【day3】-[1]-(5)
「まあ、一先ず、どっかの段階で、今日も顔は見せて欲しいんだが――」
そこでふと、タオが何か思い出す顔をし、「ああ、そうだ、イムファル」と改めて何か確認するような声を出す。
「何でしょう」
「フリュスの流優から、君に連絡は無かったか」
「はっ?」
イムファルにとっては大変唐突な質問だったらしく、軽く声を裏返して首を傾げた。
タオの方は「てことは、まだか」と一人合点して、「ああ、いや、実はな…」とアサギから聞いた話を簡単に説明する。するとイムファルも、〝研究者〟としての好奇心が刺激されたのか、目を輝かせた。
「――俺はこれから会議漬けだ、君もその会議に何処かの段階で参加することになるのかどうか、それは定かじゃないんだけども……。もしリューからの連絡が直接君に届いて、タイミングが上手いことハマるようなら、シダー君にリューからの文書を見せておくのも良いだろう。シダー君の暇つぶしにもなるだろうし、俺も時間の節約になる。構わん、俺が許可する。スオウ君なら兎も角、リューのレポートなら、政治的な機密などは含まれないだろうからな」
イムファルが途中戸惑いの表情を見せたが、こっくり頷いて領主が云うので、彼も「畏まりました」と返した。
――特に職務上で重要な話題が出ず、最初にシダーと流優の話題で大丈夫だったのだから――タオがそこで「じゃあ頼むよ」と軽く手を挙げて会議室の方へ再び足を向けようとする。
「あっ…と、お待ち下さい、タオ様、もう一つ」
イムファルは少々慌ててそう云い、領主を引き留めた。
「ん?」
「――昨日の〝説諭〟を、ボウガンにも簡単に伝えておいたのですが……」
その言葉に、タオは大げさに渋面を作る。
「おい、ボウガン君にそれを云うのは酷だって、俺自身云ったじゃないかよ。相当意地悪な上司じゃないか、俺」
「いえ、そうじゃありません。ボウガンは、タオ様の言葉で気が楽になったと。それで、お詫びとお礼を申し上げて欲しいと、私は伝言を頼まれたのです」
軽く手を振ってイムファルが云い、タオは「どういうことだ」と首を傾げた。
「タオ様のご指摘通り、ボウガンは『全く摂理の分からない奇妙な現象』を目にしたことに相当の動揺をして、それで少々体調を崩したらしいのですが、――タオ様からの『そうではない』という〝説諭〟を聞いたことで、動揺が和らいだ、と。三日間の休暇を私は与えましたが、返上して直ぐに任務に戻るとも申しておりました――とはいえ、体調を崩したというなら、それは別問題ですから、万全の状態に戻るまで休暇は取り消さずにおきましたが」
「ふん……、ああ、そういう意味――」
「情報部長である私からも改めまして、浅慮をお詫びすると共に、御礼を申し上げます」
そう云ってイムファルは、領主に敬礼を見せた。タオは苦笑して「そういうのは止めろ」と手を振る。
それでイムファルの方も一先ずの用件は終わったらしく、それでは、と軽く頭を下げる。そして、情報部室へ向かう廊下の方へ足を出し、タオとすれ違った――が、
まさしく情報部室へ続いた廊下との交差点、角から慌てた様子のマッシオ技師が顔を見せた。
領主と部長の姿を見て、一瞬マッシオの表情が、微かに笑みに変わり
「ああ、お二人ともご一緒でしたか、丁度良かった!」
そんなことを云って、再び慌てた顔になる。タオも足を止めて振り返り、どうした、と直属の上司であるイムファルが問うと、マッシオは二人に近寄ってゴクリと息を飲んでから答えた。
「た、たった今、エグメリークのシェリー・マティルダ皇太后、せっ、逝去の報が入りました」
「――!」
それを聞いて、当然のことだろう、タオとイムファルは目を見開く。
「確かか!」
イムファルが思わず怒鳴るような声を出して問い返すと、マッシオは大きく頷いた。
