【day2】(4)-[4]-(2)
「そうです。ニックさんが『これ』をどういう経緯で知ることになったのかは知りませんが、万が一、ニックさんに『漏れた』、そこからまたリオン君に『漏れた』ということになってしまうのなら、それはマズイんじゃないかなって…。リオン君もさっき、『イー・ルの上層部が火消しに躍起になってる』と仰ってたでしょ、万が一、『サヴァナがこれのことを知っている』というのが、今度はイー・ルに漏れたら、フィズさん達の身に危険が及ぶ可能性があるじゃないですか」
リオンが「成る程、どうして気がかりになるのかは判った」と頷き、タオもアサギの言葉に訂正は無いらしく「うん」と頷く。
再びアサギが、ふと思いついたという顔をタオに向けた。
「でも、タオ先生。午後、先に僕とリオン君に入って来た通信……サンハルさんからそれが入ってると聞いた分は、サウザーの通信室へ、だったんです。その後折り返したのは僕ら二人とも、個人的にだったんですけど。いくら何でも、ニックさんがただ友人へ連絡を取ろうとしただけなら、そちらを利用はしないんじゃ……」
「午前は?」
だから、「私的」ということは無いんじゃないだろうか、そういう意味でアサギが云うと、即座にタオが云った。
「結局、別の講義が始まったから、君達から聞けなかった、その段階での情報は」
「……」
ああ、そうか…とアサギが困ったように首を傾げて、リオンをちらりと横目に見る。
「確かに、午後、サウザーの通信室を一度介した分は、『私的に』って訳じゃないだろう。が、今、ここに出てきた『情報』は、リオンが『午前と午後の分合わせて』って云ったよな。どの部分が午前中に聞いた分、どこが午後に聞いた分なのか、リオン、きちんと分けられるか?」
緩い拳を軽く黒板に当てて、こん、と音を立てつつタオが云うと、リオンはただ肩を竦めた。
「きちんと、ってのは無理だと思う。もう、俺の中で一緒くたになってる」
「ならば、やっぱり曖昧だ」
タオも肩を竦め返して、わざとらしく溜息をつく。
「せめて、ニック君が『私的に』ではない……外に漏らしたという訳ではない、それを確信出来る根拠が無いと、俺もこの情報をどう扱うべきなのかがビミョーになるんだよ、リオン。これが『竜巻』らしい、という話を聞いたんだから、俺は『これ』を考察するに辺り、例えばフーコーにも意見を聞いてみたい。だが、サヴァナの本陣からすると本当は、今の段階でサウザーにも知られてるつもりなど無い、なんてことだと、話がややこしくなる」
「あ~…」
「だから、――アサギも云ったように、フィズ君達の身の安全のためにも、明確にする必要があるんだ。この話は、今ここだけの話で止めておくべきなのか、それとも『君を介して非公式ながら既にサウザーにも伝わった』と思っても良いのか」
真摯なタオの声に、リオンは、理解出来たというふうに大きく頷いた。その後、腕を組んで天井に顔を向け、
「しかし、根拠とか云われてもなあ…」
少々、ふて腐れたような声を出して口を尖らせた。
そんなリオンの様子に、アサギが「おや?」と一度首を傾げる。――フィズ達に危険が及ぶのかもしれない、という言葉に、リオンが「青ざめた」という様子は無い。
もし、そうした可能性を全く考えておらず、今此処で話してはいけなかったのかもしれないのに話してしまった、ということであれば、慌てたり焦ったりする様が見えても良いと思うのだが――。それが無いのだから、先に云った通り、リオンには「個人から」ではなく「組織から」だと、自信があるのだろう。
アサギも平常通り、普通の雑談をする時のような口調に戻してリオンに云う。
「もしかして、リオン君は忘れてるだけで、何処かの段階でニックさんが『サウザーの領主にも伝えておいて』と仰ったりしたんじゃないですか? それがいつものことだから、今日のことは特別覚えていないとかでは?」
