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45 偽りの花嫁と真実の姫(完結)

レオンは、森のように濃い刀光と、まるで実体を持つかのような殺気に押され、一歩後退した。

絶望に満ちた目で、リオにしっかりと守られた私を凝視する——鮮やかで美しい衣装、気高く整った姿、紅潮した健康な頬。


対して、彼は……溝に落ちた汚れた鼠のように惨めな姿。

その現実に打ち据えられた瞬間、彼の目に宿っていた哀願は、瞬時に怨恨と嫉妬へと変わった。


そして顔は地獄の悪鬼のように歪み、嗄れた声で罵詈雑言を吐き散らした。

「アリシア!このクソ女!盟約を裏切り、高い枝に攀じ登った淫婦め!

見殺しにしやがって!お前も、そこの木偶の坊も、ろくな最期は迎えん!」


リオは眉をひそめ、その汚らしい声に心底うんざりしたようだった。

彼はそっと手を上げ、温かい掌で私の耳を優しく覆い、あらゆる呪詛と狂気を遮った。

その掌は安心をもたらし、まるで私のために静かな空を支えるようだった。


***


ぼんやりしていた私の耳に、リオの冷静な声が落ちる。

大きくはないが、絶対の威厳を帯びた声音だった。


「騒がしい。あの汚れた声で夫人の耳を汚す価値はない。殺すのは甘やかすことになる。

まともに話せないなら、もう二度と喋らせるな。『禁言咒』をかけろ。永遠に」


そう告げると、彼は私の方へ視線を戻した。

深い紫の瞳に宿っていた冷たい気配は瞬く間に消え、残ったのはひたすらな優しさだけ。


「怖くなかったかい?さあ、行こう」


私は彼の澄んだ瞳の中の自分を見つめ、衣越しに伝わる落ち着いた鼓動を感じた。

あの二人の出現で生まれた嫌悪も憐憫ももう消え、静かな平穏だけが胸に満ちていた。


私は微笑み、手を差し出し、彼と指を絡める。

「うん、大丈夫。行こう」


背を向け、宮門へ歩き出したとき、私はふと立ち止まった。

小さなけれど大事なことを思い出したのだ。


振り返ると、禁言咒によって口をぱくぱく動かすだけで声が出せないレオンが目に入った。

その横では、リディアが依然として手踊りに夢中になり、狂気の世界に浸っていた。


***


リディア……本当に完全に狂ったのか?

それともその狂気の奥底に、現実から目を逸らすための哀れな“正気”が残っているのか?


私は静かに口を開いた。

「……ああ、そうだ、レオン」


その声は、最終審判を告げる鐘のように彼の耳へ落ちた。


「ひとつ、言っていなかったことがある。

前は、言う必要がないと思っていたけれど」


私は意味ありげに、ぴたりと動きを止めるリディアを見る。

彼女の濁った瞳に、一瞬、隠しようのない恐怖が走った。


私はゆっくりと笑った。

そこには冷たい嘲りと、かすかな憐れみがあった。


「レオン。

リディアが私と似ている理由……知っている?」


少し間を置く。


「なぜなら」


私は、一語一語、湖に石を投げ込むようにはっきりと告げた。


「本来、あなたと許嫁契約を結ぶはずだったのは、最初から私じゃないからよ」


レオンの動きがぴたりと止まった。

醜くゆがんだ表情がそのまま固まり、目は信じられない驚愕で見開かれた。

まるで、言葉の意味を理解できていないかのように。


私はゆっくりと、彼の残された意志を完全に砕き切るだけの最後の雷を落とした。

「本来あなたの許嫁となるはずだったのはリディアだ。

彼女は私の異母姉で、同じく白羊王族の血筋を引く、正式な白羊一族の姫君だ」


「残念ながら、彼女は無責任で放縦な“自由”に憧れ、政略結婚という責務を軽んじ、王族の束縛を嫌った。

だから十年前、本来ならあなたと契約を結ぶはずだったその日に、彼女は逃亡を選び、自分の身分も責任も一族さえも捨てた」


「レオン」

私の声は氷のように冷たかった。


「あなたが後になって魔が差したように夢中になり、私を傷つけ、盟約まで破って守ろうとした相手は、とっくに責任を捨て、一族を裏切った哀れな反逆者にすぎない。


『命は尊く、愛はさらに尊い。だが、自由のためならそのどちらも捨てられる』

この言葉は確かに聞こえはいい。けれど、語られないものがある。


人が持つのは、命と愛と自由だけじゃない。

人である以上、誰もが背負うべき責任がある」


私が言い終えたほぼその瞬間、レオンの顔色は紙のように青ざめ、魂が抜けたみたいに立ち尽くした。

そしてリディアの、よりいっそう鋭く、しかしもはや意味を失った狂気の叫びが響いた。


私は、もうそれらを見ようとも聞こうともしなかった。

リオの強い腕に身を預け、背を向けた。

断固として、未練もなく、あの高い宮門へと歩み入った。


重厚な金の鋲が打たれた宮門が、私たちの背後でゆっくり閉ざされた。

門外に広がっていた十年の愛憎のもつれも、荒唐無稽な茶番も、狂気と裏切りも、すべて別世界へ閉じ込め、塵と化し、跡形もなく消えた。


門内では、陽光が高い廊柱を抜けて差し込み、私たちの前に長く寄り添うような影を落としていた。

それは明るく温かく、まっすぐ伸びる未来を指し示していた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

評価を頂けるととても嬉しいです!


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