「広報です、エグメリーク王宮より出された、公式発表です!」
イムファルはタオを振り返る。――タオは、随分と冷静な顔をしていた――いや、どちらかと云えば、一瞬魂が抜けたのかと思うような、何も考えていない顔、にも見えた。
慌てた様子でマッシオは腕時計を確認し、
「今から一時間後に中央政庁ホールに於いて、改めて官房長官による会見が開かれます。とはいえ、これは流石に、入場出来る関係者や報道機関を限定してのことのようですが――終了後に〝録画映像〟を再度、公的な続報として発信することも発表されました」
「……」
ふと、タオが俯き加減になり、こめかみの辺りを抑えてブツブツと何事か呟いたかと思うと、飴玉でも丸呑みするように、一度大きく顎を引く。そして顔を上げるとき、――その表情は直ぐに消えたが――タオは微かに笑んでいた。
「そうか。分かった――イムファル、マッシオ君、引き続き其方の情報収集を頼む」
そう云うと、タオは二人に軽く手を挙げてみせ、当初の予定通り魔術士隊棟の会議室へ向かって歩き始めた。
大股に歩いて行く領主の後ろ姿に敬礼を捧げつつ、マッシオとイムファルは少々戸惑いの表情を浮かべた――タオの大股で歩く姿は、いきなり飛び込んできた大ニュースに困惑や混乱をしているというよりも、うきうきしているように見えたからだ。
タオが歩いて行くと、会議室手前の交差点左右から、サンハルとフーコーが姿を見せた。
向こうは向こうで領主の姿を見つけ、先ほどの彼と同様早足になった。フーコーがいきなり、
「タオさん! ちょっと聞いた!? エグメリークのクソババァが――」
と慌てた声を出し、仰ぐように手を振りながら近づいてくる。
サンハルが苦笑して、
「口が悪すぎるぞ、アエラ」
「それこそオバさんが井戸端会議始めるみたいだったぞ」
タオも、サンハルに向かって「ちょっと奥さん、聞いた?ってな」と、フーコーの仕草を真似しながらおどけた声を出す。
フーコーがぷっと口を尖らせて眉を寄せる。タオは苦笑し、
「――そうか、君は外務側で聞いたのか? 俺はさっき、情報部から聞いたよ」
「それで……どうするの」
ふて腐れていた顔を真面目なものに変え、フーコーが沈めた声で問うと、タオは大げさに目を見開き、呆れた声で「どうするもこうするも」と答えた。
「やることは変わりない。今目の前にあるのは、予定通りの会議だ」
「……。状況がかなり変わりましてよ」
「現在、その状況変化に応じるべきは、領主代理の君だ」
タオがニッと笑ってフーコーに云う。
「その上、君は外務部長でもあるじゃないか、尚のことだ。〝エグメリークのバァさん〟がどうかしたことによる〝外交戦略〟はもう、『どうするか』俺に聞くことじゃないだろ。俺が考えなくて良いように代理を頼んだんじゃないか、俺が決断するかどうかだけは俺自身が考えるから、先に内容を考えるのは君らだ」
ふてぶてしく云ったタオに、フーコーが「やれやれ」と云うふうに大げさに息を吐く。
――そんな二人に微苦笑を浮かべたサンハルだったが、タオの横顔には他にも何か……含んだ笑みが隠されているように見えて、
「……何か企んでることがあるのか?」
と旧友でもある領主へ訊ねた。
何を云われたのか本気で分からなかったらしく、タオがきょとんとして「何がだ?」とサンハルに訊いた。
「いや――領主職を一つ……フーコーに荷を預けてるのに安心して、自分はやりたいことやれるんでニヤニヤしてるってだけじゃなくて、何か他のこと考えてるようにも見えたんでな。俺の気のせいってんなら、まあ、妙なこと云って済まんかった」
「ニヤニヤって」
言い訳がましくサンハルが云うと、今度はタオがおどけてふて腐れた声を出した。――が、少し何か考える顔をしてから、
「……公式発表ってんだから、まあ、いいか?」
と独りごちた後、サンハルとフーコーに「耳を貸せ」と云って指で招く仕草をした。