「ん? ん~……いや、そういうのじゃあ無い……と思う。そりゃ、『黙っとけよ』って云われた覚えも全く無いんだけど『云っとけ』とも云われてないなぁ――、第一、それは別に、あんた達が気にしてる『ニックから』なのか『サヴァナから』なのかの根拠にはならないだろ?」
「じゃあ……。――リオン君は、ニックさんがハッキリと『サヴァナから』と云ったんじゃないのに、個人的に喋ってた訳ではないと、確信してますよね、今」
「あ、うん、それはな。確信って云うか、あんた達ほど気にしてない、って感覚はある」
アサギの問いに、リオンはあっさりと頷く。
「僕らはニックさんを知らないし、どういう雰囲気でお二人が会話したのか知りませんから違和感があるんですけど、リオン君にそれが無いなら、『情報』としてちゃんと伝えられた部分じゃなく、『声色』とか『言葉の端々』とかに、その根拠があるのかもしれません。それを思い出して頂ければ、タオ先生も安心出来ると思いますよ」
アサギの言葉に、タオも「そうだな」と頷いた。
「まず何より、本来なら――定石なら、『幹部』で止めたい気がする情報を、どうして情報本営に居る訳じゃないニック君が知ってるのかってのと、どうして『警備隊』職にあるニック君が通信して来たのか。それを、説明出来そうならしてくれるか、リオン」
そう云われてリオンは、組んでいた手の片方を額に当て「ん~、ちょっと待ってよ~?」と呟きながら首を捻った。
――百を数えるかくらいの間が空いた頃に、
「あっ、思い出したッ!」
リオンが膝をぽんっと叩きつつ高い声を出した。
タオとアサギは驚いて目を見開き、リオンも、慌てて口を覆う――この部屋は城の最奥と云って良い場所にあるが、夜中に出して良い声じゃなかった、と思ったらしい。
悪い、というふうに顔の前に一度手を立てて、リオンが先を続ける。
「直ぐ思い出しても良かったわ、何でニックが通信して来たのか。あんたたちの気がかりとしては、『情報が漏れた訳じゃないのか』ってことだったな、それは心配しなくて良いんだ、単純な話!」
「ん? ――単純だって?」
何となく陽気そうな声色も混じって云ったリオンに、タオが軽く目を細める。
「そう。――あー、思い出したら芋づるだなぁ、これは午前聞いたんだ、そうだよ――確かに、ニックは、正式に『サヴァナの情報本営からの伝令だ』とは云わなかったけど、『タケ親方から命じられた』って云ってたんだ!」
「――はっ…?」
明るいリオンの声を聞いて、タオがぽかんと口を開く。――アサギにはまだ、タオがそんな顔をしている理由は判らないらしく、ただ目をぱちくりとさせただけだ。
「『それを先ず宣言してから伝令の内容に移った』ってんじゃなくてさぁ、最初に『タケさんから云われたからしょうがねえけど、何で俺がやんなきゃいけないんだ』って、ブツブツ愚痴混じりだったから、俺もその辺りでは、ただダチと会話してる感覚だったんだな、それでスルーしちゃってたんだ」
「くくっ……。――だが、その『内容』自体はしっかり頭に残っていて、君は『サヴァナから』だと確信していたんだな」
タオは口元に拳をあて、つい、笑い声を漏らしてしまった。そして、「成る程」と大きく頷いて納得する。
そういえば――、リオンは会議場でバーナードと出会った時、その〝タケさん〟という人が「筆頭」だと云っていたか……? そこで「ああ…」とアサギも合点する。
現在「筆頭」である者から命じられてのことだと云うなら、情報本部から伝令任務を与えられた訳じゃなくても、サヴァナという「組織」から命じられたと思って構わないだろう……。
愚痴混じりだった、というのも、却って真実味がある。本当は面倒だが仕方なく「私的に情報漏洩」をする者など居るはずが無い。
