【day3】-[1]-(4)
「必然、もう〝SU〟のメンバーってことになるんだろ? オリヴィアさんみたいな人材をハブには出来まい」
「勿論だ。ポーラ市国はどうなってるのかな」
「そちらは未定のようだ。スミス大使御本人は魔術士じゃないしな。他のトコでも、追々で人員が派遣されてくるようだし――現地議会があってからかな――。〝SU〟メインの会議で〈軍〉の幹部に何人くらい残ってて欲しいのか解らんが、ブランシュ閣下辺りは、居た方が良いんじゃないか? 一応、声を掛けておいたんだが」
「まあ……そうだな、ご老体を『現場』に遣る訳にはいかんが、〝魔法剣士〟でもある御方には、万が一のために居て貰った方が良い……」
「――となると、ウチの祖父さんにバーナードさんも居る、年配者が多くなるからさ、会議漬けではあるが、ちょいちょい休憩を挟むってことにして、大雑把に『午前中は会議』という段取りになったんだ。会議の進捗によっては、メンバーも入れ替わり立ち替わりするだろうし。……で、午後はそれが押すかどうかも分からんから、おいおいってことになって、今んとこ白紙さ」
「ああ……成る程」
そういうことか、と合点してタオが頷く。
スケジュールの伝達、という用件は既に終わった。他に云っておくべきことはあったかな、とサンハルが何か思い出す顔をした後で、「ああ、そうだ」と呟き、パキンと指を鳴らした。
「それと、さっき、イムファルと出くわしてな。随分慌てた様子だったんだが、タオのところに行くのだったら、ちょっと云っといてくれと」
「何だ? ……そういや、メシ食ったらテリーインとイムファルから定例報告って執務は、今日からもう俺には無しってことで良いんだったかな」
タオも「思い出した」という顔をして云う。サンハルが首を傾げ、
「今日も今日とて、どうせ会議漬けだしテリーインと代理五人も揃うだろ。余程君にだけの機密があるってんじゃないなら、その場でも良いってことなんじゃないか? ――俺が今伝達を頼まれたのは、そっちじゃないよ」
「何だい」
「どうもジェイコブ・シダー君が城に避難していたらしい」
「!」
タオが目を見開き、一瞬口も大きく開けたので、放り込んだばかりのパンの欠片がこぼれ落ちた。サンハルが「子供か」と呆れた声を出す。
「本当かよ!」
零した欠片を摘まみながら、タオがサンハルに顔を突き出す。
「本当かどうかは俺にも分からんよ。イムファルは、まだ避難所に居るか、見に行くのに慌ててたようだから」
「そうか……、シダー君が居ると百人力だと、イムファルも分かってるんだな……うぅむ、捕まると良いがなあ。シダー君と来たら神出鬼没で、議論や講義を願いたい時ほど所在が不明だ。何としても〝SU〟の本部に確保しときたい」
「犯罪者じゃないんだから。確保するだの捕まえるだの……」
サンハルが呆れた声を出すと、大げさなまでにタオは真面目な顔をする。
「妬ましくなるほどの鮮やかな論文、功績だけを残して、人の関心を奪う怪盗のようなものだろう、罪な奴と云えるよ」
――ジェイコブ・シダーは、「大学」の学年で云えば、マッカンやイムファルと同学年、タオとサンハルの一つ下である。だが、「中学」と「高校」で一度ずつ飛び級しているとかで、年齢は三つ下だ。サンハルはシダーを「大学」で知った。
実のところ、シダーとマッカンも入学の段階でイムファルと同様に――しかし彼とは異なり全てではないが――〈精霊〉との〝意志の疎通〟を果たしていた。それだけでも大したものであるから、結構な「有名人」となり得る。
〈魔術士〉と〈研究者〉は目指すものが違うので、学び舎では学科も変わる。特にサンハルは、そこまで自覚を求められはしなかったけども「本国の王位継承権を持つ者」でもあったから、学生時代はやるべきことが多くて忙しく、学科が異なる人物と交流を持つことは余り無かった。そもそも意識を向ける〝暇〟が無かったと云って良いだろう。
故に、余程「有名人」「名物」でもなければ、学科はおろか、学年まで違う人物を気に留めることなどまずあり得なかった――が、そんなサンハルでも、嫌でも噂を耳にするほど、イムファル、シダー、マッカンの三人は、当時有名な三羽がらすだったのだ。
