愚か者は
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後に残されたのは王太子と緑色の髪の少女。もっとも少女は、王太子の魔力による硬直が解かれて震えていたところ、緊張もいつの間にか緩んだらしく蹲ったまま眠ってしまったので、女が呼んだ者に運ばれて行った。
つまりこの〈裁きの間〉にいるのは、動けない王太子と〈裁きを下す者〉である女のみ。
硬直状態にされた(女がしたのだが)目の前の王太子を放置して椅子に戻り再び紙の束を捲っていく女に、先程王子たちを″送った″時の柔らかい雰囲気は何処にも見当たらない。淡々と冷たく厳格に、彼女は作業を進めていく。
やれくだらない、とばかりに、作業を進めながら女はひっそりと嗤う。王太子が今までやってきた事の全てが、いやもう彼の人生そのものが本当にくだらない、と。
世界中の魔力がラスパニエール王族に集まっていたのは、王太子の先祖が魔力を独り占めしたいが為に禁術を使ったせいだった。そもそも世界中に生まれる魔力持ちは大抵の場合、その魔力を使って人を助ける治癒者となる。それを禁術によって、各地に生まれその魔力で人を救える筈だった魔力持ちをただ人にし、救われる筈だった大勢の人が命を落とすだろうと知っていても、それでも尚世界の頂点に立ちたいという自らの欲望を優先したラスパニエールの血…それは確実に王太子に受け継がれたとみえる。
血縁の者、即ち家族でさえも自らの欲望の為なら犠牲となって当然だとばかりに魔力を強奪し、魔力を盾に好き放題税や品物を取り立てて国を涸らし、恐怖によって人々を縛ってきた王太子。その父王ですらまだここまで酷くはなかったというのに。
紙の束に記された文字列が伝える数々の悲劇からは悲痛な叫びが聞こえてくるかのようだった。
『ああ、そういえば』
またしばらく淡々と作業を進めていた女は不意に、紙から目も上げずに口を開いた。動くことも声を出すこともできない王太子の視線だけが強まる。
『私がわざわざ、あの世界…お前たちで言うところの現世、で記憶を弄ってまでお前の婚約者を演じていたのには勿論訳があってな』
うんざりしたようにこめかみを手で押さえつつも片手で紙を捲っていく女は続ける。
『お前の何代か前のやつが、ラスパニエール王族にだけ魔力を集めるよう禁術に手を出した時点では、ちょっと死者が増えたくらいだったんだが』
それぐらいなら動く程のこともなかった、と肩を竦めて女は言う。
『さっきも言ったように、ここは〈裁きの間〉であって、死んだ者はここで私に裁かれ、天国か地獄に行くんだ。死んだら、必ず。』
『だがお前は、魔力を使って、地獄に人を送った。』
気に入らない人間に、魔力を乗せた言葉を王太子は送っていた。「地獄へ行け」と。
地獄へ、という言葉と共に、人がまるで゛もともと存在しなかった゛かのように消え失せる、これは王太子にとって、国民に恐怖を植え付けて言うことを聞かすにはうってつけのパフォーマンスだった。魔力対象になって消えた人間がどこでどうなるのかなど考えもせずに、ただ言葉に魔力を乗せれば良くて血を見ることも断末魔を聞くこともない手軽な人間処理の方法だった、それだけ。
『本来なら世界中に散らばる筈の魔力がお前一人に集中していたからな、不可能も可能になるほどの膨大な魔力は、本当に人間を地獄へ送り込んだ。』
死ね、より地獄へ、の方が恐怖感を覚えさせるのではないかという王太子の単純な動機が、悲劇を上乗せした。
『この〈裁きの間〉は、身体が現世で生命活動を停止した者即ち死者が、魂だけの状態となって記憶にある姿を形作り、来る場所だ。勿論裁きの後に向かう天国でも地獄でもそう。』
『だがお前の行使した魔力で、大量の生者が地獄に降ってきた。』
手を止めて、女は王太子をピタリと見据えた。
『大変だったよ。こちらの世界に来てしまった以上その者は向こうには帰れない掟だから、一旦地獄から生身の身体ごと救い上げてきて、〈裁きの間〉に入る前に身体に死んでもらって、それから裁きを下した。生き返れないと知ってしかも一度死ななければならないなんて、彼らはどれ程辛かっただろうな?』
唇を歪めて冷笑する〈裁きを下す者〉は、生身の身体で現世から引き剥がされた哀れな犠牲者たちをずっと見てきたのだった。
