イケメンはお貴族様にも狙われる
「あ、シュルツお疲れさ…えっ、どうしたの?」
病院の入口横で待っていたアリアは、退勤して出てきたシュルツを見て疲れ切った雰囲気に驚く。
シュルツはアリアの近くまで行くと、額を手で押さえてハァーー…と深く溜め息を吐いた。
「…面倒な事になった」
「また!?」
たったの数日で再び何があったと言うのか。
取り敢えず2人だけで話そうと、個室のある飲食店へと移動した。
適当に幾つか注文し、落ち着いたところで話し始める。
「この街に、貴族のお屋敷があるのは君も知っているだろう?」
「ええ。カッシーニ男爵家のお屋敷でしょう?」
「ああ。そこのご令嬢が怪我をされたとの事で、治療の為に今日行ってきたんだ」
「すご、本当にお貴族様相手にも仕事してるのね」
驚きながらも食事を口に運びモグモグ咀嚼するアリア。
そのゆるい姿に少し和みながら、シュルツは話を続ける。
「貴族の令嬢となると、もし痕が残ればキズモノ扱いだからな。絶対に傷跡を残さず治せる医者をという要請が来ると、大抵私に声が掛かるんだ」
「あー…なるほど」
納得して深く頷いてしまう。
先日怪我をしたアリアの腕も、シュルツのお陰で綺麗に完治していた。
これだけの腕があれば指名されてもおかしくないだろう。
「シュルツの治療は凄いものね。でも、お貴族様相手だと気を遣って大変そう」
アリアの言葉に肯定して頷きながら、シュルツはゲンナリとする。
「実際、『もし傷が残ったらどうなるか分かってるだろうな?』と脅される事もよくある。というか、今日もそうだった…」
「うわぁ…」
シュルツが宮廷医師になるのを断った理由の片鱗を見た気がし、気の毒で苦笑するアリア。
それから、退勤直後のシュルツの言葉を思い出してハッとする。
「もしかして、傷跡残っちゃったの?」
「いや、それは大丈夫だ。幸いちょっとした切り傷程度だったからな」
それを聞いてアリアはホッと胸を撫で下ろした。
理不尽に処罰される事は無さそうだ。
「じゃあ、一体何があったの?」
質問を受け、シュルツは気が滅入った様子で力無く答えた。
「今日治療を施した17歳のご令嬢に…求婚された」
「…はい??」
理解が追い付かず間抜けな声を漏らすアリア。
思わず頭を指で押さえてシュルツに手の平を向ける。
「え、え、待って待って。んん?お貴族様が平民に…求婚?いや、普通に無理よね??」
爵位の低い男爵といえども貴族は貴族。
市井に下りでもしない限り、身分の違いで平民と結婚など許されない筈だ。
混乱するアリアにシュルツも同意しながら言う。
「ああ、私もそう言ったんだが…宮廷医師になる方なら問題無いと力強く言われてな」
「え、だって、その話は断ったのよね?」
「それも伝えたんだが、やっぱりやりますと言えば良いだけだと聞かなくて…」
「えぇ…」
一度断った話をそんな軽いノリで覆したら信用を失う可能性だってあるだろう。
その辺の事も全く考えられない箱入り令嬢のようだ。
「一応婚約者がいるという話もしてみたんだが、どうせ平民なんだから別れろと命令すれば逆らえないだろうと聞く耳持たずでな」
「うぅわ…酷いわね。そりゃあお貴族様に逆らえる平民なんていないでしょうけど」
あまりの傍若無人さに呆れると共に困惑した。
シュルツも疲れたようにアリアの言葉に頷く。
「そうだな。過去を遡ってみても、貴族に逆らえる平民なんて伝説になってる勇者達くらいなもんだろう」
それを聞き、アリアはパチパチと瞬いた。
「え?勇者達って…そう呼ばれてるだけでただの平民の冒険者だったのよね?それなのに貴族に逆らえるの??」
そう、ここで言う勇者とは魔王を倒した者などではなく昔活躍した二人組の冒険者を指す。
そもそもこの世界に魔王自体存在しないのだ。
では何故勇者と呼ばれたかといえば、魔物の脅威から人々を救い歩いた姿から「まるで物語に出てくる勇者様のようだ…!」と皆が口々に言い出した為である。
ただの冒険者でありながら国中に知名度がある程有名なのだが、それでも貴族にまで逆らえるなんて初耳でアリアは驚いた。
そんなアリアに自分の知っている内容を伝えるシュルツ。
「数々の功績をあげられているからな。なんでも王家から貴族達に、平民であっても勇者達には敬意を払うよう通達されたらしい」
「へえ〜王家から。それは確かに蔑ろにできないわね」
感心しながらアリアはパクリと料理をまた口に運ぶ。
それから、全く夕食に手を付けていないシュルツをじっと見た。
