【day3】-[1]-(2)
「で、寮に――まあリュックに収まる程度の財産しか俺は持ってないがね――引っ越す予定だった一昨日さ、ジルバ鉱山が一時避難所になって、しばらく閉山ってことに、正式になっただろ? 俺の契約も一旦白紙になっちまってな。住むとこも無いし、ムショクにムシュク、名実ともに〝風太郎〟さ。――かと云って、俺みたいにぴんぴんしてる独り者の男がいつまでも城に〝避難〟してるのもどうかと思うしな。取りあえず、昨日の会議を傍聴して、……この朝飯を頂いたら、一度出ようと思ってたとこさ。就労契約破棄になった違約金が多少貰えたし」
シダーが、苦笑して軽く肩を竦める。
すると、イムファルは何故か、少々慌てた顔をする。胡座から片膝を立てて身を乗り出し、ぐっと旧友の肩を掴んだ。
シダーが驚いて、「どうした」と問うと、イムファルは首を振った。
「いや、君の不運を喜ぶのはあんまりなんだが、僕にとっては僥倖だ、領にとってもね!」
「は?」
「君が避難所を出る前に捕まえられて、本当に良かったよ!」
掴んだ肩をぽんぽんと叩き、イムファルは胡座に戻り、その膝をがっしりと掴む。そして身を乗り出して顔を突き出した。
「もう君にも分かってるだろう? 何処かで別に就職してるというなら無理は云えないところだが、名実ともにフリーというなら――」
「……」
「単刀直入に云う。頼む、『研究者』として、対策本部に入ってくれ」
そう云うと、イムファルはぺこりと深く頭を下げた。――シダーは微かながら戸惑いの表情を浮かべ、指で顎を掻いた。
「君ほどの人材が参加してくれるなら、こんなに有り難いことはない。――研究室を出てからの君とは、なかなか連絡が付かないし、今回なんて、此処で捕まえられなかったら、ほぼ『行方不明』だったろう。君にとっては今の状況、不運もこの上無かったろうが、僕らにとっては相当良い巡り合わせだったよ。きっとタオ様だって、君が居たらな、と思ってる筈だ」
「そうおだてるなよ、〝役所〟に入ると、そんなに口が上手くなるのか? 俺みたいな落ちこぼれに、領主様が期待なんかしてるかよ――」
「〝落ちこぼれ〟? 何を云うんだ、君が異端児であり問題児なのは僕も認めるが、落ちこぼれなど! 君のような天才が謙遜する方が余程に嫌味だよ」
はぐらかすように薄笑いを浮かべて、ひらひらとシダーが手を振る。そんな彼にイムファルは、大げさに顔をしかめて窘める声を出した。
今度は少々悩ましげな顔をして、シダーは頬を擦る。
「しかし……、それこそツゥリーに、リンデン、君が既に居るんだぞ? 『実践者』の〈魔術士〉なら兎も角、研究者がそんなに必要か?」
「人手は幾らあっても困らない状況なのだよ。そりゃ、僕も対策本部で役目に就くことはあるだろうが、情報部長としての任務もある。マッカン君に至っては、末席扱いとは云え領主代理だよ? 僕ら二人をあんまり当てにされても、正直困る。――むしろ、現段階では研究者のほうが必要なんだ。そりゃあ勿論、魔術士隊のみならずマグギルドの民間魔術士にも手は借りる予定だが、実践者たる魔術士に『何が出来るのか』を判断する段階……分析・解析、推測、考察、それをおこなって纏めるという作業は、――こう云ってはなんだが――魔術士よりも研究者の方が得意じゃないか。それを迅速に行うために今後、それこそ君がさっき云ったダニエラ君を含め、各種教育・研究機関にも協力を申し出る予定だった」
「……」
「――君が、その中に居ないというのは、あんまりじゃないかね?」
真摯な声でイムファルが云うと、シダーは相変わらず――水で洗顔こそ出来たものの丸二日剃れなかったので――無精髭が目立ち始めた顎を擦りながら、「ん~」と曖昧に唸る。
「学生の講義がストレスだったのとは段違いに――領民の今後を左右する研究に携わるのは、プレッシャーだとでも感じてるのかね? だが、本来、研究者の研究成果は、いずれ民衆に還元されて彼らの生き様を左右することに、昔も今も変わりはないよ」
