17 本当に勝てないのですか?
「な……なぜなの?!
こんな大事な契約を……よくも断ち切ったわね……!」
王妃がいきなり立ち上がった拍子に、手首の真珠のブレスレットが切れて、テーブルの上にパチパチと音を立てて転がった。
その顔から血の気が引き、目には信じられないほどの衝撃と動揺が浮かんでいた。
「秘境の主と長老院の許可なしに、私が勝手に動くことなどできません」
五臓六腑がかき回されるような激痛を必死にこらえながら、私は顔を上げ、王妃を真っ直ぐに見据えた。
「王妃様も王族の召喚獣でいらっしゃいます。ご存じでしょう、秘境の純血王族は、生死の際に一定の確率で〝予知夢”を見ることを」
少し間を置き、私は意味ありげに視線を外のリディアへと向けた。
彼女も同じように呆然としていた。
「外で跪いているあの方のおかげで、私は翠氷泉で瀕死の目に遭いました。
その時、いくつか……とても興味深い未来を垣間見たのです。
詳しい内容は、いずれ秘境の主が使者を遣わし、国王陛下と聖国の大臣方と詳細に協議されるでしょう。どうか、しばしお待ちくださいませ」
王妃の呼吸が微かに止まった。
私は話を続けた。声は大きくないが、床に響くほど力強かった。
「秘境の主はかつてこう言われました。
かつて青狐王族――つまり王妃様のご出身の一族が聖国と許嫁契約を結んだ本来の目的は、この盟約を通じて徐々に召喚獣の地位を改善し、やがて聖国で契約されたすべての召喚獣を解放するためだったのです」
「契約には最初からこう定められていました。
王族の召喚獣が聖国皇室と許嫁契約を結んだその時、聖国内のすべての召喚獣と召喚士の間にある不公平な『主従契約』は廃止され、代わりに平等な『共生契約』へと改められる、と」
私は王妃の瞳をじっと見つめ、静かに問いかけた。
「けれど、その後は?」
王妃の顔色は次第に青ざめていった。
「王妃が聖国に嫁がれた後、聖国はさまざまな理由をつけて約定の履行を引き延ばし、さらに密かに“主従契約”の廃止を妨げただけでなく――
逆に新たな、より苛烈な条件を突きつけてきました。
すなわち、『完全な魔法ダメージ無効化の血脈天賦を持つ直系の後継を生ませよ』と!」
私は一歩も引かず、声を鋭くした。
「だからこそ、この私の“許嫁契約”が生まれたのです!
聖国――あなたたちこそが、最初の契約を破り、
“許嫁契約”を血脈の天賦を搾取するための道具に変えた!」
王妃の唇がかすかに震えたが、反論の言葉は出なかった。
「そして、私が見た未来では」
私の声は一転して冷たくなった。
「彼らは約束を果たさないどころか、さらにエスカレートし、再び契約を裏切った。そして、我が王族の姫である私を、好き勝手に改造し、弄ぶ“器物”として扱おうとしたのです!」
「秘境の主は、もはやこれ以上、各族の姫に『責任』と偽る鎖を背負わせるわけにはいかない。召喚獣である私たちが、欺瞞と裏切りに満ちた不平等な契約を自ら断ち切る権利すら持たない――そんな理不尽がまかり通っていいはずがない!」
私は最後の力を振り絞り、はっきりと宣言した。
「秘境の主が私に伝えました。
今日この時をもって、“許嫁契約”がなくとも、召喚獣と召喚士の間に続いてきた千年の不公平はここで終わらせるべきだと!」
言葉が落ちた瞬間、宮殿全体が死のような静寂に包まれた。
レオンは信じられないというように私を見つめ、顔色は蒼白。
その瞳には、恐れと理解不能の色が交錯していた。
中庭のリディアは偽りの姿を取ることも忘れ、顔面蒼白でそこに立ち尽くし、
殿内を震えるような目で見つめていた。
まるで、世界の根幹を揺るがす真実を聞いてしまったかのように。
王妃はよろめきながら一歩後退し、玉座に崩れ落ち、かすれた声で呟いた。
「許嫁契約がなければ……どうすればいいの?まさか……また戦争を……? ありえない、ありえないわ……秘境は勝てない……勝てないのよ……」
「――本当に、勝てないのですか?」
私は静かに、しかし確かな声で問い返した。
その瞬間、王妃の顔色は一瞬で蒼白になった。
召喚獣は本来、強大な戦闘力を持つ存在。秘境が契約された召喚獣を捨てる覚悟さえあれば――
秘境が敗れることなど、決してあり得ない。
秘境がこれまで退いてきたのは、聖国を恐れたからではない。
ただ、契約された召喚獣たちを哀れみ、守るためだった。
もし、秘境が、その召喚獣たちをも“諦める”決意をしたのなら……
全ての召喚獣の未来のために……
王妃はそれ以上、思考を続けることができなかった。
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