娘達に浦島太郎を聞かせたらツッコミだらけになりました
レム・アンジェリーナよ。レム家の家長として、毎日この賑やかな家族をまとめているわ。
さて、今日のレム家だけど……どうやら夫のナナシさんが、娘たちに自分の故郷の昔話を聞かせてあげるみたい。
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【ナナシ視点】
――――――ベリアーノ市・レム家屋敷――――――
「それじゃあ、今日はお父さんが特別な昔話を聞かせてあげよう」
俺の周りにちょこんと座る娘たちが、いっせいに目を輝かせる。
こう見えて、俺は『昔話ソムリエ』を自称できるほど地球の童話を知り尽くしているし、原文のままそらんじることだってできるのだ。
たまには父親らしい知的なところを見せておかねば。
「むかしむかし、あるところに浦島太郎という、心優しい漁師さんが住んでいました。ある日のこと、太郎が浜辺を歩いていると、一匹のカメが子どもたちにいじめられているのを見つけました」
「ちょっと待って!」
ビシッと元気よく手を挙げたのは、長女のケイトだ。
うん、わかっていた。だってあの妻たちの娘だもんな。
最初からストレートに話を聞いてくれるなんて期待はしていない。
絶対何かしらのツッコミが来ると踏んでいたよ。
「カメさんって、すっごく怖いモンスターじゃないの? なんで子どもたちごときにいじめられてるの?」
「えーと……世の中にはね、人間におそいかかってこない、おとなしいカメさんもいるんだよ。今回出てくるのは、とっても弱くて無害なカメさんだからな?」
無理もない。この世界で『カメ』と言えば、キラートータスだのフライングタートルだの、物騒な魔物のイメージが先行する。
そういえば先日、俺がフライングタートルを討伐した話を娘たちに聞かせたばかりだった。
あいつら、甲羅のくせに空中から爆発性の卵を航空爆撃みたいに産み落としてくるから本当に大変だったんだぞ……?
「よし、続けよう。浦島は『弱い者いじめはいけない』と、子どもたちからカメを助けてあげました。すると、助けられたカメがこう言いました。『ありがとう。お礼に、素晴らしい竜宮城へお連れしましょう』」
「ちょっと待った!!」
今度は次女のリリィが、勢いよく手を挙げた。
いや、そうだよね。うん、絶対そこも引っかかると思ったよ。
「りゅーぐーじょうって、なに?」
「え? そっち!? カメが普通に喋ったんだけど、そこはスルーなの!?」
「だって、おはなしのなかで動物さんが喋るのなんて、普通のことだもん。それより、りゅーぐーじょうのほうが気になったの!」
いや、そうだけどもさ!
この世界の知性持ちモンスターの基準、3歳児にとってもハードルが低すぎやしないか!?
「えーと、海の中にあるお城だよ。そこには『乙姫様』っていう、とっても綺麗なお姫様が住んでいるんだ。……で、続きだけど、浦島太郎はカメの背中に乗って、海の中にある竜宮城へと向かいました」
「ねぇ、おとーさん。ボク、お風呂で息を止めて潜るの、ちょっとしか出来ないよ? うらしまさんは大丈夫なの?」
三女のアリスが、小首をかしげて聞いてくる。
あらやだ。ここに来て、ようやく3歳児らしい微笑ましくて可愛い質問が飛んできた。
とはいえ、地球の童話の「そこはツッコんじゃいけないファンタジー」を、この世界の住人にどう説明したものか。少し考えた俺の答えは――
「――浦島太郎は、生まれつき『水中呼吸』のスキルを持っていたから大丈夫なんだよ」
説明に困ったので、手っ取り早くスキル持ちということにしておいた。世界観への適応である。
すると娘たちも「なるほど、スキルなら仕方ないね」と言わんばかりに、何となくだが納得してくれた。
この世界のシステムは本当に便利だ。
「竜宮城はとても美しいお城で、乙姫様も素晴らしい美人でした。太郎は盛大に歓迎されて、お城の大広間で、たくさんの豪華な料理をごちそうになりました」
「ちょっと待ってください! その豪華な料理について、もっと詳しく!!」
「え? メイ!? ちょっと、急にどこから湧いて出たんだよ」
「も、もう、メイシー! ダメだよ、子どもたちのお話の邪魔をしちゃ!」
「で、ですが、リズ……! 海の底の豪華な料理ですよ!? 一体どんな味付けなのか気になって夜しか眠れません!」