イムファルは一般的な〈魔術士〉や〈研究者〉がそうであるように、〝世界〟や〈精霊〉に対する〝愛しさ〟とも云って良いだろう純粋な好奇心で〈研究者〉を目指し、その上で「優秀」であった。故に一般に云う「優等生」だった。
対して、マッカンはどちらかと云うと「リアリスト」――〝己の層〟に於ける「合理」を追求し、「〈魔術〉を否定するために〈魔術〉の研究者を目指した」と云える点で、彼も結構な〝異端児〟だった。――とは云え、それは傍から彼を表現した場合である。マッカン自身は、〈魔術〉を〝人智を越えた何か〟と認識して思考停止すること、思考停止した結果としての「依存」と「否定・拒絶」の両方を、それこそ否定するために〈研究者〉を志したのだ。表現の仕方は違っても、〝世界〟と〈精霊〉に対する愛着や好奇心は、恐らく「ボンヤリと〝魔法〟に頼っている一般人」よりは余程にある。
そしてシダーは、どこまでも純粋な〈研究者〉だ、それ以外にはなれなかった、というくらいの。彼にあるのは、知的好奇心、知識欲だけ――二人と違って、〝世界〟と〈精霊〉への「愛着」があるかは、甚だ疑問である。彼は己の研究成果が一般社会に〝還元〟されることに何の感慨も持たない人物なのだが――元々、そのために〝研究〟をしているつもりがサラサラ無い。当然、成果から生まれる利害や損得にも全く頓着が無い。論文が、褒められれば誇らしい、というくらいの人間味は当然ある、しかし、貶されても意に介さず平然としている。己の知的好奇心が満たされさえすれば、それで完結するのだ。
故に、一国の「官僚」と云える立場、「職」に、就くことも可能だったイムファルやマッカンと違い、シダーは研究者以外には向いていない、「才能」に恵まれて「優秀」でありつつも「攻撃的と云える程に先鋭的」でもあるから、〝異端児〟〝問題児〟と称されるのだった。最低限の人徳、良心、倫理観は持っているから、今のところ〝風来坊〟でもやっていけているのだろうが、それすら無ければ今頃、本物の「罪な奴」になっていたかもしれない。
サウザー直轄地、城下町の出身であるシダーを、タオは大学以前から知っているらしく――子供の頃からシダーの「才能」は認めつつも、「そういう尖り方」をしないよう、周囲の人間は気をつけてもいたらしい。
そして〝風来坊〟程度で終わる人格が備わりさえすれば、残るのは「才能」だけ、神出鬼没で人心を魅了する「罪な奴」――その評価だけだ。
――タオの表情には、昔を懐かしむような……少々のノスタルジィも見て取れた。恐らく、自分の顔にもそれが浮かんでいただろう……サンハルは軽く苦笑を浮かべた。
タオは「おっと、こうしちゃおられん」と呟き、机の横に設えられた引き出しを一つ開けて、片手に握り込める程度の水晶玉と、携帯用シガレットケースくらいの大きさの木箱を取りだした。
パンを口に銜え、小さなクッションをまず机の上に置き、その上に水晶玉を据え、横に木箱を置く。
それが何なのか分かっているサンハルが目を細め、今度は少々苦々しい声を出した。
「おい、俺がまだ居るのに」
水晶玉は、フリュス村の大司祭――スオウに限定した通信手段、木箱はサヴァナの筆頭――タケヨシとの通信手段、「ホットライン」なのだ。どちらも〈魔術〉を利用した「道具」である、戦をしている直接の〈敵〉、CFC等から「傍受」される恐れは全く無いのだが……、トップ同士の通信を、他者の居る場で無造作に始めるのは好ましいことではない。
タオは飄々と
「君に聞かれて困るようなことは云わないから大丈夫さ。ってか、聞かれて困るような話をトップ同士がコソコソやってても、君は良いのか?」
サンハルに顔も向けずに云って、水晶玉と木箱に向かい、ブツブツと呪文のようなものを呟く。
サンハルは溜息を一つ吐き、早口に云う。
「何にせよ、君のメシが終わるのをじーっと待つつもりも無かったんだ。また改めて総務の者が伝達と食器下げに来るだろうからな、俺は下がるぞ」
