第10話 初めての依頼を達成
「ユウさんは優秀な付与術士です。私たちのギルドに加入していただければ、A級昇格も夢じゃない……」
リリアンは俺の手を握ったまま、ニッコリと微笑む。
「そうだぜ、お前の職業は底辺ギルドにはもったいない。B級ギルド『赤い諸星』に入れよ」
「「ぜひ入ってください!」」
彼女の仲間たちからも熱烈な勧誘が続く。
なんとしても俺を逃がさない、断れない状況を作ろうとする空気。
目を見ればわかる。
――卑しい。
俺が付与術士だと知った途端に掌を返した、あのザラキを思い出す。
「……ユウ」
背後から、シャレムさんの弱々しい声が聞こえる。
振り返ると、彼女は拳を震わせながら、どこか諦めたような目で俺を見つめていた。
――裏切り。
かつて『金色の魔槍』のギルド資金を持ち逃げした裏切り者と、俺を重ねているのだろうか。
「それで、ユウさん。返事を聞かせてもらえますか?」
自信に満ちた表情のリリアンが、俺が了承するのを確信したかのように尋ねてくる。
うん、俺の答えなんて最初から決まっている。
「申し訳ありませんが、お断りします」
「ありがとうございます! では、これからギルド拠点で加入手続きを………え?」
予想外の返事に、リリアンの声が裏返る。
他のメンバーたちも理解が追いつかず、呆然とする。
「…………は? …………なんで?」
信じられない、といった表情だ。
「今のギルドマスターと約束したんです。『必ず戻る』と」
ギルド拠点を出発する前、モニカと交わした約束。
俺は、誰かとの約束を絶対に破らないと決めている。
「そ、それだけの理由で断ったんですか? そんなく、くだらない約束……意味が分からないんですが」
「分からないなら、一生分からなくてもいいです。俺にとっては大切なことなので」
まだ握られていたリリアンの手を強引に振りほどき、彼女に背を向ける。
「待ってください! まだ話は終わっていません!」
納得のいかないリリアンが、金切り声を上げて呼び止めてくる。
「どうしてランクもついていないギルドを選ぶんですか!? まともな依頼も来ないのに、どうやって食べていくつもりですか? 現実的に考えて、私たちのギルドに入ったほうがユウさんに得のはず! なのに、なぜそっちを選ぶんですか!? 納得できる答えをください!」
しつこい人だ。
自分の意見こそが絶対正義だと信じている性格なのだろうか。
もう関わりたくない相手だが、ここまで言われて黙っているわけにはいかない。
俺は立ち止まり、苛立ちを込めた視線をリリアンに向けた。
「あなた達は、俺の『付与術』がそんなに欲しいんですか? まあ、そうでしょうね。俺の強化付与があれば、リリアンさんのギルド内での地位も上がる。メンバーを強化すれば、ギルドの昇格だって狙える」
前のギルドで、嫌というほど経験したことだ。
八つ当たりに近い感情で、俺は言葉を続けた。
「そうやって俺を道具として利用しようって魂胆ですよね?」
「なっ……そんなわけ……もちろん、ユウさんにはギルドの中核を担う地位を用意しますよ! そ、それに、ユウさんが付与術士だから誘ったわけじゃ……」
図星だったのか、リリアンの言葉が急に歯切れ悪くなる。
「別にいいですよ。希少な職業を欲しがるのは悪いことじゃない。それが付与術士の役目ですから。他人に利用されるのには慣れてます。だけど――」
俺はもう一度、シャレムさんのほうへ視線を向けた。
「あなた達は、俺の仲間を侮辱した」
歯を食いしばり、リリアンを睨みつける。
「『底辺ギルド』だの、『宝の持ち腐れ』だの、『くだらない約束』だの……他人を見下す言葉を平気で口にするような連中のギルドに、本気で入りたいと思うわけないじゃないですか」
「っ……いや、それは言葉のあやで……それに、『金色の魔槍』だってユウさんの付与術を狙って誘ったんじゃないんですか!? 結局、同じじゃないですか!」
やっぱり何も分かっていないな、この人。
「……『金色の魔槍』のギルドマスターは、俺が付与術士だと知らずに誘ってくれたんです」
「なっ……!」
「ありのままの俺を、必要としてくれた」
モニカの、あの屈託のない笑顔を思い出す。
「だから俺は……」
――わたくしには、いつか『金色の魔槍』をこの街ファフニールで、いや、リントヴルム王国で一番のギルドにしてみせる夢があるんですの!