素直に三人で額を突っつき合わせる格好になり、サンハルが「どうした」と囁く声で改めて問う。
「近いうちに〝解禁〟しそうだが、今のうちは一応、ここだけの話で頼む。――実はな、昨日の段階で、フリュスにエグメリークから――正確には国王側近の左大臣から、和平協議の打診が来ていたらしいんだ」
「ッ! 何ですって…?」
思わず声を裏返しかけたが、一度口を覆ってから、フーコーも絞るような声を出す。
「もっと正確を期すなら、その打診が来たのがいつかは、そういや、俺も確認をしてないから分からない。が――フーコー、昨日の朝な、アサギは司祭からその情報が来たのを、俺に伝えるつもりだったらしい」
「……そんな様子は全く見えなかったわ」
「あの段階では、スオウ君から『伝えるならタオだけに』って念を押されてたんだと。人が集まったから、そっちは黙っといたんだな、そのまま結局ああいう流れになったからタイミングが無かった。んで、俺も昨日、夜が更けてからやっと聞いた。――一体、〈核〉の昨日の今日で、どういう面の皮だと思ったんだが……。俺がニヤニヤしてるように見えたってんなら、『やっと合点がいった』っていう、満足感が出ちまったんだろう」
頬を擦ってタオが云うと、サンハルとフーコーは目配せを交わす――タオが何を云いたいのか、何となく分かった。
「……もしかして、あのババァが死んだから、国王陛下はその打診を……?」
「だから、アエラ。あまりに品が無いぞ――待てよ、アサギ君は昨日の朝、伝えようとしたって? ――逝去のニュースはついさっきだぞ。――まさか……」
サンハルがギュッと眉間に皺を寄せてタオに顔を向ける。
「偶然なのか――?」
質問とも独り言とも付かない口調でサンハルが呟き、フーコーも思案げに顔をしかめる。
逝去のニュースはたった今のことだが――エグメリークの実質的な最高権力者だった皇太后の死亡そのものが、たった今、今朝のことだったとは限らない。フリュスに和平協議の打診が来た……国王が打診をすることが出来た理由として、「実質的な最高権力者の死去」が、もしやあったのだとすれば――、皇太后の逝去は昨日の朝までのことになる。
もしそうだとすると、時期が、CFCの市長の〝暗殺〟と重なる――さほどズレていないのは、偶然なのか?
――タオは相変わらずニッと口角を上げた。
「そこに関連があろうが、偶々だろうが、俺が今やるべきこととは未だ関係無いから、どっちでもいいんだけどな。何にせよ――スオウ君からは『他言無用』ってアサギに云ってきてた訳だが、あの〝バァさん〟逝去のニュースが公式で入った以上、アエラ、特に君には早めに知っといて貰った方が良いだろうと思ったんで、一先ず此処だけの話で云っとく――まあ、この後、残りの代理四人にも伝えるつもりだが、今ンとこは其処までの話で」
タオがそう云うと、フーコーが「ええ、分かったわ」と力強く頷く。
「市長の方は置いといたとしても、エグメリークがそんなことになってるとなれば、CFCもかなり動きがありそうだが――」
「それも未だ、この世でやってる〝外交〟だ。俺が今からやることに関係してくるのかどうかは分からん、宜しく頼むぞ、元帥閣下」
サンハルが口元に拳を当て、真摯な声で独り言のように呟くと、タオはまたニカッと笑い、彼の肩にがしっと腕を乗せてそんなことを云った。
サンハルは呆れたように、あるいは諦めたように一つ溜息をつく。
タオはそのまま――フーコーの肩にも腕を乗せて――二人を引きずるように、
「さぁさぁ、会議だ。サンハルもアエラもディナム師匠も心置きなく〝謎〟に取り組めるよう、どさくさの済し崩しでも一向に構わんから、馬鹿げた〝外交〟はとっととお開きになると良いな!」
そんなことを云いながら、会議室の方へ大股に足を出した。