――だが……、それならそれで、別の疑問はまだ残る。
アサギが怖ず怖ずと、
「……あの、リオン君、こう云ってはなんですけど……別にニックさんを悪く云いたい訳ではなくて……」
そんな前置きをしながら問いかける。リオンが「ん?」と軽く首を傾げた。
「〝機密〟を扱っている自覚があるなら、いくら感情としてあったとしても、先にそういう不満を口にしたりするものでしょうか? 素直で、正直な方なのだろうとは思いますけど……、それでも、同時に、筆頭殿――えっと、〝タケヨシ〟さんと仰ってましたっけ――とリオン君は、ニックさんを、そういう繊細な情報を預けても大丈夫な方だとも、ご存知…なんですね?」
――悪く云いたい訳じゃないというのは本当だろうし、そもそもアサギは本当に悪者であっても人を悪く云うのが苦手な性格だと、リオンも既に「知っているつもり」である。言葉を選んでもいるようだが、しかし、まだ一度も会ったことも無い人物の性格、人間性に疑問を持っているらしいことが伝わってきたので、リオンはぴくりと目を細めた。
そんなリオンの様子に気付かぬ素振りで、タオはあっさりと
「その疑問も、もっともだな」
そう云いながら頷きを見せて、アサギに同調した。
リオンはタオに顔を向け、今度はむっと口を尖らせる。
そこでタオがリオンに苦笑を見せた。
「リオン、ニック君の友人である君には理解し難い疑問なのだろうが、気を悪くはせんでくれ。ニック君を疑っている、不審に思っているという訳じゃないんだ。不審と云うより、『心配』だよ、アサギが云ったのは」
「……」
「俺の場合で君達に伝わりやすそうな例を云おうか。――仮に俺が、極めて慎重な取り扱いを求められる情報の伝令を、ルナールとフーコーのどちらかに任せねばならないとなったら、迷わずルナールに頼む」
ふて腐れた顔をしていたリオンが、意表を突かれたように目を見開き、「えっ」と口を開いた。アサギも戸惑いの表情を浮かべた。
「フーコーを信用してない訳じゃない、それは君達にも判るだろ。だが、いまいち安心出来ないんだよ、フーコーだと」
「……でも、フーコーさんだって、長いこと城で働いてて、今は外交の長だろ。〝シュヒギム〟くらい、身に染みてるんじゃないの?」
「当然だ。だが、それでもルナールとどちらかって選択肢があるなら、俺はやっぱりルナールを選ぶよ。――例えばだなぁ……、サウザー領の某国に、薄毛を物凄く気にしてる大臣が居て、彼が被ってるづらが、決して触れてはならない禁忌、機密ってくらいになってるとするじゃないか」
どういう「例えば」だよ、とリオンが思わず吹き出す。アサギも妙な形に口を歪めて、一度俯いた。
「それを俺が、まあ、サンハルにコッソリ云っておかなきゃならないって状況で、フーコーに伝達を頼んだとする、と――そりゃ、フーコーとて機密は機密だと心得ているが、何かの拍子でその大臣と論争にでもなった時、あの子はどっかで、『黙れ、ハゲ!』とでも吐きかねない」
思わず笑ってしまう例ではあったが、理解は出来るものだったらしく、リオンは「あ~ぁ」と息を吐きながら大きく頷いた。
「要はそういうことだ。『王様の耳はロバの耳』って、穴にすら吐かせたくなけりゃ、耳を見せなきゃいいのさ。――ニック君は、重大な機密を扱っていても、その重圧は感じず、最初に愚痴を吐けるほどリラックスして事に当たることが可能な、強かさと冷静さを持ち合わせている人物なのか?」
タオの問いに、リオンは肩を竦めて首を横に振った。
「そーいう云われ方したら、ノーとしか云えないよ。ニックも、キレりゃ思わず『ハゲ!』って吐いちゃう奴さ。ことによっちゃ、ヅラ引っぺがすかもな」
今度はタオがププッと吹き出し、「そうか」と頷いてから苦笑した。