「…それでシュルツ。他にも何かあったんだよね?」
アリアの言葉にシュルツは小さくピクッと反応してから押し黙る。
恐らく言おうか言わまいかという迷いが反射として出てしまったんだろう。
アリアはニンと笑った。
「やっぱりね♪いいから全部白状しちゃいなさいよ。ほらほらっ」
完全に確信して促されれば諦めるしかない。
シュルツは観念して肩を落とした。
「君には敵わないな…」
そう言ってから、バツの悪そうな顔で続きの出来事を告げる。
「…令嬢の求婚を承服し兼ねていたら突然、それなら明日その婚約者を連れてこいと言い出したんだ」
「え?私を?」
「ああ。もし自分が良いと思うような素晴らしい女だったのなら認めてやると言ってな」
「ウワー。ウソクサイ」
絶対認める気なんて無いと予測でき、思わず棒読み掛かった反応をしてしまう。
シュルツも共感しながら額を押さえた。
「確実に裏があるだろうな。私もどうにか断ろうとはしたんだが…」
「あー、聞く耳持たずだったのね?」
「その通りだ。君にまで飛び火する形になって本当に申し訳ない…」
きっとアリアへの罪悪感で食事も喉を通らなかったのだろう。
シュルツはグッと拳を握りアリアを見た。
「だが、君が従う必要はない。私が何とか対処するから、安心してほしい」
1人でどうにかしようと考えているシュルツに、アリアは眉を下げる。
一度息を吐いてから、ズイッと身を乗り出した。
「もうっ!そうやって1人で気負うのは良くないわよ!ほら、ご飯もちゃんと食べて!」
「むぐっ」
フォークに突き刺したサラダを無理矢理シュルツの口に突っ込む。
噛むのを確認してから歯を見せ笑った。
「私なら大丈夫よ!お貴族様だろうが誰だろうが、絶対返り討ちにしてやるんだから!一緒に乗り切りましょ!」
明るく言ったアリアの言葉を受け、シュルツは口元を手で押さえながら僅かに顔を赤くし「まったく…君は…」と呟く。
直後、肩の力が抜けたようにフッと笑った。
「そう…だな。不思議と、君とだったら切り抜けられる気がする」
「そうでしょうそうでしょう!」
「はは、どこから来るんだその自信は」
漸く夕食に手を伸ばし始めたシュルツにアリアも安心する。
明日になったら令嬢から指定された時間に一緒に行く事を約束して、その日は別れたのだった。
まさか、決戦の時が予定より早まるとは思いもしなかったが。
「ごきげんよう。貴女がアリアさん…ですわよね?」
「…はい」
翌日、ニッコリと笑顔を作りながら質問してきた令嬢に引き攣り笑いで答えながらアリアは馬車に揺られていた。
シュルツと合流する為に勤務先の病院へ向かっている途中、急に自分の真横に馬車が停車したのだ。
そして半ば強引に乗せられてのこのやり取りである。
クルクルに巻いた薄紫の髪を2つに結い、ひと重のキツめな顔立ちに嫌味な笑みを乗せるご令嬢。
「申し遅れましたわ。わたくしはカッシーニ男爵の長女、グレースです。以後お見知り置きを」
「ご丁寧にありがとうございますグレース様。こちらからお伺いする予定でしたのに、お手を煩わせてしまってすみません」
できるだけ丁寧に返すアリアを、グレースは口元を扇子で隠しながら不躾にジロジロと見た。
「…ふぅん。平民のくせに、見た目だけは悪くないようね」
(おおう…なんという蔑みっぷり)
シュルツの話から大体予想はついていたものの、実際目の当たりにすると強烈だ。
パシッと扇子を閉じ再び笑顔を作るグレース。
「わたくし、是非貴女と2人だけでお茶をしたいと思いまして。付き合ってくださいますかしら?」
了承を得る前に既に馬車に乗せてるやんけ、というツッコミをアリアはグッと飲み込んだ。
「そんな、私のような者とお茶だなんて。恐れ多いです」
「まぁ…わたくしの誘いを断ると?」
「いえ!光栄です!是非お供させてください!」
これは疲れる…!とウンザリするが、相手の出方もわからない為取り敢えず大人しく従う事にした。
暫く走ると男爵家の邸宅が見え始め、馬車はそのまま門を潜る。
そして邸宅前に停まるかと思われたが、何故か通り過ぎて更に奥の離れとなっているボロボロの小さな屋敷の前で止まった。
首を傾げるアリアに、ニコニコとしながらグレースが告げる。
「大きなお屋敷だと平民の方は気後れしちゃうでしょう?気持ちも休まらないかと思いまして、こちらのボロ屋にお茶の準備をいたしましたの」
「お、お気遣いありがとうございますぅ」
