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彼女と共にあることが



「ハァ…ハァ…っ」


息を切らせながら、シュルツは白衣をはためかせてカッシーニ男爵の屋敷へと急いで向かっていた。

シュルツがアリアの状況を知ったのは、ほんの数分前の事だ。





(もうそろそろ時間だな…)


時計をチラリと見て、アリアと合流する時間が近付いている事を確認するシュルツ。

上司にも男爵家を訪問する旨を事前に伝えてあったので、問題無いだろうと仕事を切り上げる準備を始める。


と、そんなシュルツの元に慌てた様子でアランが駆けてきた。


「シュルツ先生!大変だ!」


病院内だというのに構わず走ってきたアランに緊急性を感じ直ぐに目を向ける。

アランは青褪めながらシュルツの腕を掴んだ。


「急いでくれ!さっき神カプ親衛隊の子達から報告を受けたんだ!」


「神カプ親衛隊…?」


「お前らのファンだよ!いや、今はそんな事どうでも良くて…!!」


慌て過ぎて余計な事を言ったと反省しながら、アランは要点だけ口にする。


「アリアさんが、カッシーニ男爵家の令嬢に馬車で拉致られたらしい!」


「!!」


その内容にシュルツも顔色を変えた。

アリアの危機を悟り、直ぐに走り出す。


「すまない!後は任せた!」


了承して頷くアランを背にシュルツは病院を飛び出した。

無事である事を願いながら必死に駆ける。


(クソ、もっと警戒するんだった…!)


屋敷へ行く予定だったのにその前に仕掛けてくるとは思わず、油断していた自分を責めた。

念の為に薬物対策はしておいたが、あれだけでは心許なさすぎる。


全力で走り、見えてきた男爵家の邸宅。

門の近くまで行くと、待っていたかのように門番が頷きあった。


「シュルツ様ですね?来たら中へ通すよう言われております。どうぞお通りください」


門番の二人に会釈だけし、直ぐに敷地内へ入るシュルツ。

すると、遠目に邸宅前にいるグレースと男爵の姿が見えた。

流れる汗を拭いながら、急ぎそちらへ歩を進める。


「あらシュルツさん!お早かったですわね!」


シュルツの姿を見るやパァッと顔を輝かせるグレース。

グレースと男爵に礼をしながらシュルツはサッと周囲を伺ったがアリアの姿は認められない。

それに気付いてか、グレースはわざとらしくシュルツに質問した。


「あら?シュルツさんお一人ですの?婚約者の方と来られる予定ではありませんでした?」


白々しい、とシュルツは奥歯を噛み締める。

それでも決して声は荒げないよう口を開いた。


「…先にこちらへ来ている筈なのですが、お会いになりませんでしたか?」


「まぁー、会ったかしらぁ?平民の事はすぐに記憶から消えてしまうのよね」


グッと拳を握り耐えるシュルツを見て、グレースはニヤリと笑う。

そのグレースの後ろから、演技するように男爵も声を掛けてきた。


「おいおいグレース、あまり意地悪してやるな。少し前にここへ来ていただろう?」


「えー?あ、そうですね!思い出しましたわ!」


人差し指を立ててさも今思い出したかのように言いながら、グレースはニコニコと告げる。


「確か、最後に見た時はガラの悪い殿方達と一緒におりましたわね」


言いながらシュルツへ近付き、囁くようにアリアの状況を推測した風に述べた。


「平民は貞操観念が無いと聞きますから…今頃は楽しんでおられるかもしれませんね?」


ザワリと、背中に悪寒が走る。

信じられず血の気を引かせながらグレースを見た。


「まさ…か…」


浅く息をするシュルツの姿にゾクゾクとしながら、グレースは愉快そうに笑う。

自分の反応を見て愉しんでいると分かってはいるが、アリアを思うと無反応ではいられなかった。


ご満悦なグレースはまるで舞台の上に居るかのように大袈裟に手を広げる。


「ウフフ、シュルツさん。あの女を助けたいですか?助けたいですよね?良いですわ。わたくしは寛大ですから、救えるチャンスをあげます」


何が寛大なのかと思ったが、言い返す訳にもいかない。

グレースの言葉と共に、男爵が一歩前に出てきてシュルツに一枚の紙を見せた。


「宮廷医師となり娘と結婚すると約束をしてもらおう。そうすれば、あの女も解放してやるぞ?」


男爵が用意した紙は契約書だ。

今言った内容が記されていて、反故にすれば厳しく罰せられてしまう正式なもの。

これにサインをすれば、もう後戻りは出来ない。

たじろぐシュルツに、グレースは無理矢理ペンを持たせた。


「さあ、早くサインなさって?急がないと…わかりますわよね?」


直接的な言葉にしなくても充分に伝わる脅しに、シュルツは顔を顰める。

そんなシュルツの顔を見て、グレースはウットリとした。


「まあ怖い顔。でもそんな顔まで素敵ですのね。こんなに美しい方、貴族にもなかなかおりませんわ。はぁ…コレを毎日眺められるなんて、幸せですわぁ」


頬を紅潮させて拝顔してくるグレースに嫌悪感を覚えるシュルツ。

どうにも出来ず、不快さを少しでも逃すようにペンを握り込んだ。


(ああ…また、この目だ)


ジッと見つめてくるグレースの目は、これまでに何度も晒されてきたモノと同じだった。

人として見るのでは無く、例えるならば宝石やアクセサリーなどを見る時のソレだ。

鑑賞対象としてでありシュルツ自身を見てはいない。


そうじゃなかったのは、シュルツにとってたった一人だけだ。


(思えば…彼女は最初から違ったな)


