096 荒野にて
「アレは……!」
転移直後、思わず声を上げた俺の視界に映っていたのは、遠方に小さく見える魔王城跡地――ではなかった。
その遥か手前。
見渡す限りの荒野の一角で、数体の魔物が、一人のローブ姿の女冒険者に襲い掛かっていたのだ。
魔物たちから放たれる魔力の圧は、どれもAランク級。
並の冒険者であれば、一体を相手取るだけでも命懸けとなる相手だ。
(こんな場所にたった一人で……状況から考えて、まず間違いない。エルナさんとパーティーを組んでいるSランク冒険者の一人だ)
なぜ一人きりなのか。他の仲間たちはどうしたのか。
疑問は幾つも浮かんだが、呑気に考えていられる余裕はなかった。
なにせ女性は既に全身傷だらけで、息も絶え絶え。今にもその場に崩れ落ちてしまいそうな有様だったからだ。
「せめて、これだけでも――」
不意に、風に乗って女性の呟きが耳に届く。
見れば、彼女は魔物たちを前にしながら、両掌を上に向けている。
そして、その掌の上に魔力が集まっていくのが分かった。
やがて形を成したのは、淡く輝く青色の鳥。
彼女はそれを胸元へと引き寄せ、何かを吹き込むように囁き始めた。
その間にも、魔物たちは無防備な彼女へと迫っていた。
当然、女性もそれに気付いているはずだ。
しかし彼女は回避や防御を試みる素振りは一切見せず、ただひたすらに言葉を紡ぎ続けていた。
「【蒼脈律動】」
俺は即座に蒼脈律動を発動し、力強く駆け出した。
「ガァァァァアアアアア!」
直後、先頭の獣型魔物が跳躍。
その鋭い牙が、女性のもとへと振り下ろされ――
「――【纏装・風断】」
すんでのところで割り込んだ俺の一振りが、獣の巨躯を両断した。
「……え?」
崩れ落ちる魔物と、間に立つ俺の姿。
目まぐるしく変わる状況に、女性は呆けたような声を漏らす。
「ガルゥ!」
「ブルァァァッ!」
「ォォォォォオ!」
だが、まだ終わりではない。
残る三体――獣型魔物が二体に、人型魔物が一体――が、続けざまに襲い掛かってきた。
「――遅い」
とはいえ、Aランク魔物の動きに、今さら翻弄される俺ではない。
俺は瞬く間に距離を詰めると、風を纏った鉄鎚剣で残る三体を瞬時に切り伏せた。
「う、そ……」
信じられないとばかりに、女性が声を震わせる。
俺は鉄鎚剣を一振りして刀身に付いた血を払うと、彼女へと向き直った。
「あ、貴方は……いったい……」
突然の救援に、まだ状況を呑み込めていないのだろう。
困惑しながら問いかけてくる女性へ、俺は簡潔に告げる。
「俺はレスト・アルビオン。エルナさんの弟子です」
「エルナさんの、お弟子さん……? え、ということは確か、まだスキルを授かったばかりのはずじゃ……それで、今の一撃を……?」
この反応からして、エルナから俺たちについて聞いたことがあるのだろうか。
いずれにせよ、やはり同じパーティーメンバーで間違いないなさそうだ。
よほど衝撃が大きかったのか、女性はしばし呆然と俺を見つめていたが……やがてハッと我に返ったように顔を上げた。
「い、いえ、それよりも! そんな方がどうして、この場所に……?」
「エルナさんを連れ戻しに来たんです」
俺は迷いなく即答する。
「教えてください、何があったんですか!? エルナさんたちはいったい……」
焦りを抑えきれないまま、俺は問いを重ねた。
明らかに普通ではない状況。既に取り返しのつかない事態になっている可能性すらある。
そう考える俺の前で、女性はしばらく逡巡するような素振りを見せた後。
覚悟を決めたかのような表情で、真っ直ぐに俺を見上げて言った。
「お願いです。貴方に、どうしても頼みたいことが――」
そんな前置きの後、彼女は今に至る経緯を語り始めるのだった――
◇◆◇
――数十分前。魔王城跡地。
エルナたち一行は、目的の場所へと辿り着いていた。
そこはかつて、魔王が拠点としていた城。
1000年という極めて長い時間が経っているにもかかわらず、その姿は健在で、ただならぬ威容を放っている。
もっとも、エルナたちの視線は魔王城ではなく、前庭と思しき巨大な広場に君臨するそれに向けられていた。
「元凶は、コイツか……」
エルナの口から、静かな呟きが零れる。
一言で表すのなら、異形。
その全体像は、辛うじて女性の輪郭を保っていた。
だが顔に理性の色はなく、正気を失ったように見開かれた瞳が、意味もなく宙を彷徨っている。
何よりも目を引くのは、異様なまでに膨れ上がった腹部。
それが不規則に脈動するたびに表面が裂け、中から新たな魔物が這い出てくる。
一体、また一体と、生み落とされた魔物たちは産声のような咆哮を上げ、次々と大地へ降り立っていった。
そして下半身からは、蛇によく似た触手が幾重にも伸びている。
太く長いそれらは絡まり合うように蠢き、周囲を薙ぎ払っていた。
極めつけは、全身から放たれるオーラだ。
尋常ではない密度の魔力が、大気を軋ませるように場を支配している。
『■■■■ォォォォォォォォ!!!』
人や獣はおろか、この世のものとは思えない雄叫びを上げる怪物。
魔物の異常発生――その元凶がこの異形であることは、もはや疑う余地もなかった。
同時に、エルナたちはこれまでの長きにわたる経験から、この怪物が優にSランクに達する存在であることを理解していた。
過去戦ってきた相手の中でも、間違いなく最大の強敵。
一行は視線を交わし、それぞれの得物を構える。
「――――行くぞ!」
こうして、エルナたちと異形の魔物との戦いが幕を開けた。
魔王城からその光景を眺める、一つの影に気付くこともなく。
補足情報
次回以降に備え、Sランク冒険者たちの振り返り(エルナ除く)。
①トール・ウルヘンテ
職業は戦士、二つ名は『千軍粉砕者』。
茶髪のツンツン頭と顔中の傷跡が特徴的な40歳近い見た目の男性。リーダー格。
②ジュード・アズヴェルト
職業は魔法使い、二つ名は『叡智の万華鏡』。
紫の髪に、黒縁の眼鏡と長い杖、青色のローブが目立つ30代中頃の男性。
③フィーネ・ブルーム
職業は治癒師、二つ名は『生命の聖泉』。
亜麻色の長い髪を後ろで編み込み、白と緑を基調とした軽装のローブを身に纏う、優し気な表情が特徴的な20代後半の女性。レスト視点なので名前は出ませんでしたが、今回登場した女性は彼女です。
④レイヴン
職業は斥候、二つ名は『静寂の影法師』。
常に口元を覆う黒い布と、全身を覆う暗色の軽装が特徴的な20代後半の男性。
詳しく振り返りたい方は『070 断章 魔王城跡地【エルナ視点】』か、あるいはコミカライズ版の『【第66話】“跡地”』ならビジュアル付きで登場しておりイメージしやすいと思うので、マガポケやヤンマガWebにて確認していただけると良いかなと思います!
どうぞよろしくお願いいたします!