「そりゃまあ、そうだがな……」
否定はせずに、しかし気のない声色でシダーが呟き、イムファルは一つ、しみじみとした溜息をついた。
「シダー君。それに――君自身、『興味がない』という訳でも無いだろう? 実はうずうずしてるんじゃないのか。君自身の研究テーマとは違うだろうが――というか、そんな研究テーマを今まで持ってた研究者も居る筈が無いのだが――、目の前に、あんなまっさらな課題を提示されて、君のような人物がスルー出来る筈も無かろう」
溜息をついて云い聞かすような声色を使った後、イムファルはニッと挑みかかるような笑みを浮かべた。
「本部で公式に研究を進めるのと、独りで、まるでただの趣味のように研究を進めるのとでは、スピードも違うよ。さて、このまっさらな謎に対して、最初の考察を与えるのは誰かな。僕か、それともマッカン君か、それともダニエラ君かな?」
シダーは、一瞬だけ狼狽めいた表情を浮かべた後、彼と同じように不敵な薄ら笑いを見せる。
「――そういう挑発じみたことも云えるようになったのかね。君、昔はそんなじゃなかったぞ、タオさんの悪いところが似ちまったんじゃないか?」
イムファルは「ふふん」と笑みを浮かべたままだ。
「良いのか? 俺はチームワークなんて概念は欠片も無い、〝過激派〟の〝異端児〟だぞ。どんな危険なフィールドワークも非常識な論調も、己の仮定を証明するためなら厭いはしない。他の研究者との論戦自体が、時間の無駄を招くのかもしれない」
「それがどんなに非常識で先鋭的だろうと、他人の仮定を含め証明や反証が出来ているなら、故に信憑性・説得力がより高いなら、本部長であるタオ様が支持するさ。保守的で常識的で誰にでも分かりやすくても、証明が出来ない、反証も出来ないなら何の役にも立たない。証明出来ないだけならまだしも、論理的にも説得力がない推論や感情論だけで君と喧嘩する研究者の意見は、タオ様が責任持って採用しないだけさ」
イムファルが肩を竦めながら飄々と云う。シダーは表情を苦笑に変えた。
「――恐らくタオ様にとっては、君みたいな〝急進的な異端児〟の方が、僕のような〝慎重な保守派〟よりも有り難いだろうと思うよ」
「……挑発ってやり方が来たかと思えば、自嘲することで持ち上げる技術までゲットしたのか。すれたみたいで何だか寂しいぞ、リンデン」
シダーが苦笑を浮かべたまま云うと、イムファルはきょとんとした顔でプルプルと首を振った。
「事実さ。――ああ、言葉が足りなかったせいかな? あくまでも、今の状況、タオ様にとっては、だよ」
「――」
シダーの目を真っ直ぐに見つめる、イムファルの目には自嘲の色など無い。それどころか、挑発めいた言葉から引き続き、
『君よりも自分が劣っているとは思っていないよ』
と主張するような、挑戦的で真っ直ぐな視線である。
「僕自身は、領の幹部でもある研究者として、客観的な判断で、そう云ってるんだよ。君だって会議を見ていたんだろう? だったら解るだろうに――ヴァネッサ君とタオ様の論戦を、覚えてないのか?」
「……覚えてるさ。あのくだりが一番楽しかった」
シダーがふふっと笑う。
「自嘲じゃない。僕の『スタイル』では、今の非常事態に対してスピードの点で適さないんだ。データから仮定と推論、仮想空間での実験を繰り返し、理論を先に固めてから魔術士に落とし込むってのは、悠長過ぎる。対して君はどうだい。文字通り『対称的』じゃないか」
「まあ、その自覚はある――俺は、理論を固めるよりも先に、取りあえずの仮定をフィールドワークと実験で潰しまくるからな……」
「そうだ。多分、今のタオ様にはその方が良いんだ。タオ様は今、機動性を重視してるから、実践者の魔術士を待機させることになる僕のスタイルより、君のように矢継ぎ早に仮定を出して取りあえずやってみるタイプの方が、適してる」
