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第一話 神崎蒼

春の風が、まだ少し冷たい。

グラウンドの中心――マウンドに立つ少年は、ただ一人だった。

一年生。背番号はまだもらっていない。

けれど、その実力は誰もが認めざるを得なかった。

「……また三振かよ」

打席に立っていた三年生が、悔しそうにバットを叩きつける。

キャッチャーミットに収まったボールは、音もなく、ただ“正解”だった。

――速い。重い。読めない。

それが、この一年のピッチャーの全て。

名前は、神崎かんざき あおい

彼は、チームの誰とも目を合わせない。

「ナイピ」

キャッチャーである有川星矢が声をかけても、蒼は軽くうなずくだけ。

笑わない。喜ばない。悔しがらない。

ただ、投げるだけ。

「なんであいつ、あんな感じなんだよ」

ベンチで誰かが言った。

「上手いのは分かるけどさ、チームって感じじゃねえよな」

「話しかけても、すぐ終わるしな」

その言葉は、風に乗って、蒼の耳にも届いていた。

でも――

(別にいい)

蒼は思う。

(勝てば、それでいい)

蒼は昔からそうだった。

小学生の頃から、ずっと一人で練習してきた。

チームメイトと笑い合うよりも、

バッターをねじ伏せる瞬間の方が、ずっと価値があると思っていた。

「野球は個人競技だろ」

誰にも言わないけど、そう信じていた。

ある日の紅白戦。

城石監督が、静かに言った。

「神崎、今日は途中で降りてもらう」

「……は?」

初めて、蒼の声が揺れた。

「どういう意味ですか」

「そのままの意味だ。リードしてても交代する」

納得できない。

完璧に抑えているのに。

(なんで降りる必要がある?)

5回無失点。

蒼はマウンドを降ろされた。

そのあと登板した二年生ピッチャーである、佐藤幸也は、すぐに打たれた。

同点。逆転。

ベンチで蒼は、拳を握る。

(だから言ったのに)

(俺が投げてれば勝ってた)

試合後。

誰よりも早く帰ろうとした蒼を、誰かが呼び止めた。

「なあ」

振り向くと、汗だくのままの有川が立っていた。

「なんでそんなに一人でやろうとすんだよ」

蒼は少しだけ、眉をひそめる。

「一人でやった方が確実だから」

即答だった。

でも有川は首を振る。

「それ、野球じゃねえよ」

その言葉に、蒼の足が止まる。

「お前の球、すげえよ。マジで打てない」

「でもさ」

「俺らがいなきゃ試合できねえだろ」

「お前がどんだけすごくても、一人じゃ勝てない」

蒼は、何も言えなかった。

その夜。

一人でグラウンドに立つ。

マウンドに上がると、いつも通りの景色。

でも今日は、少し違って見えた。

キャッチャーのミットがない。

野手もいない。

観客もいない。

ただの土の山。

(……これが、一人か)

初めて、ほんの少しだけ分かった気がした。

翌日。

ブルペン。

有川がミットを構える。

「来いよ、エース」

その言葉に、蒼は少しだけ間を置く。

そして――

「……ちゃんと捕れよ」

ほんのわずかに、口元が緩んだ。

ボールが放たれる。

空気を裂く音。

ミットに突き刺さる衝撃。

パンッ!!!

「ナイスボール!!」

その声が、今日は少しだけ心地よかった。

蒼はまだ、完全に変わったわけじゃない。

相変わらず無口で、不器用で、近寄りがたい。

でも――

マウンドの上で、ほんの少しだけ“孤独じゃなくなった”。

それでも彼は、一人で立つ。

孤高のマウンドに。

だけど今は――

背中に、仲間の存在を感じながら。


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