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婚約者のフリを買って出た



「シュルツー!おはようっ」


「ああ、おはよう」


手を振り駆け寄るアリアに、シュルツは読書の手を止め顔を向ける。

迷う事なくシュルツの傍まで行くアリア。


「結構早く来れたと思ったんだけど、今日もシュルツの方が早かったのね」


「いや、私も今来たばかりだ。弟さんは大丈夫だったか?」


「やっと諦めてくれたみたいで、『絶対後で教えてよ!?絶対だかんなー!』って叫びながらも時間通りに朝稽古に行ってくれたわ」


「はは。アリアさん家は朝から騒がしいな」


アリアの話に笑うシュルツ。

そんなシュルツをアリアはジトっと見た。


「もう、いつまで『さん』付けにするつもり?シュルツの方が年上なのに、私が呼び捨てで呼んでるの申し訳ないじゃない。そろそろ呼び捨てにしてくれても良いと思うんだけど」


「ああ、まあ…その内な」


目を逸らしながら誤魔化すように答えるシュルツは、アリアより2つ上の22歳。

敬語で話す事は直ぐやめてくれたものの、名前を呼び捨てにするのには抵抗があるようだ。

それがまだ一線を引いている証拠だという事に、何となくアリアも気付いていた。


「やっぱり…女性への苦手意識は抜けなそう?」


シュルツの隣に腰を下ろしながら聞くアリア。

少しだけ声のトーンを落としながら、シュルツは申し訳なさそうに答えた。


「…すまない。君がどうこうって訳じゃないんだが…」


「いいのよ。気持ちは分からなくもないもの」


これだけルックスが良いのだから予想は出来るが、シュルツはかなりモテる。

医者という仕事柄丁寧に接するのだが、それにより勘違いしてしまう人も多いそうだ。

場合によってはタチの悪いタイプの女性に付き纏われるなんて事もあり、そのせいで余計に抵抗感が出来てしまったらしい。


「…君も、言い寄られる事は多いんじゃないか?」


アリアに視線を戻して質問するシュルツ。

自分と似たような目に遭っていないか心配しているのが伺える。


「あーまぁ、否定はしないわね」


「平気なのか?」


「私の場合は優秀な護衛がいますから♪」


「あぁ、弟さんか」


シュルツは直ぐに納得してホッとした顔をした。

気遣いに心が温かくなり、自然と笑顔になる。


「その点シュルツは大変そうね。相当苦労してるんじゃない?」


そう聞かれ、シュルツは額に手を当てた。


「自分で言うのも難だが…昔から本当に人が寄ってくる事が多くて…。あまりに多いから、自分は実は魅了の魔法でも垂れ流しているんじゃないかと疑った事もある」


「あはは!それは相当ね!」


「笑うな」


と言いつつも可笑しそうに笑うアリアの反応に安堵した顔をするシュルツ。

そんな会話をしながらアリアは魔道具作りを、シュルツは読書を再開した。

アリアは魔道具を作りながら、チラッとシュルツを見る。


(まぁ…好きになっちゃう気持ちもわかるけどね)


