第8話 付与術、規格外の強さ
都市ファフニールを離れて数時間、俺たちはフェンリルが目撃された森にたどり着いた。
依頼人は行商人で、この森を通る際に魔物に襲われたという。
この森を抜けなければ次の国には行けないため、討伐依頼を各ギルドに出したが、どのギルドも未だに引き受けてくれないらしい。
「ふぁぁ……久々の任務で疲れたな。なあ、ユウ、ちょっと休憩しようぜい」
長い移動で疲れたのか、シャレムさんが気だるげな声で提案してきた。
旅慣れしているので俺は全然大丈夫だけど、仲間が休みたいと言うのなら仕方ない。
「そうですね。この辺りは魔物が少なさそうですし、休みますか」
荷物を下ろし、手頃な木の根元に腰を下ろす。
シャレムさんは警戒しているのか、少し離れた場所に座り込んだ。
「しっかし、ユウってほんと頼りになるよな〜」
「何がですか?」
「旅慣れしてる感じがして良いな〜って思ったんだよ。この森にたどり着くまで、ゴブリンの集落やヒポグリフの群れを抜けないといけない、ちょっと厄介なルートなはずなんだけどナ」
シャレムさんが意味深な笑みを浮かべ、俺をじっと見つめる。
「お前さんが魔物と遭遇しない安全な迂回ルートを見つけ出してくれたおかげで、ゴブリンともヒポグリフとも戦わずに済んだ。熟練の案内人かと思ったゾ?」
「いえ、それほどでも……」
前のギルドで、魔物と遭遇しないための対処法を嫌というほど学ばされた。
あの程度のルートは朝飯前だ。
「謙遜すんなよ。依頼人の行商人が言ってたぜ。以前の護衛たちは、この森にたどり着くまでに雑魚と散々戦ってボロボロだったって。なのにその先でフェンリルに遭遇とか、運が悪すぎるよな~」
確かに、本命の標的と戦う前に消耗してしまう羽目になるぐらいなら、依頼を受けようとするギルドは中々いないだろう。
「フェンリルってのは、かなり強い魔物みたいだからお前が頼りだぜユウ」
「はい、こちらこそ。そういえば、その剣……」
シャレムさんの腰にある剣に目が留まる。
彼女はそれに気づくと、鞘から剣を抜いて見せてくれた。
刃は陽光の反射で輝き、柄には翡翠の宝石が埋め込まれている。
「かなり綺麗な剣ですね、柄に宝石が埋まっているし」
「これか? 知り合いの貴族から貰った剣だよ。切れ味抜群で耐久性も高いらしい。ま、あまり使ったことがないんで本当かどうか分からないけどナ」
シャレムさんが笑いながら耳をぴくぴく動かす。
その仕草やマイペースな性格、感情を耳と尻尾で表現する様子は、まるで猫そのものだ。
見ているだけで和む。
「!?」
突然、シャレムさんの耳がピクッと立ち、彼女の表情が一変した。
立ち上がり、周囲を見回す。
「どうしたんですか?」
「シッ! 静かに.....何か聞こえるゾ。かなり近い。戦闘の音だ」
俺は何も気づかなかったのに、彼女の感覚の鋭さには驚かされてしまう。
さすが獣人族だ。
シャレムさんが目を細め、耳をそばだてながら続ける。
「北西、100メートル以上離れた場所だ。水の流れる音もするから、川の近くで戦ってるな。足音の数からして……複数だ」
「情報ありがとうございます!」
だとしたら俺たちが探しているフェンリルの可能性がある。
俺は荷物を放り出し、シャレムさんが教えてくれた方向へと駆け出した。
「先に行きますね!」
「お、おう……って早い!?」
背後でシャレムさんの素っ頓狂な声が響いたが、俺自身も驚愕していた。
地面を蹴った瞬間、体がまるで羽が生えたように軽くなり、10メートル以上を一瞬で進んでいた。
先ほど自分にかけた強化付与の効果だろうか。
木々が迫る中、衝突しそうになるたびに反射神経と敏捷性で、軽々と回避していく。
この速度、この感覚、これが付与術をかけられた人間の見ている景色か———
気づけば俺は川辺に到着していた。
そこでは銀色の毛を逆立てた巨大な魔物フェンリルと、四人組のパーティが戦っていた。
フェンリル討伐を受けたギルドが他にいたのか?
かなり苦戦している様子だけど……。
「皆さん、大丈夫ですか!」
フェンリルとパーティの間に割って入る。
俺を見るや、大剣を持った男が叫んだ。
「おい、危ないぞ! 避けろ!」
「えっ……」
バキッ!
次の瞬間、頭に衝撃が走った。
フェンリルの前足が、俺の頭を直撃したのだ。
B級魔物の全力の一撃。致命傷は避けられない——そう覚悟した。
「い......痛っ......くない?」
恐る恐る頭を触ってみるが、血も出ていなければタンコブすらできていない。
衝撃は確かにあったけど、無傷だ。
俺は呆然とし、冒険者パーティも目を丸くして固まっている。
フェンリルでさえ、手応えのなさに一瞬ひるんだように見えた。
「——今だ!」
俺はその隙を見逃さず、一気にフェンリルの鼻の先まで跳び上がった。
風魔法”風螺旋”を放つ。
渦巻く風がフェンリルの巨体をねじりながら吹き飛ばす。
強化付与の影響か、魔法の威力は予想を遥かに超えていた。
フェンリルは川沿いの森を突き抜け、遠くの山肌に激突した。
轟音が響き渡り、巨大なクレーターが生まれる。
「.....え、強すぎない?」
あまりの威力に俺自身が引いてしまう。
助けたパーティの冒険者たちも、口をあんぐり開けたまま立ち尽くしていた。
(仲間たちに強化付与をかけても、ここまで強くはならなかったのに......)
瞬殺したフェンリルを遠くに見ながら、俺は自身の力に困惑してしまう。