絶対に顔に出すなと全力で自分に言い聞かせるアリア。
笑みを崩さないアリアに少しだけ不愉快そうな顔をして、グレースは従者の手を借り馬車を降りた。
続くようにアリアも1人で降りる。
すると、邸宅の方から派手な服装をした小太りの男性が現れた。
「おお、グレース戻ったか」
「お父様!」
どうやらグレースの父親のカッシーニ男爵のようだ。
蓄えた髭を撫でながら、アリアの方へ目を向ける。
「ソレか?お前が入れ込んでいる宮廷医師の婚約者というのは」
「ええ、そうですわ」
既にシュルツを宮廷医師呼びしながら、男爵はアリアを下から上まで舐めるように見た。
「ほう…なかなかどうして。かなりの上玉じゃないか。これはウチの使用人にするのも良いかもしれんな」
卑下た笑みを浮かべ、そう口にする男爵。
だがそれを他でも無い娘が止めた。
「嫌よお父様!シュルツさんがその平民女と浮気するかもしれないじゃない!」
「ふぅむ…そうだな。お前が嫌ならやめておこう」
シュルツをもう自分のモノにしたかのように言うグレースにも、こちらの意見も聞かずに勝手に雇おうとする男爵にもアリアはイラっとする。
もちろんお首にも出さないが。
「ではアリアさん、こちらへどうぞ。部屋までご案内しますわ」
コロッと切り替えてボロ屋へ案内してくるグレースは、平民など本当に虫ケラ程度に考えているんだろう。
罵ったのが聞こえていようと気にも止めないし、何事もなかったかのように平然と話し出す態度は人間に対するものとは思えない。
これは確かにシュルツも苦労する訳だと納得しながら、アリアはグレースに付いて行った。
「さあアリアさん、お飲みになって?遠慮なさらなくて良いのよ」
(本能が…!これを飲んではいけないと言ってるわ…!!)
アリアに出されたお茶は、カップの底が見えない程に澱んだ青色をしている。
明らかな危険物に悪意どころか殺意まであるのではと冷や汗をかいた。
ただでさえ部屋も埃っぽくて食欲が湧かないような状態なのに、こんな物に手を付ける訳がない。
更に、2人だけでお茶をと言っていたクセに4人のゴロツキに囲まれている状況で余計に落ち着けなかった。
因みにグレースは汚れるのを嫌がって椅子にも座らずアリアを眺めている。
「ちょ、ちょっとまだ緊張してまして、お茶も喉を通らなそうです。それよりグレース様、何かお話したくて呼んでくださったんじゃないですか?」
誤魔化すように、アリアはグレースに本題に入るよう勧めた。
グレースは面白くなさそうにしながら扇子を広げる。
「まあ良いでしょう。あまり長い時間平民と同じ空気を吸いたくはありませんしね」
アリアだけでなく周りのゴロツキも含め堂々と侮辱し、見下しながらグレースは命令を下した。
「単刀直入に言いますわ。貴女、シュルツさんと別れなさい」
「嫌です」
一瞬、場の空気が凍る。
満面の笑顔でのあまりの即答に、グレースも聞き間違えたのかと疑いながら聞いた。
「…今、なんとおっしゃいまして?」
質問されて、アリアは明るい笑顔のままハッキリと言う。
「嫌だと言いました。従うことは出来ません」
迷いもなく断言してみせたアリアに、グレースは怒りを露わにする。
閉じた扇子をアリアに向けて叫んだ。
「貴女…!わたくしの言う事が聞けないって言うの!?」
「はい」
「…!! このっ、生意気な!」
怒りのままバシリとアリアの頬を扇子で力一杯叩く。
それでもアリアは怯えることもせず、真っ直ぐにグレースを見据えた。
「…シュルツの意見は聞いたんですか?」
「なんですって?」
イライラした様子のグレースを説き伏せるようにアリアは続ける。
「シュルツが…グレース様と結婚する事を自ら願って私と別れる事を望んでいるのなら、迷わず別れます。ですが、貴女様の一方的な意見でしたら、貴女様の為にも聞く事は出来ません」
「…」
「グレース様とシュルツの婚姻を反対している訳ではないのです。お二人が幸せになれるならば寧ろ応援いたします。ただ、その為にも合意の上であった方が良いと思うのです」
グレースに、アリアはスッと頭を下げた。
「お願いします。シュルツを夫にと望んでいるのならば尚更…シュルツの言葉に耳を傾けてあげてください。どうかシュルツの意見を」
「ねえ」
被せるように、グレースが口を開く。
思わずアリアも言葉を止めて目を向けると、無表情のグレースが首を傾げた。
「貴女…何を言っているの?」
「え、あの、シュルツとの結婚を望んでいるんですよね?それならシュルツの意見も聞いて欲しいと…」