実際、アリアもシュルツに惹かれていた。

もちろん見た目が良いからという理由ではない。


例えばアリアの腕を治療した技術。

あんなの、一朝一夕で習得できるものではないだろう。

きっと相当な努力をしたに違いない。

それに今も読んでいる分厚い本は医学書だ。

アリアでは難し過ぎて1ページも理解できないような内容。

そんな本を、毎朝ずっと読んでいる姿には尊敬の念しかない。

更にだ。


「んーーっ」


魔道具作りに疲れ、組んだ手を上にあげて身体を伸ばすアリア。

すると、アリアの手の先にあった枝をシュルツは視線を本に向けたままそっと寄せた。

アリアの手が傷付かないようにの配慮であるが、本当にさり気な過ぎて人によっては気付かないだろう。


努力家で勉強家で…おまけに優しい。

これを無自覚でやっているのだろうから恐ろしい男だ、とアリアは苦笑した。

でもシュルツに悟られないよう、また魔道具作りに集中する。


そしてもうそろそろ帰らなければならないという頃合いに、アリアは声を張り上げた。


「出来た…!」


その言葉を聞き、シュルツもアリアの手元に目を移す。


「完成したのか?」


「本体部分だけだけどね。後はこれをレザーと組み合わせたら完成かな」


ニコリとしながらアリアが見せたのはパッと見ただの銀色のロケットペンダントだ。

思わず首を傾げるシュルツ。


「それが魔道具…?どう使うんだ?」


質問を受け、アリアはマジックバッグをゴソゴソ漁る。


「よぅし、テストを兼ねて見せてあげましょう」


言いながら一枚の小さな家族写真を取り出した。

それを大きさを合わせるように円形に切って、ロケットの蓋を開け中に収める。


「準備OK。はいシュルツ、これに魔力を流してみて。あ、向きはこっちね」


「ああ、分かった」


シュルツは指示されるがままに受け取って魔力を流した。

すると光が放たれ、当たった地面に先程入れた写真が映写される。

映し出された写真を見て驚くシュルツ。


「これは…凄いな。よく出来てる。しかもこんなコンパクトに仕上げられるなんて、本当に職人になれるんじゃないか?」


「えー無理よ。1つ作るのにもすごい時間掛かっちゃうし、仕事だと思うと気負っちゃって楽しめないもの。私には趣味くらいがちょうどいいわ」


「そうか…勿体無いな」


「ふふ、褒めても何も出ませんよー?」


冗談っぽく笑って言ったアリアに笑みを返し、シュルツは映写された写真を指差した。


「この子が、弟さんか?」


アリアにしがみついて笑っている少年を見るシュルツに頷く。


「うんそう。で、こっちがお父さんお母さんで、こっちがお爺ちゃんお婆ちゃん」


アリアがテスト用に入れた写真は、3年くらい前に家で撮った家族写真だ。

誰も彼も満面の笑顔で写っている姿を見て、シュルツは柔和な笑みを浮かべた。


「とても家族仲が良いんだな。写真からでも伝わってくる。…羨ましいくらいだ」


シュルツの言葉に、アリアはついピクッと反応してしまう。

思案するより先に質問していた。


「家族仲…良くないの?」


「いや…」


僅かに逡巡しつつも答えるシュルツ。


「…父親は、そもそも顔も知らない。女手一つで育ててくれた母は、私が14歳の時に病気で他界してしまった。その後預かってくれた祖父母も、高齢だった為2年前に…な」


それはつまり、現在シュルツは家族がいない状態という事だ。

不躾に聞いてしまった事に罪悪感が湧く。


「あ…その、ごめん」


「大丈夫だ、気にしないでくれ。ただ、君の家のように賑やかなのは楽しそうだなと思っただけだから」


焦がれているような、寂しそうな微笑を浮かべるシュルツを見てアリアは少し考えた。

パッと思いついたまま誘う。


「じゃあさ、シュルツも来月のクヴァルダの誕生日祝いに参加しない?」


「え?」


「元々皆んなで集まってお祝いする予定だったし、こういうのは人が多ければ多いだけ盛り上がるからきっと楽し…い…」


そこまで言ってから、アリアは青褪めた。


(いや!女性苦手って人を家に誘うってどうゆう了見よ!?バカなの私!?)


もう口に出してしまった言葉を引っ込める事など不可能で頭を抱えるアリア。

困らせてしまった事をひとまず謝るべきだと即座に判断する。

けれど、アリアが口を開く前にシュルツが返事をした。


「その、弟さんさえ良ければ…」


予想外の了承の返事に目を丸くする。

それからシュルツの少し固い表情を見て、胸が熱くなった。

苦手意識があるにも関わらず、それでも歩み寄ろうとしてくれているんだと気付いたからだ。


「…うん!力尽くでも承諾させるわ!」


「力尽くはやめてあげてくれ」


シュルツの返しにまた笑う。

そろそろ帰宅しなければと立ち上がりながら、アリアは心の中で願った。

こんなに頑張っている人が、これ以上大変な目に遭いませんようにと。

少しでも、心穏やかに過ごせますようにと。


まさか、その願いがその日の内に打ち砕かれようとは夢にも思わなかった。





「あ、シュルツおはよ…ぅ…」


翌朝、先に到着していたアリアがやって来たシュルツに声を掛けようとして挨拶が尻すぼみになる。

シュルツがいつになく暗く疲れているように見えたからだ。


「え、どうしたのシュルツ?何かあった?」


「…そんなに顔に出てたか?」


「いや、うーん…何となく?」


表情には出さないようにしていたんだろうが、雰囲気から感じ取ったアリア。

見透かされた事で取り繕う必要も無いと判断したのか、シュルツは額に手を当てハァと息を吐いてからゆっくりアリアの隣に腰を下ろした。


「ちょっと…面倒な事になった」


「面倒な事?」


首を傾げるアリアに、疲労感を漂わせながら言葉を続けるシュルツ。


「私が、『結婚相手を探している』という噂が流れてな…」


「え、そうなの?」


「いや全く」


だよね、と思いつつ少しだけホッとする。

それと同時に同情した。

シュルツ程の優良物件が結婚相手を探しているなんて話が出回れば、どうなるかは想像に容易い。

我こそがという女性が殺到するだろう。


「何でそんな噂が?」


火の無いところに煙は立たぬと言うし、何かしらの原因があるのかと聞いてみる。

案の定心当たりがあるようで、シュルツは暗い面持ちで昨日の出来事を話し出した。


「実は、私に宮廷医師にならないかという話が来たんだ」


「え!?凄いじゃない!」


「まぁ、その話自体は断ったんだが」


「ぇえ!?勿体無い!」


「褒めても何も出ないぞ?」


「ごめん。わかった。続けて」


アリアと同じ言葉で返されて野暮な事を言ったと気付き続きを促す。

説明するまでもなく直ぐに退いたアリアに少しだけ笑い、シュルツは推測を述べた。


「ただその話が来た時…同僚が軽いノリで『宮廷医師になるんなら、結婚も考えた方が良いぞー?』と茶化してきたんだ。その場では軽く流したんだが、恐らく聞いていた誰かが本気に捉えて、そこから広がったんじゃないかと思っている」