「彼女の夢を叶えてあげたい。それが、どれだけ険しい道のりでも」
リリアンは何も言い返せず、子供のように爪をガリガリと噛み始めた。
恨めしそうに、ねめつけるように俺を睨んでいる。
他のパーティメンバーも、毒気を抜かれたように言葉を失っていた。
「ユウ……お前……」
ふと見ると、何故かシャレムさんが涙と鼻水を流していた。
……まさか、感動させてしまったのか。
どう声をかければいいかわからず、とりあえず彼女の肩にポンと手を置く。
「地道に、コツコツと、這い上がっていきましょう。シャレムさん」
「……ああ、そうだな」
シャレムさんは目をそらし、照れくさそうに鼻をすすった。
「その、疑ってごめんナ」
「……気にしてませんよ」
「それと、ウチのギルドを庇ってくれてありがとう」
涙と鼻水を乱暴に拭い、シャレムさんはニカッと笑顔を見せた。
その瞳は真っ直ぐに俺を見つめている。
シャレムさんからの信頼を、本当の意味で得られたのかもしれない。
「帰りましょう」
「ああ、帰ろっカ」
フェンリルの素材で膨らんだ荷物を担ぎ、俺とシャレムさんはその場を後にする。
それを見届けたリリアンは、最後の爪を噛み千切ると、持っていた杖を地面に叩きつけた。
「くそっ……くそっ……なんで、なんで、なんで! 許せない、許せない! 私は間違ってないのに……付与術しか取り柄がないくせに……! フェンリルを倒せたのだって、自分に強化付与したおかげでしょう!? 調子に乗って! 粋がって!」
「おい、リリアン。どうするんだ? 依頼失敗で、何の成果もなしに帰ることになるぞ?」
癇癪を起こすリリアンに、大剣使いのガランドが焦った様子で声をかける。
「そうね……だったら、私たちのギルドマスターに報告しましょう」
「「報告?」」
双子のアマテとツクヨが首をかしげる。
「『金色の魔槍』とかいう底辺ギルドに依頼を横取りされたせいで達成できなかったと、上層部に報告するの。そうすれば、ギルドマスターがあいつらを潰してくれる……許さない。私の、私の、私の……」
思い通りにならないことが大嫌いなリリアンは、壊れた機械のように同じ言葉を繰り返していた。
都市ファフニール。
『金色の魔槍』ギルド拠点に無事帰還した。
依頼主の商人に報告し、報酬をたっぷりと受け取ったので、今夜は宴を開こうとシャレムさんが張り切っていた。
だが、建物に入ると妙に静かだった。
まるで、誰もいないかのように。
「おーい、モニカー! 帰ったぞー」
「……返事がありませんね」
「いつもなら『おかえりですわー!』って飛びついてくるのに。おかしいな……」
胸騒ぎを覚えながら、建物内を捜索する。
古い建物だからなのか床がギシギシと音を立てている、不穏だ。
緊張した面持ちで進むと、キッチンにたどり着いた。
その瞬間、俺の息が止まった。
目を大きく見開き、床を凝視する。
そこに、彼女がいた。
「モニ……カ……?」
体中血まみれになったモニカが、
床に倒れていた。
すぐそばには、赤く濡れた刃物が落ちていた。




