に見せようとして、下にある焦げた蜜をかえって濃くしている。


リゼットは新しい無香手袋に替えた。


「この封筒を、正式照会の第一号として扱います」


若い書記の筆先が、少しだけ震える。ベルナールは何も言わず、黒蝋皿をリゼットの前へ寄せた。セラフィナは封筒の差出を読む。


「オルラン工房。ラングレー家帳場控え添付。香聖女名義品の返銀責任は、コレット・オルラン個人の宣伝判断、および王宮下級書吏ルネ・デュマの単独搬入管理によるもの」


コレット個人。


ルネ単独。


その二つの名だけが、白花香の中で浮いていた。工房の棚、帳場の銀鎖、戻り荷の列、苦い水を飲まされた令息の朝は、紙の外へ追い出されている。


「順番を」とセラフィナが言った。


「紙。封蝋。本文。添付控え。最後に、切り離された名前です」


リゼットは封筒の右上へ無香紙を当てた。白花香は表面だけ。折り目の内側に焦げた蜜がある。さらに、薄く温め香。十四話の返答封筒、二十一話の剥離札、二十三話の無封紙と同じ、糊を緩める時の甘い焦げだった。


「封を閉じた後に、もう一度温めています」


若い書記が復唱し、筆先を止めた。「開封前に、ですか」


「はい。中の紙を差し替えるためではありません。封筒の外側へ、別の紙を重ねて押した跡があります」


アルセーヌは証人席端に立っていた。第七室の白い壁に、黒い礼装だけが静かに残る。彼は机へ近づかない。リゼットが見る順番を乱さない距離だった。


封蝋は薄桃色。表に押されたのは、オルラン工房の工房印である。ただし、蝋の下端に細い傷があった。線ではない。針でつけた、位置合わせの跡。


「同じ位置合わせを、戻り荷箱の内札で見たことがあります」


薬種商組合の年配の男が、椅子から身を起こした。「内札なら、南荷捌き門に残した未開封の一箱に入っています。外札を剥がされていない箱です」


セラフィナが顔を上げる。「ここへ」


使いが走った。待つ間、誰も封筒を開けなかった。


白い部屋に、紙の匂いだけが残る。リゼットはその匂いを吸いすぎないよう、呼吸を短く切った。強い白花香は、旧工房の奥棚を思い出させる。高すぎる棚。届かない帳面。急かす声。


「水を」とアルセーヌの声がした。


机の上ではなく、リゼットの斜め後ろの小卓へ、白磁の水が置かれる。差し出されない。選べる位置に置かれただけだった。


リゼットは一度だけ、指をほどいた。「ありがとうございます」


「急がなくていい」


その言葉だけで十分だった。誰かの名を閉じ込める封筒を開けるのに、急ぐ必要はない。


南荷捌き門から運ばれた木箱は、二人がかりで第七室へ入ってきた。濡れた縄の匂いは薄れ、代わりに乾いた木屑と古い白花香がする。外側の薄桃色札は剥がされていない。王宮再検前に旧工房引取予定印を押された箱の列から、一つだけ端に避けられていたものだ。


「なぜ残っていましたか」とセラフィナが問う。


年配の男は帽子を握り直した。「箱の角が割れて、荷運びが後回しにしたものです。ジラール殿は、あとでまとめて戻すと言いました」


木箱の角は確かに欠けていた。そこから、内側の紙札が少し見えている。リゼットは箱を開けない。まず割れ目から見える内札だけを確認した。


内札は薄桃色ではなく、灰白の紙だった。表に香聖女名義品とあり、下に小さく、配布区分が書かれている。


王宮春薔薇夜会試供。旧工房製造。ラングレー家帳場確認済。


さらに、右下に針のような位置合わせの傷。封筒の下端と同じ高さ。


「コレット様個人の宣伝判断だけでは、この内札は作れません」


リゼットは無香紙を差し込む。


「製造区分と帳場確認が先に入っています。しかも、外札より内札の方が古い。外へ貼る名義札を替えても、箱の内側には帳場確認が残ります」


ベルナールが低く言った。「逃がしたいものほど、内側に残る」


若い書記が書く。今度は筆圧が乱れなかった。


封筒が開かれた。中には本文一枚と、返銀控えの写しが三枚。本文は丁寧な書式だが、言葉のつながりが軽い。コレットの宣伝判断。ルネの単独搬入管理。工房は名義貸しに過ぎない。ラングレー家帳場は返銀処理の連絡役に過ぎない。