「ああ、分かった。じゃあまた後で――……おう、お取り込み中に済まんな、タックさん」
サンハルに軽く手を振り、タオは木箱に向かって明るい声を出した。
「ちょっと今のうちに訊いておきたいことがあってな――ああ、スオウ君、おはよう」
――「映像」が見える通信道具ではないが、きっと食事中であることは伝わる筈だ。胸の内でだけ「早朝というだけでなく、その無礼も一応どこかの段階で断れよ?」などと呟きながらサンハルは軽く肩を竦めると、そのまま部屋を出て行った。
サンハルの云う通り、総務部の者が改めて会議の開始時刻を伝えに来た。まだ少し時間はあったが、個人的に、サンハルかディナムへ話したいことがあったので、早めに部屋を出、議場となる魔術士隊棟の会議室へ向かう。
――と、廊下の途中で、こちらへ向かってくるイムファルと出くわした。両者とも少々早足になって近づき、廊下の端で向かい合う。
イムファルがまず「おはようございます」と云ってきたのに「ああ、おはよう」と早口に返して、
「サンハルから聞いたよ、どうだい、シダー君は居たのか」
お互いが小走りになった理由である質問を、タオの方から投げかける。イムファルは大きく頷き、
「はい。ラッキーでした、朝食の後には避難所を出るつもりだったらしく」
「へえっ? そりゃあ、スレスレだったな」
「本人も研究に乗り気です。後は――シダー君自身は頓着していませんが――民間人を雇うにあたっての、待遇等を含めた法整備を、総議会に急いで頂きたいものです」
「ふむ、全くその通りだな。――シダー君は今、完全にフリーなのか」
そこでイムファルがシダーのここ三日の境遇を説明すると、タオも一度呆れてあんぐりと口を開けた。
「それはまあ……、幸運というのか不運というのか」
「今日捕まえられたのは、我々にとって幸運でしたが」
イムファルが苦笑を見せ、タオも肩を竦めてみせる。
「ひとまず、私の住まいに待機して貰うことにしました。城への出入りには魔術士隊棟を訪ねるように伝えておりますので、呼び出せば直ぐに来られると思います」
「ほう! ならば――まず〈軍〉会議があるから、その後からでも顔を出せるよう、待っててくれと伝えておいてくれ。きっとアエラやマッカン君も会いたがるだろ」
「はあ」
にっこりと笑ったタオに、イムファルが頷く。気が逸っている様子も顕わなタオを見て、シダーの指摘通り自分自身もさっきは逸っていたのだと自覚し、苦笑が浮かんだ。
「となると、臨時法の整備は火急になってくるな。現在何の役職にも就いてないフリーの民間人を、公的な組織にしれっと入れてたらやかましいコトを云う人も居ろうし――。いや、待てよ? いっそのこと、『徴用』の形にすれば現行法でもイけるか? シダー君が乗り気になってるんなら尚のこと急がなきゃ、臨時法の成立と施行までボーッと待機させるようなことになると、彼は勝手に飛び出しかねないぞ……」
頬を擦りながら独り言つタオに、やはりイムファルが苦笑を浮かべる。
――「領主」が唯一、超法規的な行動を取れる者だということに間違いはないが、あくまで「いざというとき」である。同時に、ただ一人の「規範」でもあるべきなのだ、しょっちゅう超法規的な行動を執られては、ただの無法者だ。「合法」を判断と行動の基準にする「王」は率直に頼りないが、王には違法が許される訳でもない、そんな意識がある「王」こそ端的に独裁者である。
「やかましいコトを云う」者にやかましいコトを云わせて事態を滞らせないために、合法である方法を瞬時に探し出すのも、王に求められる「才能」なのだろう――何せシダーが王の器ではない、タオの云うとおり、政治的手続きが長期になったせいで、彼に何もさせずに「待機という名の拘束」をしていると、彼は「じゃあもういい」と再び所在不明になってしまい、後々、合法的な調査組織である魔術士隊の活動を邪魔するという「違法行為」をやり兼ねない――。
第三者から何らかの批判が出てくるとしても、シダー本人が既に乗り気である以上、現状で合法である「徴用という名の拘束」の方が余程にシダーにとっても良いのかもしれない…。