「あー…それは…間違いなさそうね」


息を呑む程の美青年なうえに宮廷医師になる人という豪華オプション付きだ。

とんでもない勢いで噂が広がったに違いない。

シュルツは深々と溜め息を吐いた。


「一番困るのが、私目当てに病院にほぼ元気な女性達が押しかけて来てしまっている事だ。人によってはわざと怪我をして来たりもする」


「うぅわ、それは迷惑ね」


「ああ…。職場にまで迷惑を掛けてしまっているのは忍びない」


シュルツが悪いとは思えないが責任を感じてしまうのだろう。

悲痛な顔で俯き、グッと拳を握るシュルツ。


そして次に発した言葉が、突然にアリアの心を射止めた。


「それに何より…本当に治療が必要な人を助けられない事態になる可能性もある。それだけは、絶対に避けたい」


「…!」


ブワッと、胸に想いが溢れ出した。

どこまでだって自分よりも他人を思いやる姿に、自分の気持ちを自覚せざるを得なくなる。


(あぁ…ダメだ。好きだなぁ)


とても尊敬できるし、どうしようもなく愛しい。

真剣な横顔を見ているだけで体温が上がっていくように感じた。

こんなタイミングで恋心を芽生えさせたりなどしたくなかったが、素直に認めるしかない。

それと共に、この人を助けたいという思いも強く湧き上がった。


(何か…私に出来ることないかな)


思い悩むシュルツを見ながら、力になれないかと必死に思案する。

そしてグルグルと考えた末、1つだけ早期の解決案が浮かんだ。


けれど、昨日のように思い付きと同時に言葉にしたりは出来なかった。

その案は、ともすれば自分に都合が良いだけのモノにも思えたからだ。


(どう…しよ。でも、他に思い付かないし…)


暫し1人悶々と悩むアリア。

しかし、あまり悩むのも性に合わないと早々に考えるのを放棄した。

シュルツが嫌そうならやめれば良いだけだと早速提案する。


「ねえシュルツ。1つ…解決できそうな案があるんだけど」


「え、本当か?」


俯いていたシュルツが驚いてアリアへ目を向けた。

目が合うと瞬間的に言葉が詰まったが、なんとか心臓を落ち着かせて続ける。


「えっと…先に言っとくけど嫌なら断ってね?」


前置きされた事でシュルツは僅かに首を傾げた。

その顔も良い!と心の中で思いながら出来るだけ普通に見えるように話す。


「私が…シュルツの婚約者のフリをするっていうのはどうかな?」


「婚約者の…フリ?」


「そう。既に相手がいるってなったら、押し掛けるような人も居なくなると思うの。いちいち否定して廻るより、よっぽど手っ取り早いんじゃないかなって」


アリアの提案を受け、顎に手を当てながら検討するように視線を落とすシュルツ。

少しドキドキしながら様子を伺う。


「確かに…それが一番確実、か。噂を否定しても、結局恋人がいないならと引き下がらない人も多いからな…」


そう判断しながらも、シュルツは心配気にアリアを見た。


「だが、それだとアリアさんにまで迷惑が掛かるんじゃないか?」


気が引ける感じで問われた内容を聞き、逆にアリアはキョトンとする。

嫌悪感を示されたらどうしようという不安とは全く違った反応に、ふはっと笑ってしまった。


「あはは、自分から提案しておいて迷惑なわけないじゃない!大体何か不都合があれば破談になったって事にすれば良いだけだし。お貴族様じゃあるまいし醜聞にもならないわ」


笑いながら言ったアリアの言葉に「それもそうか…」と納得したらしき反応を見せるシュルツ。

もう一押しするようにアリアは続けた。


「それに迷惑どころか、これでシュルツを助けられるんなら最高の気分よ!」


胸を張って堂々と言い放つアリア。

大袈裟なくらいの明るい表情で断言した姿に、思わずシュルツも笑ってしまう。


「はは、そうか。最高か」


まるで肩の荷が下りたかのように、表情を綻ばせアリアを見る。


「なら…是非、こちらから頼みたい」


シュルツの方から依頼する形で言われ、心が浮き立ったアリアは満面の笑顔を作った。


「うむ、任されよ!」


ふざけた調子で答えてから、直ぐに作戦会議に移る。



こうして、アリアはシュルツを救うべく婚約者のフリをする事にしたのだった。




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