40.センチになる夜もあるよ
会計が終わり
「その、チーズタッカルビってのは僕は全く知らない料理なんだけど……」
と一応確認をすると
「これはあたしと那青ちゃんが作るから、ヤタ君はサイドメニューをよろしくねー。期待してるよー、那青ちゃんも!きっと!」
と更にプレッシャーをかけられた。
まずそもそも、ヒトの家の台所に立つなんて無茶苦茶抵抗あるんですけど……。
それぞれ持ち寄ったエコバッグに買った食材等を詰めると……中々に重い。スーパーでカートを引いたのは、なるほど正解だったらしい。重い物はなるべく僕のバッグに入れ、比較的軽い物をツルさんのバッグに入れた。入れたのだが……ツルさんはハンドバッグの他に紙袋を持っていたことに気付き、結局僕がエコバッグ2袋を引き受けた。両手が塞がり、その上右手と左手の加重が釣り合ってないので何とも歩きづらい。スーパーから出てすぐに申告する。
「僕さ、さっきまで車道だ何だ言ってたけど、ちょっともうそういう余裕ないかも」
「OKですともー。重い荷物を引き受けてくれてる時点でもう好印象ですからー」
菜の花が手頃な値段で売られているのを見て、もうじきに春がくるのだなと感じた。
僕にも暑いだの寒いだのそういう強烈な気候の変化についてはもちろん感じられるのだが、微細な季節の変化は僕の生活からすると、スーパーの旬の物の値段だけでしか感じられない。
副業……動画編集で季節感が入っているものはあるが、そういった依頼は大抵翌シーズン向けなので、今現在だと、あと数か月後にはゴールデンウイークだな……などとシーズンの刻み方がデカくなってしまう。
余裕で彼女たちの卒業式や入学式・入社式をすっ飛ばすくらいには。
……ツルさんとスーパーで遊ぶことはきっともう無い。
那青さんの家の方へ並んで歩き始める。
「もう1か月もすると卒業なんだね」
「卒業旅行とか送別会とかでバタバタして、1か月なんてきっとあっという間なんだと思うとさすがにセンチになる夜もあるよ」
ツルさんの顔をちらりと見ると少ししんみりしているようで、僕も引きずられ感傷的になる。
「引っ越す日はもう決まった?」
「うん。もう少しずつ荷造り始めてる」
頬に当たる風が冷たい。和らぐ頃にはツルさんはもういないのか。
「まぁ、その……淋しくなるね」
フフッと笑い、急にツルさんはいつもの調子を取り戻す。
「『義務』とか言ってた人が感情を出すようになってくれて、あたしは嬉しいよ」
「あれは、その……悪かったよ。ああいう振る舞いが『僕らしい』って思ってたから」
とは言え最近『僕らしい』の定義があいまいになってきている気がする。どうも僕は、過去の僕を指して『僕らしい』と言うことが多くなった気がする。今現在の『僕』ではない。曲がり角に差し掛かり、2人でこのまま曲がってもまだ僕が車道側だな……と思いながら道を曲がる。こういう新たに芽生えた思考は、僕らしくないのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってー」
ツルさんは僕の後方、3歩程離れた所で立ち止まっていた。
「何でここを、左折したの?」
「……は?」
何を驚かれているのかわからない。
「え、ウソ、あれ、ヤタ君、那青ちゃんの家知ってるの?」
ああ、そういう……マズったか?
「あたしのマンションも知らないのに、もう那青ちゃんの家知ってるのー?」
「あ、うん。一度送ったから……い、家に入ったことは無いよ?」
ツルさんは微笑みながらため息をついた。
「はー、腐れ縁だ腐れ縁だと言ってても、出会うべき人に出会っちゃうと1ヶ月程度で追い越されちゃうもんなんだねー」
言い終わるとすぐに3歩跳ねて僕に近寄ってきて、3度背中を張り叩かれた。