「ふん……。となると、民間魔術士を雇うどころか、魔術士隊員を顎で使うことも出来そうだな」
くくっとシダーが喉を鳴らして、イムファルが「顎で使うというほどの権限は与えられないだろうけどさ」と肩を竦めた――シダーが冗談で云ったのは解っているので――。
「まずタオ様からの命令書を受け取った隊員とチームを組んだ上で、直接の指示を与えるってことくらいは出来ると思うよ。――ただ、危険すぎるフィールドワークや、魔術士隊員に無謀な真似をさせることは、タオ様だって止めるだろうがね……。チームワークを第一に考える必要は無いが、独断で動くのだけは、止めて欲しい」
「そりゃまあ、そうだわな。俺も流石に、あんな化け物に、嬉々として近づいて行く程、恐れ知らずのバカでもないし、ちゃんと雇われてる時に、『スポンサー』の意向を汲まないほど恩知らずでも無いんだ」
「ああ……、そうだ、それも肝心の所だな……、実は、済まないが――」
「ん?」
道化たふうに肩を竦めたシダーへ、今度はイムファルが少々困ったような声を出した。
「今こうして君に話しているのは、ほぼ、それこそ僕の独断なんだ。部員から聞いて、避難しているのなら未だ居ないかと、慌てて探しに来たら幸い居た、それで話してるというだけでね。――大学やギルドに協力を要請すること自体は、既に決定事項と云って良いんだが――正直、君のように〝フリー〟の民間人を『雇う』にあたって、人数・募集要項――露骨な話、待遇や報酬は完全な白紙なんだ」
恐縮そうな様子のイムファルに、シダーはちょっとばかり呆れた顔をした後で苦笑した。そして、手を振る。
「そんなことは分かってるよ。だって、昨日の会議で予算編成や法整備はこれからって云ってたじゃないか」
シダーは、先走ったイムファルに呆れたのではなく、彼が申し訳なさそうにしていることへ呆れたのだ。
イムファルは目をぱちくりとさせた。
「『そんなことは分かってるのに』乗り気な様子を見せた俺に驚いてるのか? 何を驚くことがある、『あんな問題を突きつけられて大人しくしていられるか』と云ったのは、君の方だろう」
「……」
「何にせよ、俺は〝あれ〟を合法的に研究させてくれるんなら、それだけでいい。『予算』がどうなるのかは気になるが、そこに、少なくとも『俺』への報酬は考えて貰わなくても構わんしな。待遇ってんなら、メシと寝るとこさえ何とかしてくれりゃ、それで良いさ」
「いや、流石にそれでは『ほぼボランティア』になってしまうし……」
「俺は研究さえ出来るんなら、ボランティアでも一向に構わん、と云ってるんだ。どうせ自分の稼ぎだって、寝食以外は自分の研究にだけ使っちまうんだから、『研究用の予算』と変わりゃせん。それが自分のやりくり以外のところで確保されるってんなら、俺個人の懐の温度は一向に気にならないよ」
今度はシダーが飄々と云う。
「――二十四時間体制で城に居なきゃいかんようなことになるなら、寝袋は持ってるんで物置でも屋根裏でも適当な空間宛がってくれれば、居心地に頓着はしないさ、野宿より余程良いし。流石に民間人を居候させる訳にはいかないから通勤してくれってんなら、まあ、そうだな、城下のどっかに宿――安い部屋でも借りて欲しいってくらいは、あるかな?」
顎を掻きつつシダーがそう云うと、イムファルも少し何か考える顔をして、ぽんと自分の膝を叩いた。
「そうだ――。実際、正式に対策本部へ参加してもらうためには、色々と段取りやら政治的手続きが済んでからになるかもしれないんだが……、シダー君、避難所を出るつもりだったというなら、僕の住居に来ないか? 実は、僕もこの二日、帰れてなくてね――僕は部長室に詰めてて仮眠も取れるし、食事も支給されるから困らないんだけど、自宅の食料庫に残ってたものが心配でさ……果物や葉物野菜がまだあった筈なんだ。今日以降も、一体どうなることやら分からないし」
「ははぁ」