『豪華な料理』というワードに全力で食いついた第二の妻(27歳・食いしん坊)が、慌てて追いかけてきた第三の妻(24歳・ボクっ娘)にずるずると引きずられていく。
まさか大人から、しかも身内から物理的な乱入があるとは予想していなかった。
本当に食い意地が張っている。元名家の当主としての威厳はどこへ行ったのか。
目の前で繰り広げられたドタバタ劇に、娘たちは口をぽかんと開けて固まっていた。
「……え、えーと。気を取り直して。タイやヒラメ、タコといった海の魚たちが、太郎のために賑やかな踊りを見せてくれました」
「ねぇ、おとーさん。それってやっぱり、新種のモンスターなんじゃないの?」
長女のケイトが、またしても鋭いモンスター説を提唱してきた。
魚が踊る=新種の精神攻撃か、あるいは擬態型の魔物。
3歳児の防衛本能としては極めて正しい。
「ケイト、そういうものだって割り切らないと、おはなしが進まないよ……」
しかし、次女のリリィがため息混じりに、妙に現実的なトーンで姉の疑問を切り捨てる。
3歳にして、この世界の不条理への適応力が限界突破し始めていた。
「太郎は時間の経過も忘れて、毎日を楽しく過ごしました」
「ねぇ、おとーさん。たろうって、ひまじん?」
アリス、それは言っちゃダメなやつだ。
確かにさぁ、毎日毎日タイやヒラメやタコがくねくね踊っているのを眺めるだけで他にやることがない生活が本当に楽しいのかという疑問はある。あるけど、童話なんだから!
「……い、意外と飽きない面白さがあるのかもしれないよ? そうして楽しい数日が過ぎた頃、浦島太郎は故郷の村のことや、残してきたお母さんのことを思い出しました。そして、ついに別れの時がやってきます。別れ際、乙姫様は太郎に小さな箱を手渡して、こう言いました。『寂しくなったらお持ちください。ただし、決してこの箱を開けてはなりませんよ』と」
「おとーさん、なんで開けちゃダメなものをわざわざ渡すの?」
……そうだよなぁ。リリィの言う通り、地球でも散々ツッコまれてきた最大の謎だ。
嫌がらせか、それとも盛大なフリなのか。
「なんでだろうな……。えーと、カメの背中に乗って村に帰り着いた浦島太郎でしたが、どうしたことか、自分の家もお母さんも見つけられません。それどころか、村の様子もすっかり変わっていました。なんと、竜宮城で楽しく過ごしている間に、地上では数十年もの月日が流れていたのです」
「やっぱりモンスターよ! あのカメさんは悪い魔物で、おとひめも人間をだます悪い魔法使いだったのね!」
ケイトはもう、完全に『竜宮城=敵のダンジョン』説から離れられなくなっている。
まあ、時間の流れが歪む空間なんて、この世界じゃ完全に高ランクの禁忌領域だもんな。そういう見方になるのも至極当然だ。
「帰る場所をなくし、どうしたらよいか分からなくなってしまった太郎は、すがるような思いでお姫様からもらった玉手箱を開けてみることにしました。すると、箱の中から白い煙がもくもくと出てきて――浦島太郎は、あっという間に髪の毛もヒゲも真っ白なおじいさんになってしまいました。おしまい」
「「「ぎゃーーーっ!!」」」
まさかのバッドエンド(?)に、娘たちが揃って悲鳴を上げた。
今思えば3歳児にはちょっとホラーが強すぎたらしい。
「やっぱりおとひめ達は、最初から太郎をねらってたモンスターの一味よ!」
「ケイトに賛成ね。そのたまてばこ、呪いの効果が付与された『魔道具』の一種に違いないわ」
「うらしまたろう、かわいそうだよぉ……っ。ふぇぇ、ボク、やっぱりカメ怖いぃぃ……!」
あれぇ? おかしいな。子どもたちが喜ぶ楽しい昔話をしてあげたはずだったのだが。
完全にトラウマを植え付けられた娘たちの様子を、少し離れたところから見ていたアンジェラが、呆れたようにポツリと呟いた。
「ねえ、ナナシさん。その玉手箱ってさ……あなただったら、村に帰る前にカメの上で絶対開けちゃうわよね?」
「……」
はは、そんな、まさか……。
心当たりがありすぎて、ぐうの根も出ない。
だってさぁ、美人の乙姫様から『絶対に開けるな』なんて最上級のフリを貰っちゃったら……異世界出身の民としちゃ、ましてや元日本国民として、押さないわけにはいかないだろ?