アリアと、初めて森で会った時の事が思い起こされる。

シュルツをちゃんと認識しつつも下手に近寄ってくる事も無く、かと言って無視もせず気遣ってくれながら自分のやりたい事をし始めたアリア。

誰かが近くにいるのに疲れを感じる事なく過ごせたのは初めてで、なんだか不思議な感覚だった。


だからこそ、翌日以降にも現れて共に過ごす時間を貴重に感じたのかもしれない。

初めは1人きりの心休まる時間が欲しくてあそこに通っていた筈が、いつの間にかアリアもいる空間に安らぎを覚えていた。


そうしてただ一緒に過ごす時間も悪くなかったが、いざ話してみればこんなに話好きなのかと驚いたのを覚えている。

よく今まで一言も発さなかったなと思うほど、たくさん喋ってたくさん笑う娘だった。

気に入られようとして自分を売り込むような態度も無く、文句だって堂々と言うしシュルツの言葉に偽りなく可笑しそうに笑ってくれる。

そんなアリアだから、歩み寄りたいと思えた。


それにアリアがシュルツの顔を見る時の目は、鑑賞するのではなく表情などを読み取ろうとする為のものだ。

言わなくたってシュルツが悩んでいるのにも気付いてくれたし、本気で力になろうとしてくれた。

純粋な善意が嬉しかった。


アリアと婚約者のフリをして過ごしたここ数日は、恐らく今まで生きてきて一番楽しい時間だっただろう。

自分を煩わせる人も殆ど近付いて来ず、繕わずに気を許して笑う事ができた。

心から、充実していると実感できる日々。


こんなに満ち足りた時間をくれたアリアを…見捨てる事なんて出来ない。



「…」


シュルツは、スッと契約書に目を向けた。

ゆっくりとペンの蓋を外す。


本当は、とっくに気付いていた。

自分がどれだけアリアに心惹かれていたのか。

愛しいと想っていたのか。

ずっとずっと、傍にいてほしかった。


(これにサインしたら…二度と会えなくなるだろうな)


心が切なくて悲鳴をあげる。

でも、例え会えなくなるとしても…アリアを助けたい。

自分さえ我慢すれば良いだけだと決意を固める。

グレースや男爵が監視する中、シュルツは契約書にペン先を付けた。


と、その時だ。



――ズガァァアン!!



突然、まるで爆発したかような音が辺りに響き渡った。

驚いて目を向けると、離れの小さな屋敷が崩れ落ち瓦礫が飛び散っている。


「なっ、何事ですの!?」


「何だ!?襲撃か!?おいっ、兵達を集めろ!!」


慌てふためく男爵達の横で、シュルツは咄嗟に走り出した。

もしやという思いが勝手に体を動かす。

離れに向かうシュルツを目にし、グレースは慌てて叫んだ。


「ちょ、ちょっとシュルツさん!お待ちになって!」


しかし無視してシュルツは走った。

寧ろ止められた事でそこに誰が居るのか確信させられる。


すると、急に砂煙の中から何かが次々飛んできた。

ドサドサと積み上げられた影の正体を見て目を見開く。


「! 人…!?」


一瞬蒼くなったが、重ねられたのは4人の男達でアリアの姿は無い。

見たところその男達も気絶しているだけのようだ。

これをやった人物は誰なのか。

信じ難いが、思い付くのは1人しかいない。


シュルツは少しずつ晴れていく砂煙の中にある瓦礫の山に目を向けた。

その山の天辺に、徐々に人影が見え始める。

ケホケホという咳込みと共に聞こえた声。


「あー…ちょっとやり過ぎちゃったわ」


そう呟いた人物を見て、シュルツは胸が熱くなった。

元気な様子で立っていたのは焦がれていた彼女…アリアだったからだ。


アリアは慌てたように動き出す。


「それより、早くシュルツを止め…」


言い掛けたアリアがこちらを向き、パチっと目が合う2人。

シュルツを目視した途端、アリアは指差して叫んだ。


「あー!!シュルツ!!」


ビクッとしたシュルツに瓦礫の上から叫び続けるアリア。


「まさか、馬鹿みたいな契約を交わしたりしてないでしょうね!?まだよね!?」


「あ…ああ。危なかったが」


シュルツの答えを聞き、割とギリギリだったのだとアリアは察する。

プンスカと怒りながらまた声を張り上げた。


「もう!シュルツの事だから、自分だけ犠牲になれば良いとか考えたんでしょう!」


自分の考えを見透かされ、思わず言葉に詰まって目を逸らすシュルツ。

アリアは溜め息を吐いてから、説教をするように言った。


「絶対に駄目よシュルツ!あんなシュルツの事をちゃんと見ようともしてない人と結婚なんてしないで!」


アリアの言葉が、またシュルツの心を揺れ動かす。

もう一度目を合わせると、アリアは笑みを作って強気に叫んだ。


「良い?シュルツは絶対、自分を大事にしてくれる人を選んで!シュルツが幸せになれない結婚なんて、私が許さないんだから!!」


本気で言っているアリアに、思わずシュルツは笑ってしまった。

真っ直ぐに見つめ返し、深く頷く。


「…ああ、わかった!」


それならば、選ぶ相手はもう決まっている。

シュルツの返事に嬉しそうな顔をするアリアを愛しげに見つめた。


もうどんな手を使われたって、彼女を諦めたりしない。

彼女と共にあることが、自分にとっての幸せなのだから。




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