【day2】(4)-[4]-(4)
「あんたがあんまり細かく突っ込んでくるから、そこんとこも思い出したよ。――そこにあんたが書いた分を午前と午後で分けるのはもう無理だけど」
「うん?」
「確か、見た目に関してだけは、朝の分で聞いたんだ。そんとき〝いい女〟つってたんだよ。それは文書回覧で見た『絵』だけで云ってたんだと思う。でも、午後の分は、多分だけど、もっと詳しいこと書いてる文書をタケさんから渡されて、それ見ながら云ってたのかもしれない。タッパとか、フィズさん達の位置関係とか、その辺だったかなあ」
「何故そう思う」
「思い出してみたら――俺からニックに質問したときに、『ちょっと待て』って云って少し間は空くんだけど、答えはすらすら出てたりしてたんだよな。思い出したこと云ってるってよりは、書いてることを読んでた、って雰囲気がしっくり来る感じ。それに、俺が訊いたことに答えられないとき、『それは覚えてない』とは云わなかったような……『解らない』って――ただ、『書いてない』って云った時は無かった気もするから、確定は出来ないけど」
リオンがそう云うとタオはにっこり笑って頷き、
「目を使った訳じゃないが、良い観察眼だ、リオン」
と力強く云った。……明らかに「褒められた」ので、リオンは照れくさそうに頭を掻く。
タオは「成る程な…」と呟き、次には少しばかり意地悪にニヤッと笑い、
「棚からぼた餅、というのは大げさだが、成り行きでなかなか良いことも聞けた。さて、逸れた脇道を一度戻るかな」
そんなことを云う。
アサギとリオンは顔を見合わせ、リオンがタオに首を傾げてみせる。
「脇道……?」
「そうだ、今のところ二回、脇道に逸れてる。それを一本戻るぞ。――説教じみた講義の続きだ」
そう云ってもう一度意地悪く笑った後、タオは再び白墨を取った。
「タックさんから文書を渡されて、それを元に君へ情報を伝えたってのが事実だとして――ニック君が文書の内容をそのまま、君に伝えていたのだとすれば、それはニック君と上層部の両者が、少なくとも文書の内容の範囲で、ほぼ同じ情報を共有出来ていると考えることは、可能だろう」
タオは黒板の空いたスペースに「N」「T」という文字を書き、それぞれを丸で囲んだ。加えて、その両者を纏めて囲むように線を描いた。
「まあ……そうだと思うけど…」
リオンが小首を傾げつつ答え、アサギも「はあ」と小さな頷きを見せた。
タオは続けて「N」の下に「L」と書いて丸で囲み――恐らく「リオン」の「L」だ――「N」からそちらに向けて矢印を書く。
「で……ニック君からリオンへ『情報』が伝わる訳だが――リオン、君とニック君は同じ情報を完全に共有出来ているとは限らない。故に、タックさんとも情報を共有出来ているとは、考えるべきじゃない」
そう云いながら、タオは「N」から伸びた矢印に「?」を添え、「T」と「L」を繋ぐ線を一度は引いたが、直ぐに、指の腹を使ってその途中に切れ目を付けた。
「何で?」
リオンが軽く眉を寄せる。タオはその疑問が来ることを既に予測していたのか、躊躇うことなく「君が今語った話からだと、少なくとも俺は、そう判断する」と続けた。
「リオン、今、『質問したときに少し間が空いて、〝書いてあることを読んでいる〟ようだった』と云ったよな。それで『文書が手元にあったのではないか』と推測したのは良い着眼だ。……が、この話からは、もう一つ推測出来ることがあるんだが、解るか?」
リオンがアサギに顔を向け、二人して首を傾げ合っている。――今は若者が「自ら思考して答えを導き出す」ことを目的としている訳じゃないからか、タオは直ぐに自分で答えを云った。
「ニック君は、書いてあること全てをリオンに伝えたわけでは無いのかもしれない、ってことだ。質問されて初めて伝えた事柄があるのなら、質問されてないから云ってない事柄も、まだあるのではないか――と」
リオンもアサギも「あ…」というふうに口を開き、ぱちぱちと瞬きをした。
「勿論、文書の内容殆ど、全てを伝え終えているという可能性もあるんだが――その文書が、この位だったのか、それともこの位だったのか、俺達には分かんないだろ?」
タオが白墨を摘まんだのと逆の手の親指と人差し指を使い、「厚み」を表す仕草をした。
「だから、俺は、ニック君とリオンが全く同じ情報を共有している……持っている情報量が同じとは、現段階で確信が持てない。それこそ、ニック君が手にしていた文書には、『高度』や『視線の方向』もあったのかもしれない、だが、云うタイミングが無かった――それは充分考えられる」
それはそうかも…とリオンがぎこちなく頷く。
「そういえば――俺も断言はしないけど……タケさんが途中で混じってきたのって、何か、ニックの方に用事があって呼びに来たような雰囲気あったし。それに俺の方も、まだ訊きたいことはあったんだけど、もうすぐ会議が始まるなあって思ってて……、二人ともちょっと煮え切らないところで切り上げたような、〈通信〉終わるときは、そんな雰囲気あったから…」
何か思い出すように視線を遠くに飛ばしながらリオンが云うと、タオが「そうか」と頷いた。
「じゃあ、ニック君と君が同じだけの情報を共有出来ていないかもしれない、って指摘に、もう拗ねてはいないな?」
「……さっきだって、別に拗ねてたわけじゃねえよ」