地獄から救われたと思ったら死ななければならないと聞かされ、ある者はもう少しこの身体でいたいと自らを抱き締めて涙を流し、ある者は諦めきった表情でさっさとしてくれと視線を落とした。苦痛もなく一瞬で死なせてやれる、とは言えその恐怖は計り知れない。現世に家族がいてももう彼らは戻れなかった。
『こちらの世界の秩序が乱れるのは困るのでね、元凶を取り除くために私が自ら出向いたんだ。』
とりあえず出向く前に、と〈裁きの間〉から現世を覗く魔力を行使し観察して驚いたのは、たった一人がその凶行に及んでいたことだった。すでに亡き者となっていた王は不可能、王太子一人だけが魔力を狂ったように行使して、次々に人を地獄へ送り込んでいたのだ。
〈裁きを下す者〉である女は魔力を行使できるが、現世の人間に直接干渉するには現世に行くしかない。王太子の裁きの過程として観察するためにも特例として、女は令嬢となって王太子の婚約者を演じていたのだった。まさか婚約破棄された上に地獄へ、なんて「裁きを下される」とは思いもしなかったが。
『ここまで罪状が膨れ上がると書類では限界があるから、特例として現世から裁きを始めていたんだ。』
そもそも、裁きとは言っても地獄へ送られる程の業を持つものはそうそういない。基本的には天国行きだ。だから地獄行きの可能性がある者は時間をかけて慎重に裁くのだ。
『だがまあ、もう決定だろうなこれは。』
紙の束を乱雑に押しやって、〈裁きを下す者〉は立ち上がった。
空気がズンッと重くなって、闇が侵食するかのように王太子の周りに押し寄せる。いつの間にか身体硬直は解かれていたが、闇が身体に絡み付いてズブズブと底無し沼に落ちたように沈んでいく。
『地獄へ行け。』
冷たく裁きを下した女は、醜く掠れた喚き声を上げる口も耳も何もかも闇に覆い尽くされて闇に全身を縛り上げられ苦悶の表情で沈んでいく王太子が、完全に沈みきるまで見つめていた。
地獄の岸辺では王太子の犠牲者たちが待ち構えている。生を身勝手に奪われ復讐に燃える彼らが地獄の岸辺で待機するのを、特例として女は許していた。魂だけの状態よりも生身の身体の方が責め苦が堪える。わざと身体は生きたまま王太子を地獄へ送ったが…犠牲者たちは思う存分復讐できることだろう。身体が死んだら魂だけになってまた延々と地獄で甚振られる、これぞ地獄といったところか。天国に引き上げられることはないだろう。無限の地獄に魂は崩壊する。輪廻に戻される時は永遠に来ない。
同情などしない、犠牲者の方が哀れだ、と女は思った。それに、余計な仕事を散々増やしてくれたのだ、同情する余地などない。やっと片付いた、と小さく伸びをして、王太子が沈んでいった場所に背を向け女は〈裁きの間〉から歩き出た。
【後日談】
ラスパニエール王国は王族を一人残らず失ったが、゛お使い゛に来た(女が遣わした)黒マント姿の者によって外国へ逃亡していた優秀な貴族が呼び戻され、政治を回すことで危機を乗りきった。今はまだ王国を名乗っているが、そのうち「ラスパニエール国」と改称することだろう。恐怖に縛り付けられることがなくなった国民たちの笑顔が咲く広場には、数々の犠牲者の名が彫られた巨大な石版が設置され、毎日沢山の花が供えられている。
〈裁きの間〉は今日もいつも通り。数人に裁きを下して天国へ送ったあと、〈裁きを下す者〉である女は椅子の後ろ側にあるドアを開けた。
パタパタと走り込んでくる緑色の髪の少女は、王太子に目をつけられ、ものにされそうになっていた子だ。
「お仕事お疲れ様です!見てください!やっとお花が咲いたんですよ!!」
濃い紫色の、見ようによっては毒々しい花の鉢を抱えてにこにこと愛らしく笑う少女に、女もつられて微笑む。孤独に裁きを下してきた女が、連れてきては現世に帰せないと分かっていながらもどうしても、手元に置きたかった少女。王太子に抱き寄せられた彼女を一目で気に入ってしまった。植物に愛される彼女はこちらの世界の植物にも愛されるようで、沢山の花に囲まれて笑っている。
身勝手な自分を知りながらも、笑ってくれる少女と花を眺めて女は後悔を感じていなかった。これでは王太子のことを言えはしないと心の中で苦笑して、朗らかな声を上げる少女に目を細めたのだった。
長々とお待たせして申し訳ありませんでした!!息抜きに書いたつもりが、気づけば伏せん回収に手こずって…(涙)
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