過ぎない、という言葉が三度出てきた。


「三度も薄めています」とリゼットは言った。


「実務から離したいところほど、言葉を重ねています」


添付控えを見る。返銀控えには、商品不安のため、という一行。だが、欄外の針穴がそろっていない。三枚とも、別の束から抜かれたものだ。二枚目の裏に、写りがある。


リゼットはランプを遠ざけ、白い紙の下へ灰色の板を差し込んだ。裏写りが浮く。


戻り荷処分、旧工房裏門受け。


ジラール確認。


名札持参者、ルネ・デュマ。


最後の名だけ、字の最初の線が深い。二十話の呼び出し札と同じ、似せようとして力を入れすぎた字だった。


「ルネ様の筆圧ではありません」と若い書記が、今度は自分から言った。


部屋の視線が彼へ向く。彼は唇を噛み、すぐに続けた。


「ルネは、最初の線を深くしません。横線の終わりが少し落ちます。これは、呼び出し札と同じ癖です。似せた字です」


セラフィナは頷いた。「記録して」


「はい」


リゼットは返銀控えを白磁の皿へ置いた。ルネの名を、皿の上で止める。責めるためではない。これ以上、勝手に運ばせないために。


「ルネ様を単独搬入管理者にするには、本人の出頭記録、名札貸出記録、搬入時刻の受領欄が必要です。今あるのは、呼び出し札に似た筆圧と、名札を持参者名に使った欄外写りだけです」


年配の男が、低く息を吐いた。「では、うちの箱を持っていった下級書吏風の者は」


「本人かどうか、まだ決めません」とリゼットは短く答えた。


「けれど、ルネ様の名札は使われています」


白い外套の袖が老審査官へ合図した。旧印庫名簿の箱とは別に、細い灰色の箱が運ばれる。名札保管箱。王宮香薬局の下級書吏用だ。


箱の蓋が開くと、乾いた革と金具の匂いがした。現役書吏の名札は、紐で一枚ずつ吊られている。ルネ・デュマの欄だけ、紐が新しい。名札そのものは戻っていない。代わりに、無封の紙片が挟まっていた。


二十三話で見た紙と同じものだ。


ただ、裏に小さな水染みがあった。


リゼットは紙を裏返さず、まず水染みへ無香紙を当てる。水。乾いたパン。薄い薬草。ルネの居室で見た、口をつけていない水差しではない。もっと外の、井戸水に近い匂い。


紙の端に、小さな傷が三つ。


「これは爪ではありません。硬いものを押し当てています」


若い書記が身を乗り出す。「書記用の骨筆では」


「いいえ。もっと角があります」


リゼットは、ふと思い出した。二十話の机。ルネの練習紙。細い定規。名札箱の横に置かれていた、金具つきの札留め。


「名札の角です」


紙の下端に、短い線があった。文字ではない。三本。間を空けて、もう一本。


若い書記が顔を上げた。「南荷捌き門の保管小屋番号です。三番、間を置いて一番。三の一。戻り荷の仮置き棚」


セラフィナの声が鋭くなる。「保護確認の使者は」


「南荷捌き門から戻っていません。臨時詰所までは」


使いの言葉が止まる。第七室の外がまた騒がしくなった。今度は急使ではない。泥で汚れた外套の王宮香薬局の小吏が、息を切らして入ってきた。


「南荷捌き門、三の一番仮置き棚より、片方の無香手袋と、外套の裾布を発見しました。人影はありません。ただ、棚奥の香抜き小屋へ続く扉が、内側から一度開けられた跡が」


リゼットの背中が冷えた。


逃亡ではない。戻るつもりだった。外套なしで呼ばれ、名札を使われ、今度は手袋と裾だけが戻ってくる。


アルセーヌが一歩だけ動いた。机には近づかない。リゼットの横へ並ぶのでもない。小卓の水を、少し近い位置へずらした。


「行けるか」


「行きます」


答えは早かった。けれど、無理に強くはしない。リゼットは水を一口飲んだ。白花香の残りが、喉から少し離れる。


「その前に、この封筒を閉じます」


コレットの名も、ルネの名も、紙の外へ逃がさない。二人を免罪するためではない。都合よく前へ押し出される名を、工房と帳場の実務から切り離させないためだ。


リゼットは黒蝋を落とした。


一線目。


二線目。


承認後の二本線は、薄桃色の封筒、返銀控え、名札保管紙、戻り荷箱の内札を同じ皿へは置かず、同じ責任線へつないだ。コレット個人の宣伝判断だけでは、製造区分入りの内札は作れない。ルネ単独の搬入管理だけでは、名札箱の紙と呼び出し札の似せ字は説明できない。旧工房とラングレー家帳場は、紙の外へ退けなかった。


薬種商組合の男が、帽子を胸へ押し当てた。「これで、請求できます」


「まだです」


リゼットは顔を上げる。「請求の前に、人を探します。箱と札の責任は逃がしません。でも、名札を使われた人を、箱より後にしてはいけません」


男は一瞬だけ目を伏せ、深くうなずいた。


ベルナールが杖を持つ。「よろしい。香薬師の印は、品だけを封じるものではない」


アルセーヌが第七室の扉へ目を向けた。黒い手袋の指が、扉を開ける前に止まる。


「南荷捌き門へ戻る。三の一番仮置き棚、香抜き小屋」


リゼットは無香紙の束を持った。水を飲んだ喉に、まだ白花香の名残がある。けれど、息は通った。


第七室を出る直前、若い書記が小さく言った。


「ルネの欄は、逃亡ではなく」


セラフィナが答える。「名札利用および保護確認継続」


筆が走る音がした。


切り離された名前は、戻り荷の奥でまだ息をしている。リゼットは、その息が途切れる前に、香抜き小屋の扉へ向かう。

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