タオの言いぐさに、それこそ拗ねたようにリオンがぷっと頬を膨らます。
ふふ、とタオは笑ってから、声色を真面目なものに戻して続けた。
「それに、ニック君とタックさんが同じ情報を共有しているというのも、先に云った通り、あくまで、その『文書』の範囲内でだ」
そう云うと、タオは「T」の横へ新たに「F」を書いた。其処から「T」の方へぐりぐりと何往復も手を動かす形で、「N」から「L」に伸びた物と比べると相当太い線を書き、同じように矢印にした。
「もしかすると、俺とアサギが危惧した通り、〝フィズ君〟から寄せられた情報のうちに『上層部で止めておくべきもの』も、やっぱりあったかもしれないだろ。フィズ君達のリスクとサヴァナ・ギルドの安全を秤に掛けて、ギリギリのところで、『警備』に伝えるべきと判断したものをピックアップしたのかもしれない。午後、もしかすると新たに纏めた文書の内容をリオンに伝えるよう、続けてニック君に命じたのは、他の人に命じることによってサヴァナ内に拡散することは避けたかったからかもしれない」
そう云いながら、「N」と「T」の間にも、三本目の矢印を書いた、太さは前の二本の間ほど。
「ああ……それもあるかもしれませんね」
アサギの方が「成る程」というふうに頷き、リオンは腕を組んで「うーん…」と唸った。
「でも、だったら別に、午後に追加で伝えてくることも無いんじゃ?」
リオンがタオに向かって首を傾げると、タオは
「結果的に今そうなってるように、君から俺くらいには、ある程度が伝わることを期待したのかもしれんな。まだサウザーへ公的に伝える内容ではないにせよ、サヴァナの警備隊にそうしたように、こっちでも『一応』警戒した方がいいかもしれんぞ、って意味もあるのかもしれん。実際俺は、夜が明けたらテリーインと……ディナム師匠やサンハル辺りには相談してみようかと考えてるし」
「ふぅん……」
「君は、グロスの草原で地元に連絡を取ったとき、グロスの『筋』と『百鬼夜行』のことも簡単には伝えたんだろう? それに呼応する情報というか、『もしかするとイー・ルに、それと似たものが出たのかもしれない』っていう意味もあるのかもな。だから、サヴァナの中ではまだ広めていないが、君には伝えとこう、って判断だったのかもしれん」
「あ~……」
これはあくまでタオの想像の範疇でしかないから、完全に納得することは出来ないが、一理ある、というふうにリオンも頷いた。
「だから、君とニック君は、ボーダー警備の他の隊員、勿論非戦闘民である一般の方々と比べれば、多くの情報を持っている可能性が高い。が、上層部が持っている情報よりは少ないだろうし、当然、フィズ君達と比べたら明らかに少ない」
「……? フィズさんとタックさんも、同じ情報を完全に共有しているとは、云えないのか?」
「そうだ」
タオの口調がやけに念を押そうとするものだったので、リオンが不思議そうに目を細めると、師匠は大きく頷いた。
「フィズ君がどんなに詳細な報告書を作成したとしても、事実を経験した本人と、情報を完全共有することなど出来っこない」
「……」
「〝サウザーの三つ子〟のような例外はあるが、あの三人はかなり珍しい成長を見せただけだし、それにしたって〈魔術〉を使わない状態なら、あるいは三人より外に情報を伝えるなら、やはり共有は出来ん」
「三つ子」というのはケン・チョウ・ギンの三人のことだろう。〝うちの三つ子〟でアサギやリオンにも通じるとタオが思っているのなら、やはりあの三人の〈通信魔法〉に於ける〈連携〉は「特殊」なのか。
「――イー・ルで起きた『事実』は、それを実際に経験したフィズ君達しか知り得ないんだ。それが『情報』として伝わる時、それぞれの立場によって段々と先細りになっていく」
そう云ってタオが三本の矢印を順番に指した。
「リオンに至るまでに、『事実』はかなり頼りない内容になっている。そのことを頭の何処かに置いとかなきゃいけないんだよ」
「……。他人の云うコトを、百パーは信用すんなってことか?」
「ほら、それだ。リオン」
悩ましげに首を傾げつつリオンが云うと、タオはニッと笑い、白墨を人差し指と中指で挟んで彼に突きつけた。
「俺は、一言だってそんなことを云ったか?」
「……」
タオは白墨でリオンを指したまま、その手の親指で自分を指し、相変わらず意地の悪い笑みを浮かべた。たじろいだリオンが、ぐっと息を飲む。
「『信用』は百パーセントしてもいいんだ。そりゃ、したくなけりゃしなくてもいい。俺が云ってんのはな――」
そう云うと、タオは二人に体を向け、指をぴしゃりと「F」の上に当てた――いよいよ「講義」だ――。
「『事実』があるのは此処だけ、フィズ君の脳内に蓄積された『記憶』として『事実』がある。それが『報告』され、『情報』として伝わっていき、此処」
「F」から始まる矢印を次々指していきながら、最後に「N」から「L」に伸びた矢印をスッとなぞった。
「『君』に至った段階で、一体、何パーセントの『事実』になっているんだろうか? ましてや、此処」
少々声を険しくして、タオが黒板の一部を、ビシッと指し直した。
それは、「女の形をした何ものか」が、「移動」あるいは「三者三様の見え方をした」――アサギとリオンの「イメージ」を模式図にした部分である。
「これは、『事実』ゼロパーセントだ」
「……」