「ですから」
本当に全く理解できていない様子で、冷ややかにアリアを見下ろす。
「なぜ貴族令嬢が、シュルツの意見など聞かなくてはならないの?」
それを聞いた途端、アリアはゾワッとした。
シュルツに求婚をしておきながら、シュルツの事も変わらず平民として見ていると気付いたからだ。
てっきりグレースはシュルツに恋心を抱いているのだと思っていたのだが、もしかしたら夫という名の好き放題できる奴隷にしたいだけかもしれない。
その事実に体が震えた。
(これは…交渉決裂ね)
できる事なら話し合いで穏便に進められないかと考えていたが、完全に無理だと判断する。
こうなれば次の手で行くしかないだろう。
アリアは隠し持っていた丸薬を怪しまれないよう素早く口に含んだ。
これは事前にシュルツから受け取っていた、睡眠薬を効かなくさせる為の物である。
それとは別に、解毒剤なども念のため用意していた。
これである程度は対処できる筈だと確信していると、早速グレースが動き出す。
「はあ…穏便に話し合いで済ませてあげようかと思ってましたけど、下等な平民とじゃ無理な話でしたわね。やはり実力行使といきましょう」
奇しくも同じ考えだったようだが何故ここまで食い違うのか。
グレースは周りにいた男達に「アナタ達!」と指示を出した。
事前にやる事を決めていたようで、その内の1人が即座にアリアを羽交い締めにする。
また別の男がテーブルの方へ近付いた。
(やっぱりコレを飲ませるつもりよね?いいわ。薬で対処したし、一旦飲んで油断させてから…)
だが、そう考えてお茶の方に意識を向けていた時だ。
アリアの首の後ろに、突然チクリとした痛みが走った。
予想と反する方向からの刺激に焦った瞬間にグラリと視界が歪む。
(針!?あ…ヤバ…)
アリアに打たれたのは麻酔針。
丸薬を口にしていたが直接打ち込まれた麻酔の方が即効性がある。
抵抗する暇も無く、そのまま意識を手放してしまった。
「ぅ…」
「お!?もう目を覚ましたぞ!」
「早すぎないか!?まだ10分くらいしか経ってねえぞ!?」
目を覚ましたアリアに驚くゴロツキ達。
それを少しずつ認識しながら、アリアは状況把握に努めた。
部屋の中は薄暗く石壁で出来ており、見たところ地下室のようだ。
手首に痛みを感じ取り見上げると、足は床に付いているけれど吊るされるような形で両手を縛られていた。
10分程度でここまでされたという事は、やはり最初からこうするつもりで用意していたんだろうと伺える。
「あー。一応言っておくけど叫んでも無駄だぜ?」
男の1人がそう言い、そちらに目を向けるアリア。
「ここは近々取り壊す予定らしいからな。使用人ですら近寄らないって話だ」
ボロボロだとは思っていたが、よもや解体予定の建物だったとは。
フウと息を吐いて、アリアは口を開いた。
「…私を、どうするつもり?」
質問を聞き、男達はニヤニヤとしだす。
「そんなの決まってんだろ?アンタと楽しむんだよ」
「元より美味しい依頼だとは思ってたが、まさかこんな美人が相手だなんてな!ついてるぜ」
アリアの身体を見る目付きに気持ち悪さを感じ顔を顰める。
けれども騒がずなんとか思考を回した。
一体グレースは何を考えているのか。
この男達に自分を襲わせたところで意味があるのか分からない。
邪魔ならば始末してしまった方が早い筈だ。
そう考えていると、別の男がヒントとなる言葉を口にした。
「おいまだ手は出すなよ?向こうの契約が完了するまでは待機って言ってたろ」
「わかってるって。あーあ、目の前にあるのにお預けはキツイなぁ」
耳にした単語に嫌な予感を覚え、アリアは言った男に質問を投げ掛ける。
「契約って、何?」
アリアが抵抗できない状態だからか、はたまた反応を見たいからか男は隠そうともせずに話し出した。
「あのお嬢様が、アンタの婚約者と交わす契約だよ」
ドクンと心臓が嫌な音を立てる。
予感を確信へと変えるように、男は続けて言った。
「可哀想になぁ。アンタを人質に脅して、結婚の約束をさせるんだとさ」
サッと血の気が引いていく。
あまりの卑劣なやり方に、アリアは爪が食い込むほど手を握り込んだ。
一体どこまで、シュルツを踏みにじるつもりなのか。
こんな手段を取るなんて許せない。
それに、自分がシュルツを追い込む道具として使われるなんて嫌だ。
(シュルツ…!)
愛しい彼の苦しむ姿が頭を過ぎる。
アリアの中で、何かが切れる音がした。




